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指揮者陣

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指揮者陣

プリンシパル・コンダクター:エリアフ・インバル Eliahu Inbal , Principal Conductor
プリンシパル・コンダクター:エリアフ・インバル
Eliahu Inbal, Principal Conductor
写真:リンシパル・コンダクター:エリアフ・インバル

 1936年2月16日エルサレム(イスラエル)生まれ。エルサレムの音楽アカデミー、パリ国立高等音楽院などで学び、メシアン、フェラーラ、チェリビダッケらの名匠に師事。63年、グィド・カンテッリ指揮者コンクールで優勝以来、欧米や日本などの主要オーケストラを指揮。74〜90年、フランクフルト放送響(現・hr響)の首席指揮者を16年務め、現在は名誉指揮者。ベルリン・コンツェルトハウス管とも数多くの共演を重ねており、2001年より首席指揮者に迎えられた。2009年よりチェコ・フィルの音楽監督に就任。
 オペラでは、ヴェネツィア・フェニーチェ劇場音楽監督のほか、ミュンヘン、ハンブルク、ヴェローナ、パリ、チューリヒの歌劇場やグラインドボーン音楽祭でも活躍。
 フランクフルト放送響とマーラーとブルックナーの交響曲全集、ベルリオーズの管弦楽作品全集、シューマン、ブラームスの交響曲集を録音。特にマーラーの交響曲全集は高く評価された。
 フランス政府からOfficier des Arts et des Lettres(芸術勲章の受勲者)を授与されたほか、イタリア国立放送響の名誉指揮者も務め、その継続した芸術活動の業績に対してイタリアの批評家賞 "Premio Abbiati"および" Premio Viotti" を受賞すると同時に、コンダクター・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。さらに、2001年2月にはウィーン市より"Goldenes Ehrenzeichen" を授与された。
 都響には91年に初登壇後、特別客演指揮者(95〜2000年)を経て、2008年にプリンシパル・コンダクターへ就任。マーラー交響曲集などのライヴCDを次々とリリースし好評を得ている。2012〜13年度には「インバル=都響 新・マーラー・ツィクルス」を行う。

エリアフ・インバル マーラーを語る(動画)
日本語訳はこちら
インバル=都響 新・マーラー・ツィクルス スペシャル・サイト

レジデント・コンダクター:小泉 和裕
Koizumi Kazuhiro, Resident Conductor
写真:レジデント・コンダクター:小泉 和裕

 京都生まれ。69年東京芸術大学指揮科に入学、山田一雄氏に師事。70年第2回民音指揮者コンクール第1位。
 72 年、新日本フィル創立に際し、指揮者として参加。同年ベルリンのホッホシューレに入学し、ラーベンシュタインにオペラ指揮法を師事。73 年夏、ボストンのタングルウッド音楽祭に参加し研鑽を積む。
 73年、第3回カラヤン国際指揮者コンクール第1位。その後ベルリン・フィルを指揮してベルリン・デビューを飾った。
 75〜79年、新日本フィル音楽監督を務める傍ら、75年ベルリン・フィル定期演奏会に登場、76年フランス国立放送響を指揮しルービンシュタイン、ロストロポーヴィチとも協演、同年ザルツブルク音楽祭でウィーン・フィルを指揮、その後もミュンヘン・フィル、バイエルン放送響、フィルハーモニア・フンガリカ、西ドイツ・フィルなど、ヨーロッパ各地において精力的な指揮活動を行った。アメリカでは78年ラヴィニア音楽祭でシカゴ響を指揮、80年同響定期公演に登場。その他、ボストン響、デトロイト響、シンシナティ響、トロント響、モントリオール響などにも客演。
 83〜89年カナダのウィニペグ響の音楽監督、86〜89年都響の指揮者を歴任。ロンドンのロイヤル・フィルには88年より定期的に招かれ、数々の名演を残すとともにチャイコフスキーの交響曲第4、5、6番のディスクを完成させた。
 89〜96年九州響首席指揮者、92〜95年大阪センチュリー響首席客演指揮者、95〜98年都響首席指揮者、98〜2008年都響首席客演指揮者を歴任。
 2008 年、都響レジデント・コンダクターに就任。現在、日本センチュリー響(旧・大阪センチュリー響)音楽監督、仙台フィル首席客演指揮者も務める。

