第863回 定期演奏会Bシリーズ

マントヴァーニ:2つのヴィオラと管弦楽のための協奏曲(2009)

 私が音楽を書き始めてからというもの、「対立 conflict」というアイデアは私の主要な関心事の一つである。それは協奏曲というジャンル、そして空間化することに対する私の愛好心を増大させ続けてきたアイデアだ。ここ何年か私は、いくつかの楽器に独奏パートを持たせる曲を作ることによって、その愛する2つのアスペクトを統合させようと試みてきた。本作品では、2つのヴィオラに重要な役割が与えられている。この長い作品(35 分)において2つの楽器は、(同じリズムによる)融合という主要素か、あるいは、素速い音の受け渡しにおける応答によって支配される。応答は(空間と連関した)一つの響きから別の響きへというパッセージにより、1本の旋律であるかのような錯覚をもたらす。コントラストの追求は別として、何のロジックもなくいくつかの要素が並列的に提示されることで、「対立」が形式レベルでも起こっている。反復によって、比較的効率のよい方法にも頼りながら、形式は統一感を持ったものとなる。

 フランス放送、リエージュ・フィル、WDR(西ドイツ放送)からの委嘱を受けたこの協奏曲は、初演者である2人のアーティスト、タベア・ツィンマーマンとアントワン・タメスティに捧げた。

(ブルーノ・マントヴァーニ/飯田有抄訳)

 

Mantovani:Concerto for 2 Violas and Orchestra (2009)


Since I began writing music, the idea of conflict is one of my primary preoccupations. It has fuelled both my fondness for the concerto genre, and for spatialization. Over the last several years, I have tried to synthesize these two aspects in the composition of pieces with a solo part attributed to several like instruments. For this piece, two violas have been given the principal role. During this lengthy piece (35 minutes), both instruments are either governed by a principal of fusion (identical rhythms), or responses in rapid relays that give the illusion of a single melodic line enhanced by the passage from one sonority (in relation to a space) to another. Conflict is also present on a formal level, in so far as certain elements are presented in juxtaposition, without the slightest logic aside from the quest for contrast. Due to a play between repetitions, the form becomes coherent, relying as well on a relative economy of means.


Commissioned by Radio France, the Philharmonic Orchestra of Liege and the WDR [West Deutsch Rundfunk - West German Radio], this concerto is dedicated to Tabea Zimmermann and Antoine Tamestit, the artists who premiered it.

Bruno Mantovani

 

マントヴァーニ:2つのヴィオラと管弦楽のための協奏曲(2009)

 戦後のヨーロッパを席巻した前衛音楽から聴衆が離れていってしまった主たる要因は「不協和音が耳に優しくないこと」と「流れが知覚できないこと」という2点に集約されるだろう。前者は慣れの問題であり、積極的に聴き続けることである程度解決するが、後者については専門的な教育を受けた上で楽譜を事前に読み込まない限り、把握はできない。だから高度に知的な作曲技法を追求することで、戦後のフランス音楽を牽引したピエール・ブーレーズ(1925 ~ 2016)でさえ、1970年代半ばになると徐々に知覚しやすい音楽へと変化していったのも止むなきことであった。ブーレーズより下の世代でも、トリスタン・ミュライユ(1947 ~)やフィリップ・マヌリ(1952 ~)といった作曲家たちが1980年代以降、知覚の問題に取り組んでいることからも分かるように、この40年ほどのフランス音楽は「知的な作曲技法」と「知覚可能な音楽」をどう両立するかが課題となっている。

 2010年に36歳の若さでパリ国立高等音楽院院長に就任したブルーノ・マントヴァーニ(1974 ~)は、初期の作品《霧雨の白熱》(1997 /ソプラノサクソフォンとピアノ)からほぼ一貫して複数の楽器を絡ませ合いながら短い音型を反復、徐々に拡大発展させていくという手法で音楽を構成してきた。協奏的作品である《表情豊かに》(2003 /バスクラリネットとオーケストラ)では独奏楽器を核にして音型の拡大発展が行われ、2008年に作曲された本作ではそれに加え、セクションごとを特徴づけるフレーズが登場。より知覚しやすい音楽へと変化している。

 作品は大きく分けると2部分で構成され、それぞれの部分が更に細かいセクションへと分かれていく。第1部は2つのヴィオラによるカデンツァで始まる。まずは「①同音連打」がセクションを特徴づける要素となっていき、あいだにその後のセクションで用いられる主題が提示されていく。セクションを特徴づける要素はその後、「②2つのヴィオラのピッツィカートによる噛み合わないリズム」「③管弦楽内のヴィオラがソリストと混じり合う下行音型」「④2つのヴィオラが切れ目なく反復する下行音型」「⑤弦楽器と打楽器とピアノによる打撃音」と移り変わっていく。⑤のセクションはそれまで登場した音型が組み合わされていく事実上の展開部にもなっており、最終的に第1部冒頭カデンツァの同音連打が短く回帰する。

