定期演奏会

ミュライユ:告別の鐘と微笑み~オリヴィエ・メシアンの追憶に

 《告別の鐘と微笑み(Cloches d'Adieu, et un sourire...)》

 この飾り気のない小さな作品は、ドイツのラジオ局「ドイツ放送」からの依頼 を受け、オリヴィエ・メシアンを追悼して書かれました。

 オリヴィエ・メシアンの初期作品の一つであるピアノのための前奏曲《苦悩の鐘と告別の涙(Cloches d'angoisse et larmes d'adieu)》(1929)から、いくつかの素材を取り入れています(音楽語法的な処理や、別離を示す最後の3音など)。さまざまな引用を匂わせながら、私自身の作品でもたびたび登場させている鐘の音の特性も織り込みました。それらは光り輝くような残響や、明るさのある調性 感を持った和音の塊によって表現されています。過去の「苦悩」と「涙」に打ち勝とうと、メシアンが晩年の作品群で「微笑み」を投げかけてくれたように。本当のお別れなど、ここにはないのです。

(トリスタン・ミュライユ/飯田有抄訳)

訳者注:「微笑み(un sourire)」とは、メシアン(1908~92)が最晩年の管弦楽作品(1991)にタイトルとして付けた言葉である。

作曲年代 1992年
初  演 1992年7月14日 ヴィルヌーヴ=レザヴィオン(フランス)
アカンサス・センター ドミニク・ミィ(ピアノ)

トリスタン・ミュライユ Tristan Murail

1947年ル・アーヴル(フランス)生まれ。国立東洋言語学校でアラビア語を学び、パリ 政治学院で経済学を修め、パリ国立高等音楽院でメシアンに師事。1971年作曲を首席 で卒業、同年ローマ大賞を受賞。70年代に音のスペクトル分析に基づく作曲技法を確立、 《諸大陸の漂流》《記憶/浸食》《ゴンドワナ》などの作品で注目を集め、「スペクトル 音楽」の先駆者の一人と呼ばれた。1980年にIRCAM(国立音響音楽研究所)に参加。コ ンピュータ技術を用いた音響の分析と統合の研究を進め、《デザンテグラシオン》《セレ ンディーブ》《流体の力学》などを作曲。オンドマルトノをはじめ鍵盤楽器奏者としても 著名。2010年、武満徹作曲賞(東京オペラシティ文化財団主催)審査員を務めた。

メシアン:トゥーランガリラ交響曲

 オリヴィエ・メシアン(1908~92)が、20世紀最大の作曲家のひとりであることに異を唱える人はいまい。その代表作の一つである《トゥーランガリラ交響曲》 (1948)が、20世紀に生み出された楽曲の中にあってひときわ群を抜いた傑作であることも、これまた言をまたないだろう。第二次世界大戦では捕虜収容所にまで入ったことのあるメシアンが、戦争による悲惨な現実を目の当たりにしてのち、その抑圧を解放するようにして発表した大作がこの交響曲である。

 1945年、名指揮者セルゲイ・クーセヴィツキー(1874~1951)がボストン交響 楽団のために委嘱し、1949年12月2日にレナード・バーンスタイン(1918~90)の指揮するボストン響とメシアン夫人イヴォンヌ・ロリオ(1924~2010)のピアノ、ジネット・マルトノ( 1902~96)〔電子楽器オンドマルトノの開発者モリス・マルトノ(1898~1980)の妹〕のオンドマルトノによって世界初演された。フランスでは エクサンプロヴァンス音楽祭で1950年7月25日〔ロジェ・デゾルミエール(1898~ 1963)指揮〕、日本では1962年7月4日に小澤征爾(1935~)指揮のNHK交響楽団によってそれぞれ初演されている。

 

 古代インドのサンスクリット語に由来

 

