第862回 定期演奏会Cシリーズ

ベルリオーズ:序曲《ローマの謝肉祭》op.9

 フランス・ロマン主義を代表するエクトル・ベルリオーズ(1803~69)は管弦楽作品や管弦楽付きの大規模な声楽曲などで特に知られるが、彼自身はオペラでの成功を特に望み、幾つかのオペラを手掛けた。

 イタリア・ルネサンスの彫刻家ベンヴェヌート・チェッリーニ(1500~71)の自叙伝を題材とした《べンヴェヌート・チェッリーニ》もそのひとつで、1834~38年に書かれ、1838年9月10日にパリ・オペラ座で初演された。結果は完全な失敗で、公演は4回で打ち切られる。原因は作品がオペラ・コミーク(※1)のスタイルで書かれていたため、グランド・オペラ(※2)を期待した聴衆の好みと合わなかったからといわれるが、このオペラに自信を持っていたベルリオーズは1843年にオペラ中の素材をもとに新たに演奏会用序曲を作り上げ、翌年自身の指揮で初演した。それが《ローマの謝肉祭》である。オペラ第2幕への序曲として用いられることもあり、ベルリオーズ自身もそれを認めていたが、当初からオペラ中で演奏する曲として書かれたわけではない。

 曲はまずアレグロ・アッサイ・コン・フオーコ、イタリアの民俗舞踏サルタレッロの賑やかな響きで始まる。程なくアンダンテ・ソステヌートとなってイングリッシュホルンに叙情的な主題(オペラではチェッリーニとテレーザの愛の二重唱)が現れ、様々な楽器に広がる。やがてアレグロ・ヴィヴァーチェとなり、躍動的なサルタレッロの主題(オペラでは芸人たちの合唱)が謝肉祭の情景を喚起し、さらに曲頭のサルタレッロ主題も交えつつ、熱狂的な盛り上がりを生み出していく。

(寺西基之)

※1  オペラ・コミーク 歌以外にセリフも用いるフランスのオペラ。喜劇的で軽い内容のものが多かったが、後にシリアスな悲劇も作られた。

※2  グランド・オペラ 19世紀前半にフランスで流行した大規模なオペラ。スペクタクルな舞台効果が特徴で、セリフはなくレチタティーヴォを用いる。

作曲年代 1843年
初  演 1844年2月3日 パリ 作曲者指揮
楽器編成 フルート2(第2はピッコロ持替)、オーボエ2(第2はイングリッシュホルン持替)、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、コルネット2、トロンボーン3、ティンパニ、シンバル、トライアングル、タンブリン、弦楽5部




ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調

 フランス印象主義作曲家の代名詞的存在であるモーリス・ラヴェル(1875~1937)は、その生涯に2つのピアノ協奏曲を遺した。左手のみで弾かれるためのものと、一般的な両手用である。双方とも独特の魅力を有し、その人気は甲乙つけ難い。

 本日演奏される両手用のピアノ協奏曲は、1928年の頃から構想を始め、1929年に作曲が開始されている。しかしその途中、戦争で右手を失ったパウル・ヴィトゲンシュタイン(1887~1961)から左手用のピアノ協奏曲を依頼され、そちらを優先するために中断。その完成(1930年)後に再開され、1931年に仕上げられた。曲想には、ラヴェルの故郷であるバスク地方のラプソディや、ヴァイオリン・ソナタ(1927年)でも聴かれるジャズの要素が、より一段と巧みに織り込まれている。

 ラヴェルは作曲の過程で、「(このピアノ協奏曲は)モーツァルトやサン=サーンスの協奏曲と同じ精神で書かれ」ていると語っている。

 作曲時、ラヴェルはソリストに自らを想定していたが、健康がすぐれず断念。よって初演は、マルグリット・ロン(1874~1966)の独奏、作曲者の指揮で行われた。なお、このピアノ協奏曲は、ラヴェルが演奏家として生涯最後に携わった作品でもある(1933年11月、パドルー管弦楽団を指揮)。

 第1楽章 アレグラメンテ ト長調 ソナタ形式 曲はムチの1発で始まる。ピアノのアルペッジョの上をピッコロが第1主題を提示。この主題は、バスク民謡(あるいはさらに細かくナバラ州の舞踊音楽)との関係が指摘されている。また、オープニングの複調的な雰囲気は、ストラヴィンスキーの《ペトルーシュカ》(1911年)にも似ている。第1主題がトランペットで反復されると少しテンポが落ち、ピアノに第2主題が登場。こちらはやや気怠い感じのスペイン風である。その途中に加わる小クラリネット(とトランペット)のフレイズには、ジャズの影響が明瞭に聴き取れる。

