第839回 定期演奏会Cシリーズ

ハイドン:オラトリオ《天地創造》Hob.XXI:2

作曲のきっかけはヘンデル

 ヨーゼフ・ハイドン(1732 ~ 1809)は晩年になってオラトリオの大作を2つ生み出した。《天地創造》《四季》である。彼がこの時期にオラトリオを手掛けたきっかけは、1791年にロンドンでゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル〔彼は英国へ帰化したので、英語風の発音ではジョージ・フレデリック・ハンデル〕(1685 ~ 1759)のオラトリオを聴いて、大きな感銘を受けたことにあった。自分もこうしたオラトリオを書きたいと強く思ったハイドンは、まず聖書を題材にした作品の創作を考える。

 実際にその構想が実現に向けてスタートするのは、2度目の長期ロンドン滞在を終えた1795年からになる。この年ロンドンからウィーンに戻る際に持ち帰った《天地創造》の英語台本がその出発点となった。現在は失われてしまったこの台本の作者は明らかでない。イギリス人のリドレーもしくはリンリィの作と伝えられてきたが特定できておらず、本来ヘンデルのために作られたともいわれ、ヘンデルのオラトリオの台本作者チャールズ・ジェネンズ(1700 ~ 73)の作とする説も出されている。

 ハイドンはこの台本に基づくドイツ語台本の作成をゴットフリート・ヴァン・スヴィーテン男爵(1733 ~ 1803)に依頼した。ウィーンの宮廷図書館長も務めた博雅の士ヴァン・スヴィーテン男爵(当時忘れられていたバロック音楽をウィーンの貴族や音楽家に広く紹介した役割は大きい)は、単に元の英語台本を独訳するのでなく、様々な改変の手を入れて、より内容に奥行きを与えていった。台本の手稿には音楽表現についての提案も書き込まれており、ハイドンはそのアイデアの幾つかを取り入れている。

 台本は『旧約聖書』の“創世記” や“詩篇”、イギリスの詩人ジョン・ミルトン(1608~ 74)の『失楽園』などに基づいており、三天使すなわちガブリエル(ソプラノ)、ウリエル(テノール)、ラファエル(バス)が神による6日間の天地創造を語る第1部と第2部、楽園におけるアダム(バス)とエヴァ(ソプラノ)を扱う第3部からなる。

 作曲は主に1796年から98年初めにかけてなされた。こうして出来上がった作品は、ヘンデルの劇的で雄弁な様式やバロック的な書法を吸収しつつ、そこに自ら発展に大きく関わってきた、いわゆる古典派の書法と、声楽的・器楽的語法を融合させたハイドン独自のオラトリオ様式を示すものとなった。言葉の内容の具体的な音画的描写、天使の語る第1~2部の宗教音楽的な崇高さと、アダムおよびエヴァを扱う第3部の民俗調の世俗的曲想との対比など、台本に即した音楽表現は見事という他ない。随所にヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~ 91)の『魔笛』の影響と思われる音調が窺える点も注目すべきだろう。

大編成で行われた初演

 私的初演は1798年4月30日ウィーンのシュヴァルツェンベルク宮においてハイドンの指揮でなされた(前日に試演もなされている)。外国人も含む貴族を中心とした聴衆相手の演奏会だったが、大変な評判を呼び、さらに何回かの追加公演が続いた。

 そして公的初演は1799年3月19日ウィーンのブルク劇場でやはりハイドン自身の指揮(当時はまだ一般的ではなかった指揮棒を使用)で行われている。この時は木管とホルンが本来の3倍、金管とティンパニは2倍に増員され、当初はなかったバストロンボーンとコントラファゴットが追加されるとともに、弦も大人数(ヴァイオリンは対向配置、コントラバスは両翼に分かれた)が参加し、総勢実に180ないし200名ほどの大編成で行われた。配置も興味深く、中央の指揮者を囲んで管弦楽が扇状のひな壇に半円形に並ぶ一方、声楽陣と通奏低音は指揮者の手前に配された。

 注目すべきはホルンと木管で、基本の各2管の群(第1群)が管楽器の第1列に並び、その後ろに、第1群を部分的に重ねる第2群、第3群が第1群と同様の並びで2列配置され、さらにその後列(最上段)に左からトランペット、ティンパニ、トロンボーンが陣取ったようだ。

 この初演は圧倒的な成功を収め、演奏終了後は大喝采とともに聴衆の「パパ・ハイドンよ永遠なれ、音楽よ永遠なれ」という叫び声がホールを満たしたという。

オックスフォード版

 本日はピーター・ブラウン校訂のオックスフォード版楽譜が用いられるが、1995年に出されたこの版はハイドン自身が演奏に用いた楽譜などの資料をもとに、上記の初演の形態を可能な限り具現化することを意図したものである。特に倍管の扱いについては、スコア上に木管とホルンの第2、3群、金管の第2群を重ねる箇所をローマ数字で示すなどの工夫がみられる。

