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ABOUT TMSO

オーケストラ|メンバー

ソロ・コンサートマスター/コンサートマスター
第1ヴァイオリン 第2ヴァイオリン ヴィオラ チェロ コントラバス
フルート オーボエ クラリネット ファゴット ホルン
トランペット トロンボーン バストロンボーン テューバ ティンパニ&打楽器
田中雅弘
チェロ  首席奏者

田中雅弘 (たなかまさひろ) TANAKA Masahiro
(1996年10月1日入団)

演奏家として心がけていること:明るく
好きな作曲家:ベートーヴェン
もし音楽家になっていなかったら?:パイロット

 山口県防府市出身。東京藝術大学卒業。日本音楽コンクールチェロ部門第2位など数々の賞を受賞。さらにガスパール・カサド国際チェロ・コンクール第3位、チャイコフスキー国際コンクール・チェロ部門ファイナリスト、ディプロマ賞受賞。ソロや室内楽でも活躍し、N響、都響、広響、KBS響など共演多数。現在、都響首席チェロ奏者、霧島国際音楽祭企画運営委員、防府音楽祭音楽監督を務める。

私の音楽はじめて物語

ユーゴスラヴィアで、シャフラン先生と(24~25歳ころ)

 音楽との出会いは、3歳で始めたピアノとヴァイオリンです。父が下関女子短大でヴァイオリンと音楽理論を教えていて、手ほどきを受けました。ただ、ヴァイオリンはすぐに止めてしまい、ピアノは続けましたけれど、あまり音楽に興味がなかった(笑)。野球選手になりたくて、小4のころからソフトボールをやり、中学では野球部に入りました。
 一方で、小2のころに地元でレニングラード・フィル(アルヴィド・ヤンソンス指揮)や大阪フィル(朝比奈隆指揮)を聴いて感動しました。同じころ、ダニール・シャフランのハイドン《チェロ協奏曲第2番》のレコードを聴いて、これが素晴らしくて。チェロっていいな、と思いましたね。当時、チェロが家にあって、たぶん私にやらせたくて父が置いたらしいんですが、弾いてみたら「これはいいな」と感じて。チェロを始めたのは8歳の時です。
 中1から桐朋の子供のための音楽教室(広島分室)に通い始め、レッスンが厳しかった。山崎伸子さん、秋津智承さん、銅銀久弥さん、など同世代に優秀な人が多くて、ついていくのが大変でした。中2の時、父に東京藝大附属高校の受験を勧められて、運良く合格。高校で恩師(堀江泰氏先生)に出会い、改めて音楽を好きになりました。
 東京藝大へ進んで、同級の景山誠治さん(現在、東京音大教授)と出会い、これで人生が変わりました。彼は非常にまじめで練習熱心で、自分も負けていられない、と。私と景山さん、四方恭子さん(都響ソロ・コンマス)、波木井賢さん(ロイヤル・コンセルトヘボウ管首席ヴィオラ奏者)で「東京ブラームス・クァルテット」を組んで、霧島国際音楽祭へ行ったり、民音室内楽コンクールへ参加したり。小山実稚恵さんが同級だったので、彼女とブラームスのピアノ五重奏曲などもよく演奏しました。
 日本音楽コンクールは大学2年から3年連続で受けたんですが、ある時、四方さんに「あなたね、人間変わらないと受からないわよ」と叱られまして。それでもっと練習するようになり、大学4年の時に第2位に。私が今あるのは四方さんのおかげです(笑)。
 大学卒業後、かつてハイドンを聴いて感動したシャフラン先生に出会い、とても気が合って、すごくお世話になりました。先生はショスタコーヴィチのチェロ・ソナタを作曲者と演奏した人でしたし、音楽家としてのオーラがすごかった。テクニック云々よりも、音楽の魂そのものを教えられた気がします。
 カサド国際コンクール(86年/第3位)、チャイコフスキー国際コンクール(90年/ファイナリスト・ディプロマ賞)を受け、フリーランスの時期を経て、都響に入団したのは96年です。最初は、自分がやってきたことがどれだけ甘かったかを痛感しました。人間って、1人で、ソロの練習だけしていても、なかなか成長できない。オーケストラは音楽の規模も深さも全然違いますし、技術も人間性も学ぶものが非常に多いんです。一生をかけて精進すべき場を得たな、という気がしました。今後も日々、努力を続けたいと思います。

(月刊都響2012年10月号 取材・文/友部衆樹)


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