 第2部はまた2つのヴィオラによるカデンツァから始まり、その後のセクションで用いられる新しい主題を提示する。とりわけ重要になるのは開放弦(弦楽器で弦を指で押さえずに音を出す)のサウンドで、作品に明るい響きを少しずつもたらしていく。再び管弦楽が加わりだすと、第1部を変奏するように展開し始め、まずは①のセクションに始まり、②と④の要素を組み合わせた反復音型によるセクションが続く。その反復音型が終わり、突如として暴力的な響きに支配されるところからが最後のセクションとなり、③の要素を間に挟み込みつつ、クライマックスを築き上げていく。最終的には、開放弦の明るい響きを後景に従えたソリストが静かに語りを続けるも、管弦楽による暴力的なサウンドに飲み込まれていってしまう。

(小室敬幸)

作曲年代 2008年
初  演 2009年3月6日 パリ
ヴィオラ/タベア・ツィンマーマン、アントワン・タメスティ
パスカル・ロフェ指揮 フランス放送フィル
楽器編成 フルート3(第2はピッコロ持替、第3はアルトフルート持替)、オーボエ3(第3はイングリッシュホルン持替)、クラリネット3(第3はバスクラリネット持替)、ファゴット3(第3はコントラファゴット持替)、ホルン4、トランペット4、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、シロフォン、タムタム、チャイニーズシンバル、テンプルブロック、ボンゴ、コンガ、ゴング、ヴィブラフォン、小太鼓、シンバル、トムトム、大太鼓、マリンバ、金床、ギロ、ハープ、ピアノ、弦楽5部




サン=サーンス:交響曲第3番 ハ短調 op.78《オルガン付》

 作曲家としては楽壇を牽引する立役者。ピアノやオルガンは超一流の腕前。おまけに詩作や数学や自然科学の分野でも玄人はだし。シャルル・カミーユ・サン=サーンス(1835 ~ 1921)こそは、往時のフランスきっての“総合的文化人” だった。おなじみの組曲《動物の謝肉祭》が、持ち前の知性とユーモアとエレガンスを寛いだ形で伝えるものだとすれば、同じ1886年に生まれた交響曲第3番は、彼のシリアスな面を何よりも雄弁に示す傑作である。

 曲はロンドンのフィルハーモニック協会の委嘱によって書かれ、完成後にはサン=サーンス自身が「持てるもの全部をつぎこんだ。これほどの達成感はもう得られまい」と語っている。そして実際、彼がこのジャンルに舞い戻ることは二度となかったし、盛り込まれた着想は確かに多彩を極める。

 まず耳にも明らかなのは、副題の由来でもあるオルガン、そしてピアノまで用いて、オーケストラの音色のパレットを広げたこと。次に構成原理として導入された“循環主題” という手法。作品の核をなす主題が絶えず変容を伴いながら登場して音楽の流れを導く書式は、リスト(1811 ~ 86)の交響詩、ひいてはワーグナー(1813 ~ 83)の楽劇と共通点を持つ。それを標題音楽や舞台作品ではなく、交響曲にサン=サーンスは応用したわけである。その点で大きな影響を受けたリストに、サン=サーンスがこの曲を献呈しようと思い立ったのも納得のいく話だ。彼の申し出は感謝の返事とともに首尾よく受理されたのだが、しかしそのリストは初演から2ヵ月後の1886年7月に世を去ってしまい、初版譜の刊行時には「フランツ・リストの思い出に捧げて」という言葉が掲げられることとなった。

 さらに形式面もユニーク。従来の交響曲の枠組に沿いながらも、以下のとおり、それぞれ対照的な図式を描く2楽章構成に作品がまとめられている。

 第1楽章 前半部はアダージョの短い序奏と、ソナタ形式のアレグロ・モデラートからなる。後者に入ってすぐ弦楽器の奏でる第1主題が、全曲に波及する循環主題である(最初のうちは細かくリズムを分割し、本来の姿を曖昧にしか見せない巧妙な筆さばき)。そこに序奏の動機が対置されていく。波打つような動きの第2主題は木管楽器が提示。各主題の展開と再現を経て次第に音勢が弱まると、オルガンがペダル音を含むハーモニーで静かに登場し、後半部ポコ・アダージョが開始。これは緩徐楽章にあたり、それまで抱えていた内面の相克に宗教的浄化が与えられていくような趣だ。

 第2楽章 前半部はスケルツォに相当。循環主題も活用したアレグロ・モデラートと、快活にして色彩感も豊かなプレストが交替する形で進む。後者が2度目に現れると、新しい重要なモチーフを用いた静かな推移句へと流れ込む。続く後半部は、まずマエストーソのテンポにより、オルガンの輝かしいコードを伴いながら祝典的なムードで幕を開ける。アレグロに転じてからは循環主題も確信に満ちた表情で歩を進め、先行楽章の動機群も様々な形で回帰を果たす。すべての不安を払拭した後のコーダで待ち受けているのは、壮麗無比なクライマックス。

 

 

(木幡一誠)

作曲年代 1886年
初  演 1886年5月19日 ロンドン 作曲者指揮
楽器編成 フルート3(第3はピッコロ持替)、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、トライアングル、ピアノ(連弾)、オルガン、弦楽5部