 メシアンはクロード・ドビュッシー(1862~1918)の影響が色濃い初期の作風 を経て、一時期カトリック神秘主義に基づく作品を多く発表した。その後、南米やアジアといった地域の民族音楽に触発された作品を書くようになり、とりわけ ペルーの音楽に基づく歌とピアノのための《ハラウィ~愛と死の歌》(1945)と、インドの音楽に題材を求めた無伴奏混声12部合唱のための《5つのルシャン》(1949)の2曲は、この《トゥーランガリラ交響曲》の外枠を構成する作品、いわ ば3部作をなすものとして重要な意味を持っている。メシアンはパリ国立高等音楽院の学生だった頃からインドのリズムや音律についての論文などを読み漁っており、バリ島のガムラン音楽に対する研究も加えてこうした異国への興味が高い 次元に昇華されたのがこれらの作品群であるといえる。

 「トゥーランガリラ」とは古代インドのサンスクリット語に由来し、一義的には「愛の賛歌」等と訳されることが多い。これは「Turanga」が時や流れといった推移 する時間の概念にかかわる言葉で、転じて楽章やリズムをも表すのに対し、「Lila」 は遊戯や競技、演奏といったplayの意味を持っており、神の創造や愛の行為など のニュアンスも包含しているという解釈に基づく。ただしメシアン自身は、言葉の意味そのものを詮索されることを嫌い、むしろ音韻の響きの美しさに惹かれた命 名であると強調している。ここで展開される超人的、宇宙的なまでのスケールを 伴った愛の調べは、抗うことのできない宿命としての「《トリスタンとイゾルデ》の 媚薬」に象徴されるとメシアンは語っている。

 

 「ペルソナージュ・リトミック」と「逆行不能のリズム」

 

 すぐれた音楽理論家でもあったメシアンはこの作品に対し、主要な2つのリズ ム上の実験的技法と、循環する4つの主題を挙げてみずから解題している。 彼が「ペルソナージュ・リトミック」と呼ぶリズム構成の手法は、ある同じリズ ムに則ったグループを擬人的な動きになぞらえ、異なるリズム・グループがそれぞ れ舞台上で役を演じる登場人物のように独立して、またあるときは他グループの 身振りに刺激されて動くといった形で、複雑な同時進行リズムに一種の人格を与えるといった考え方である。メシアンはこの曲の第5楽章で「6つのペルソナー ジュ・リトミックの展開を使っている」と述べた。さらにこの技法は拡大、縮小、逆行などの要素を加えられ非常に複雑な交錯をみせる。

 また今ひとつの「逆行不能のリズム」という手法は、前から演奏しても後ろから 演奏しても音価のパターンが同様に形成されるような“閉じたリズム”のことを指す。メシアンはこの方法論に、自然界に存在する蝶の羽や葉っぱの葉脈のデザインなどとの類似性を見出し、一種の魔術的な力を感じ取っていたようである。

 

 循環する4つの主題

 

 4つの主題はメシアン自身によってそれぞれ「彫像の主題」「花の主題」「愛の 主題」「和音の主題」と名付けられている。

「彫像の主題」は重々しく、人々に原初的な畏怖の念を喚起させるような響き(彼 はその性格を「メキシコの古代遺跡から受けるような怖れと荒々しさを持っている」 と記している)を伴っており、多くはトロンボーンの強奏によって形を顕す。「花の 主題」は、柔らかなクラリネットの音色で奏でられ、やや諧謔的な風合いを含んでいる。メシアンはこの主題を蘭やグラジオラス、ヒルガオなどのイメージにたとえた。「愛の主題」はさまざまに形を変えて出現するが、最も印象的なのはオンド マルトノの特徴的な音色によって空間を支配するほどの官能性を表現する場面であろう。「最も重要な主題」とメシアンが規定しているように、この長大な交響曲にあって中心的な役割を果たしている主題である。最後の「和音の主題」は少し性格を異にし、連続する和音そのものであるのだが、この“主題”が他の響きの 層の中に投げかけられることによって、聴取上の力学に作用を及ぼすといった考え方に立つ。