 今回の都響の演奏は倍管にすることなく、あくまで2管編成での演奏ということなので、部分的に響きの厚みが増す効果は望めないが、例えば第1曲の金管とティンパニに他の版にない弱音器の指示がみられるなど、この版ならではの響きは随所で味わえよう。

 ハイドン自身は初演の形が最終形態と考えていたわけでなく、その後1800年の初版出版に向けて数々の改訂を施している。旧全集はじめ従来の多くの版はこの初版に基づいて作られたものだが、誤りや後世の加筆も含むものだった。2009年になって、初演後のハイドンの改訂を重視しつつ、初演時を含めた様々な資料に基づいて総合的に校訂された新全集版(アネッテ・オッペルマン校訂)が出され、おそらくそれを用いた演奏が今後は主流となると思われるが、初演時の作品のあり方にこだわったオックスフォード版も独自の価値を持つものとして取り上げられていくことだろう。

 なお以下の解説の曲番(場の区分けも含む)はオックスフォード版によるもので、他の版とは異なるものであることをお断りしておく。

第1部

 第1曲 “序曲 混沌の表象” ラルゴ ハ短調 管弦楽のハ音の総奏に始まり、調的にきわめて不安定な和声の動きによって、天地創造以前の混沌が描かれる。

第1場

 第2曲 神による天と地の分割を告げるラファエルの叙唱。続いて霊が漂っていることを合唱が神秘的な音調で囁き、光が現れると述べると、突如ハ長調の総奏の和音が朗々と鳴り響いて光の出現を劇的に描写、神が闇から光を分けたことをウリエルが叙唱で語る。

 第3曲 アンダンテ イ長調 ウリエルのアリアで、光のもたらす秩序の世界が明るく歌われた後、地獄の霊に触れる部分ではハ短調(楽譜上の調号はイ長調のまま)のアレグロ・モデラートによる落ち着かない曲想に転じ、合唱がフガート風に加わって緊張を作り出す。しかしすぐにイ長調に回帰、ホモフォニックに“新しい世界” を歌い上げる。

第2場

 第4曲 神が空とその上および下にある水を分割することを述べるラファエルの管弦楽付き叙唱。嵐、閃光、雷鳴、雨、雪などを管弦楽が巧みに音描写する。

 第5曲 アレグロ・モデラート ハ長調 天使の軍団が神の第2日の御業に驚嘆していることをガブリエルが清澄に歌い、合唱による讃歌が呼応する。

第3場

 第6曲 神による海と陸の分割を告げるラファエルの叙唱。

 第7曲 アレグロ・アッサイ ニ短調 ラファエルのアリア。荒れた海や険しい 山、平野を曲がりながら流れる河、澄んだ小川(穏やかなニ長調に転じる)などがそれぞれに相応しい楽想で示され、“静かな谷” の語では歌唱も低い音域に降りるなど、描写的な工夫が様々になされている。

 第8曲 草木の創造を述べるガブリエルの叙唱。

 第9曲 アンダンテ 変ロ長調 沃野の緑や草花、黄金色の果実、林や森の情景を穏やかなシチリアーノのリズムで歌い上げるガブリエルの美しいアリア。バロックのパストラール・アリア様式の曲で、形式的にはABA構成をとり、随所にアジリタ(コロラトゥーラ)の技巧が生かされている。

 第10曲 次曲を導くウリエルの短い叙唱。

 第11曲 ヴィヴァーチェ ニ長調 第3日の神の御業を讃える活力に満ちた合唱曲で、ホモフォニックに始まるが、ほどなくフーガとなって大きな盛り上がりを作る。

第4場

 第12曲 昼と夜、天体の創造を告げるウリエルの叙唱。

 第13曲 管弦楽付きのウリエルの叙唱。まずアンダンテ、ppからクレッシェンドでニ長調の音階を上昇してffの総奏に至る、管弦楽による日の出の描写に始まる。月を語る箇所ではピウ・アダージョに転じ、弦のひそやかな響きが生かされる。

 第14曲 アレグロ ハ長調 第4日の神の御業を壮麗に讃える合唱曲で、三天使の三重唱(昼を明るい長調、夜を短調の弱音で対比)を挟みつつ、大きな高揚を生み出しながら第1部を締め括る。

第2部

第1場

 第15曲 水の生き物と空飛ぶ鳥の誕生をガブリエルが語る管弦楽付き叙唱。

 第16曲 モデラート ヘ長調 様々な鳥について歌うガブリエルの長大かつ技巧的な美しいアリアで、鳥の声や鳥の様子の描写が絶妙に織り込まれる。

 第17曲 ラファエルが叙唱で鯨とあらゆる生き物が創造されたことを語り、さらにヴィオラ、チェロ、コントラバスの重々しい伴奏を背景に、生き物たちに産めよ増やせよと求める神の言葉を伝える。