 第2楽章 アダージョ・アッサイ ホ長調 3部形式 ピアノが左手で伴奏を鳴らしながら、淡く甘美な名旋律をひとり歌い紡ぐ。ピアノにトリルが始まるとようやくオーケストラが加わり、木管楽器が美しく絡んでゆく。途中からイングリッシュホルンのソロが登場し、ピアノはこれを32分音符で装飾する。

 第3楽章 プレスト ト長調 序奏付きトッカータ風楽章(冒頭部を序奏としない見方もある)。序奏は金管と打楽器のファンファーレでスタート。急速に進行する中、小クラリネットやピッコロのシグナルがまつわりついてくる。ファンファーレ楽句でまとめられるとピアノがリズム主題を出す部分に転じる。ここは裏拍にアクセントが付けられ、シンコペイション効果が特徴。続いてピッコロとフルートが始める16分音符のアルペッジョ部。ホルンの行進曲風部分ではジャズ風なトロンボーンのグリッサンドも聴かれる。ファゴットの走句を経て、次第に高揚してゆき、最後は全曲のスタート(第1楽章冒頭)とは対照的に大太鼓とティンパニの低い一撃でまとめられる。

(松本 學)

作曲年代 1929~31年
初  演 1932年1月14日 パリ サル・プレイエル
マルグリット・ロン独奏 作曲者指揮 ラムルー管弦楽団
楽器編成 ピッコロ、フルート、オーボエ、イングリッシュホルン、小クラリネット、クラリネット、ファゴット2、ホルン2、トランペット、トロンボーン、ティンパニ、大太鼓、小太鼓、シンバル、トライアングル、タムタム、ウッドブロック、ムチ、ハープ、弦楽5部、独奏ピアノ

ドビュッシー:管弦楽のための《映像》より「イベリア」

 フランス近代の作曲家クロード・ドビュッシー(1862~1918)は斬新な音語法のうちにイマージュを映し出す新しい音楽のあり方を開拓したが、《イマージュ(映像)》と銘打たれたシリーズは彼の目指す方向がその題に端的に表れている。

 《映像》シリーズは当初は2集各6曲のピアノ曲集として企画され、1903年にデュラン社と出版契約が取り交わされた。第1集は「水の反映」「ラモー賛」「運動」(以上ピアノ独奏)、「イベリア」「悲しいジーグ」「ロンド」(以上2台ピアノ)の計6曲、第2集としては「葉末を渡る風」「そして月は廃寺に沈む」「金色の魚」(以上ピアノ独奏)の3曲のほか題名が決まっていない3曲が予定されていた。

 結局もともとの第1集の中の最初の3曲がピアノ独奏用の《映像第1集》として1905年に、さらに当初の第2集の上記3曲がやはりピアノ独奏用の《映像第2集》として1907年に成立する。そして本来第1集の後半に収められるはずだった2台ピアノ用の3曲は1907年頃に管弦楽曲に構想が切り替えられ、うち2曲は題も改められて、管弦楽のための《映像》として完成されたのである(管弦楽のための《映像》は“第3集”といわれるが、各曲の完成年は違い、初演も出版も1曲ごとになされている)。

 この“第3集”は先に出たピアノ用の2集の《映像》同様、精妙な響きのうちに題のとおりのイマージュの世界が広がる作品で、また後に《海》で究められた管弦楽書法が効果的に生かされている。現行の順番は「ジーグ」「イベリア」「春のロンド」だが、これは完成順でなく、3曲まとめての演奏では曲順を変更することも多い。3曲はそれぞれイギリス、スペイン、フランスの歌や舞曲と関連付けられている。

 本日演奏される第2曲「イベリア」は旋律やリズムにスペイン色が強烈に打ち出された曲。もちろんそのスペイン的素材はドビュッシーらしい斬新な音感覚で扱われている。他の2曲と異なり、この曲自体さらに3つの曲で構成される。

 最初の“街から道から”では冒頭から舞曲のリズムがカスタネットを伴って打ち鳴らされ、昼の街や道の様々な風景が描かれる。一転次の“夜の香り”では幽玄な夜の雰囲気が立ちこめ、ゆったりしたハバネラ風のリズムのうちに神秘的な夜の世界が浮かび上がる。途中で回想される前曲の主題もここでは夜のヴェールに覆われる。そして休みなく明るい“祭りの日の朝”に入るが、この暗から明への推移が巧みで、最初かすかに祭りのリズムが起こって朝の兆しが表れるも、いったんまた名残り惜しむように夜の気分に引き戻されてしまい、その後改めて祭りのリズムとともに本当に朝となる。活気ある祭りの気分は次第に盛り上がり、呼び声のようなクラリネットの旋律やヴァイオリンの即興的なソロなどを挟みつつ興奮を高めていく。