 曲は10の楽章からなる。なおメシアンは何らかの事情で全曲の演奏が不可能な 場合には、代替案として第3・4・5楽章での演奏が最善であり、次いで第7・9・ 3楽章、そして第1・6・2・4・10楽章、それでも無理な場合は第5楽章のみ による演奏も許容している。

 

 第1楽章 導入 激しい弦が導く序に続いて「彫像の主題」が姿を現す。やが て「花の主題」も登場し、ピアノのカデンツァを経てガムランの色彩を想起させる 響きが加わり、再び「彫像の主題」で結ばれる。

 第2楽章 愛の歌 1 ルフラン形式で書かれ、トランペットと打楽器による急速 な要素、弦とオンドマルトノによる緩やかで甘美な要素が対照をなす。2つのクプ レと1つの展開部を持つ。

 第3楽章 トゥーランガリラ 1 クラリネットとオンドマルトノの神秘的な対話の のち、トロンボーンの旋律の上に金属打楽器の “ガムラン” が積み重なってゆき、 やがて3部に分けられた打楽器群によって「ペルソナージュ・リトミック」の手法 が具現化される。

 第4楽章 愛の歌 2 9つの部分からなる。スケルツォとブリッジ、2つのトリオ、 ピアノによる「鳥の歌声」やカデンツァ、「彫像の主題」などが反復と積層を形成 しながらコーダへと至る。

 第5楽章 星の血の喜び 熱狂的な悦楽の踊り。この楽章の基をなす主題は「彫 像の主題」の変形である。中央部分では非常に複雑な「ペルソナージュ・リトミッ ク」の展開がみられ、万華鏡的な眩惑感を増幅する。

 第6楽章 愛の眠りの庭 2人の恋人が時の流れから隔離された楽園でまどろ む様子を描写する楽章。全体が「愛の主題」によって彩られている。ピアノが奏 でる「鳥の歌声」はうぐいす、黒つぐみなどの鳴き声を模す。

 第7楽章 トゥーランガリラ 2 いくぶん諧謔味を帯びた短いピアノのパッセー ジのあと、不気味な圧迫感を伴ったリズムが姿を現す。「和音の主題」や「彫像 の主題」も出現するが楽章は半ば唐突に閉じられる。

 第8楽章 愛の展開 ここでは「和音の主題」「花の主題」「愛の主題」が中心 的に展開され、高らかに歌われる(メシアンは、ここでの「愛の主題」の爆発を「交 響曲全体の頂点」だと述べている)。また「逆行不能のリズム」の上でトロンボー ンとトランペットが三重のリズム・カノンを形成し「彫像の主題」を奏する。

 第9楽章 トゥーランガリラ 3 17種類におよぶリズム・モードが同時進行する 中、13人の弦楽器奏者の和音が持続と音色を補強する。和声がリズムに従属し、音自体もリズムの色づけ的な役割へと変化しているのが特徴。

 第10楽章 フィナーレ トランペットとホルンの壮大なファンファーレを第1主 題とし、「愛の主題」による恍惚的な第2主題とを中心的に展開される。「来世か らの声」(メシアン)を象徴するオンドマルトノの響きがオーケストラ全体に光と愉悦感をもたらし、第1主題に基づく圧倒的なコーダを導く。

(吉村 溪)

作曲年代 1946年7月17日~1948年11月29日
初  演 1949年12月2日 ボストン
レナード・バーンスタイン指揮 ボストン交響楽団 イヴォンヌ・ロリオ(ピアノ) ジネット・マルトノ(オンドマルトノ)
楽器編成 ピッコロ、フルート2、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、バス クラリネット、ファゴット3、ホルン4、ピッコロトランペット、トランペット3、コルネット、トロンボーン3、テューバ、トライアングル、テンプルブロック、ウッドブロック、シンバル、アンティークシンバル、トルコ風小シンバル、タムタム、タンブリン、マラカス、小太鼓、大太鼓、プロヴァンス太鼓、ヴィブラフォン、鐘、チェレスタ、ジュドゥタンブル、弦楽5部、ピアノ独奏、オンドマルトノ独奏

文章・写真等の無断転載を禁じます。