 第18曲 次曲の天使たちの歌を導くラファエルの短い叙唱。

 第19曲 イ長調 前半はモデラートで、ガブリエル、ウリエル、ラファエルの順でそれぞれ様々な被創造物の姿を歌った後、神への問いかけ(フェルマータ、休符が効果的)の三重唱となる。一転ヴィヴァーチェとなる後半では、三天使に導かれて合唱が加わり、濃やかなポリフォニックの綾を織りなしつつ、神の偉大な力を高らかに歌い上げる。

第2場

 第20曲 生き物がそれぞれの種に従って生まれ出よと求める神の言葉を告げるラファエルの叙唱。

 第21曲 ラファエルが様々な動物の姿を語っていくプレストの管弦楽伴奏付き叙唱。各動物を管弦楽で音描写する手法は鮮やかという他ない。

 第22曲 アレグロ・マエストーソ ニ長調 大地や生き物たちに思いを巡らせながらも、神の善を讃える被造物(人間)がまだ欠けていることを歌うラファエルの荘重なアリアで、威厳さを添える金管が巧みに生かされている。“神の御み 業わざを感謝とともにかえりみるもの、主の善を称えるべきあの被造物が欠けていては”の語句が執拗に繰り返されて強調される。

 第23曲 神が自分の姿に似せて人間を創り出し、生命を吹き込んだことをウリエルが語る叙唱。

 第24曲 アンダンテ ハ長調 ウリエルのアリアで、前半は人間の男を“自然界の王” としてリズミックな堂々とした響きで示し、女について歌う後半は、前半と同じ旋律で始まりながらも、チェロの伸びやかな対旋律など優美な発展をみせる。

 第25曲 全ての創造の成就を述べるラファエルの叙唱。

 第26曲 ヴィヴァーチェ 変ロ長調 神の御業の完了を歌う活力に満ちた合唱の後、三天使の三重唱(ポーコ・アダージョ、変ホ長調)となり、ガブリエルとウリエルが室内楽的な管楽合奏を背景に神が万物に与える糧について幸福感に満ちて語るのに続き、ひそやかな弦とともにラファエルが神に見放されると生も朽ち果てることを神妙に説く。そして三者が新しい命について唱和した後、先の合唱が回帰し、壮大な二重フーガへと発展、アレルヤの高唱のうちに第2部を締め括る。

第3部

第1場

 第27曲 ラルゴ ホ長調 牧歌的な3つのフルート(第3フルートの出番はこの曲のみ)およびホルンと弦の響きが平和なエデンの園を映し出す。続いてウリエルが園の情景とそこを歩くアダムとエヴァの様子を管弦楽伴奏付きの叙唱で語る。

第2場

 第28曲 前半はアダージョ、ハ長調で、ゆっくり歩むような運びのうちにアダムとエヴァが神の創られた世界を賛美し、途中から神を祝福する合唱が重ねられる。後半はアレグレット、ヘ長調の舞曲調の音楽に転じ、アダムとエヴァそして合唱が歌い交わしつつ、万物に神を讃えるよう呼びかける。この後半部分は主題をロンド風に回帰させつつ、転調を重ねて自由な発展をみせ、最後はハ長調の輝かしい合唱で閉じられる。

第3場

 第29曲 神に感謝し、エヴァを導いていくことを語るアダムと、それを受け入れることは喜びで誉れであると応えるエヴァの叙唱。

 第30曲 アダージョ~アレグロ 変ホ長調 アダムとエヴァの二重唱。前半は穏やかな旋律で愛の喜びをしっとりと歌い上げ、後半はコントルダンス風の軽快さで喜びの高まりを朗らかに表現する。

最終場

 第31曲 幸せなカップルを祝福しつつもそこに警告も含ませたウリエルの叙唱。

 第32曲 変ロ長調 神を賛美するよう呼びかける壮麗な合唱曲。アンダンテのホモフォニックな合唱で荘厳に開始された後、アレグロに転じて自由なフーガが発展、独唱群(ここのみアルト独唱が加わる)のアジリタの一節も挟みながら高揚を示しつつ、最後はアーメンと高らかに唱和し全曲を閉じる。

(寺西基之)

作曲年代 1796~98年
初  演 私的初演/1798年4月30日 ウィーン シュヴァルツェンベルク宮
公的初演/1799年3月19日 ウィーン ブルク劇場 いずれも作曲者指揮
楽器編成 フルート3、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン2、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、フォルテピアノ、弦楽5部、独唱3(ソプラノ、テノール、バス)、混声4部合唱

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