(寺西基之)

作曲年代 1905~08年
初  演 1910年2月20日 パリ
楽器編成 ピッコロ、フルート3(第3はピッコロ持替)、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット3、ファゴット3、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、シンバル、小太鼓、タンブリン、シロフォン、チャイム、カスタネット、ハープ2、チェレスタ、弦楽5部




ラヴェル:《ダフニスとクロエ》第2組曲

 20世紀前期、パリで興行を行っていたロシア・バレエ団の主宰者セルゲイ・ディアギレフ(1872~1929)が当時の革新的な作曲家に次々とバレエ音楽の作曲を委嘱し、それによって多くの優れた斬新なバレエ音楽が誕生したことはよく知られている。

 フランスの近代音楽の展開に大きく寄与した作曲家モーリス・ラヴェル(1875~1937)の《ダフニスとクロエ》もまさにディアギレフの依頼によって書かれたバレエ音楽の傑作である。古代ギリシャの田園詩に基づいて振付師・舞踏家のミハイル〔ミシェル〕・フォーキン(1880~1942)が作成した台本によるバレエで、ラヴェル自身の言葉によると「アルカイズムよりも自分の夢想の中のギリシャに忠実であるような、音楽の巨大なフレスコ画を作曲することをめざした」作品だ。

 物語の舞台は古代ギリシャ。羊飼ダフニスは牛飼ドルコンと争って乙女クロエを自分のものとするが、クロエは海賊にさらわれる。ニンフらは嘆くダフニスを慰め、パンの神を呼び出す(以上、第1場)。囚われのクロエは海賊に嘆願するが聞いてもらえない。しかしそこにパンの神が現れ海賊を追い散らす(第2場)。夜が明け、助かったクロエはダフニスと喜びの再会をする。老羊飼ラモンから、パンの神がクロエを救ったのはパンがかつて愛したシリンクスの思い出ゆえであることを聞いたダフニスとクロエは、パンとシリンクスの愛をパントマイム(無言劇)で演じる。2人はニンフの祭壇の前で愛を誓い、人々はパンとニンフを讃える(第3場)。

 作曲者自身「交響的作品」と自負している作品だが、幾つかの動機を巧緻に用いた綿密な展開と4管編成を駆使した色彩感溢れる管弦楽法によって、各場面の情景と気分(スコアには随所に細かくト書きが記されている)を巧みに描き出しながら全体をまさに「巨大なフレスコ画」のようにまとめ上げたその手腕に、ラヴェルの卓越した作曲技法が端的に示されている。作品全体のそうした交響的性格はほぼ1時間近くかかる全曲版でこそ明瞭に浮かび上がるが、精緻かつ大胆自在な書法のうちに情景やイメージを喚起するラヴェルの目覚ましいまでの筆遣いは、全曲版からそれぞれひとまとまりの部分をそのまま抜き出した2つの組曲からも充分味わうことができ、演奏機会という点からは第2組曲が取り上げられることが最も多い。

 本日演奏されるのもこの第2組曲で、これは全曲版の第3場のほぼ全体に相当する。この組曲は3部分が続けて演奏され、「夜明け-パントマイム-全員の踊り」という副題がスコア冒頭にまとめて掲載されている。

 最初の「夜明け」は日の出とともに目覚めたダフニスがクロエと再会して喜ぶ場面。日の昇る様を示す燦然たる響きには、管弦楽法の魔術師ラヴェルの鮮やかな技が発揮されている。続いて2人がパンとシリンクスの愛を演じる「パントマイム」となる。フルートを中心とする精妙な音の動きが印象的だ。そしてダフニスとクロエはニンフの祭壇の前で愛を誓い、人々がパンとニンフを讃えて踊る「全員の踊り」となる。5拍子を軸とするリズムの熱狂的な乱舞が興奮を高めていく終曲である。

 なおこのバレエには合唱パートもあるが、それは楽器で置き換えることも可能になっており、本日は合唱なしで演奏される。

(寺西基之)

作曲年代 1909~12年
初  演 バレエ全曲/1912年6月8日 パリ ピエール・モントゥー指揮
(第2組曲の初演は不詳)
楽器編成 フルート3(第2、第3はピッコロ持替)、アルトフルート、オーボエ2、イングリッシュホルン、小クラリネット、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット3、コントラファゴット、ホルン4、トランペット4、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、小太鼓、トライアングル、タンブリン、カスタネット、ハープ2、チェレスタ、ジュドゥタンブル、弦楽5部