プリンシパル・ゲスト・コンダクター:ヤクブ・フルシャ
Jakub Hrůša, Principal Guest Conductor
写真:プリンシパル・ゲスト・コンダクター:ヤクブ・フルシャ

 1981 年チェコに生まれる。現在、プラハ・フィルハーモニア管の音楽監督兼首席指揮者およびグラインドボーン・オン・ツアー音楽監督。これまでにチェコ・フィルのアソシエート・コンダクター(2002〜5)、フランス放送フィルのヤング・アソシエート・コンダクター(2005〜6)、ボフスラフ・マルティヌー・フィルの音楽監督(2005〜8)、プラハ・フィルハーモニア管の客演指揮者(2005〜8)を歴任。
 指揮をプラハ芸術アカデミーでビエロフラーヴェクに学び、2004 年の卒業以来、チェコの主なオーケストラ、歌劇場に度々招かれ、自国での揺るぎない評価を獲得。同時に世界各地のオーケストラにも客演。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管、シュトゥットガルト放送響、ベルリン・ドイツ響、北ドイツ放送響(NDR響)、フィンランド放送響、アカデミー・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ、バーミンガム市響、ロッテルダム・フィル、ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ響、アトランタ響、シアトル響、ワシントン・ナショナル響、ダラス響、ヒューストン響など次々とデビューが続いている。
 オペラでは、グラインドボーン音楽祭《カルメン》《ドン・ジョヴァンニ》、プラハ国民劇場《ルサルカ》新演出上演などを指揮。
 2010、都響プリンシパル・ゲスト・コンダクターに就任。
 同年、音楽監督を務めるプラハ・フィルハーモニア管とともにプラハの春国際音楽祭65周年記念となるオープニングコンサートに招かれ、《わが祖国》を演奏。2012年、同管を率いて来日公演を行ない、ツアーを成功に導いた。

ヤクブ・フルシャ就任披露会見 挨拶
(2010年12月14日/東京)
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桂冠指揮者:ガリー・ベルティーニ
写真:桂冠指揮者:ガリー・ベルティーニ

モルドヴァ共和国(旧ソヴィエト連邦)で生まれ、幼い頃イスラエルに移住した。
1958年、イスラエル・フィルハーモニーでデビュー。その後、スコティッシュ・ナショナル管首席客演指揮者、エルサレム響音楽監督、デトロイト響ミュージック・アドヴァイザー、ケルン放送響首席指揮者、フランクフルト歌劇場総監督、テル・アヴィヴのイスラエル歌劇場芸術監督を歴任。

世界各地の一流オーケストラに客演を続け、ベルリン、ウィーン、ルツェルンなどの国際的な音楽祭にも招かれるほか、これまで音楽監督を務めたケルン放送響、イスラエル音楽祭などに定期的に出演した。

都響には1981年以来客演を重ねた後、98年4月に都響第4代音楽監督に就任、マーラー全交響曲シリーズのほか数多くの名演をのこした。
2005年3月、テルアヴィヴで逝去。

永久名誉指揮者:ジャン・フルネ
写真:永久名誉指揮者:ジャン・フルネ

1913年フランスのルーアン生まれ、パリ音楽院で指揮とフルートを学び、首席で卒業。57年までオペラ・コミークの芸術監督を務め、パリ・オペラ座をはじめフランス国内の主なオーケストラの指揮を活発に行う。また、長年にわたりオランダ放送協会の指揮講座を担当、ブザンソン指揮者コンクールの審査委員長を務めた。

50年、コンセルトへボウ管弦楽団とオランダ放送フィルにデビュー。その後、同楽団の常任指揮者、ロッテルダム・フィルの芸術監督も兼任。

日本では、58年の「ペレアスとメリザンド」日本初演以降、主要オーケストラとの共演を重ねた。都響には、78年初客演、83〜86年、定期招聘指揮者を経て89年名誉指揮者に就任。数多くの名演を生んだ。88年のヨーロッパ公演、2002年の北京公演を指揮し、成功に導いた。

世界最後の引退公演となった2005年12月の都響定期演奏会では、大勢のファンに見守られて忘れられない名演を披露した。

2006年4月に旭日中綬賞を受賞。2008年11月3日永眠、享年95歳。
2009年2月、東京都交響楽団永久名誉指揮者の称号授与。