東京都交響楽団

John ADAMS

現代アメリカを代表する作曲家ジョン・アダムズ。
話題の新作《シェヘラザード.2》が
今春ついに東京で日本初演される。

ジョン・アダムズ:シェヘラザード.2 ヴァイオリンと管弦楽のための劇的交響曲(2014)(日本初演)

John Adams: Scheherazade.2 Dramatic Symphony for Violin and Orchestra (2014) (Japan Premiere)

現代屈指の人気作曲家ジョン・アダムズの《シェヘラザード.2》は、パリのアラブ世界研究所での『千一夜物語』の展覧会を訪れたアダムズが、シェヘラザードの資料に触発され、現代においても過酷な状況を生き抜かねばならない女性たちに思いを巡らせて作曲の筆を執った作品。特定のストーリーは持たないものの、狂信者たちに追われ、裁判にかけられながらも、ついに自由を獲得する女性の姿を描き出し、そこに暴力や抑圧に対する非難を込めています。現代の事件や社会情勢を扱った数々の問題作でも知られるアダムズらしい新たな話題作であり、主人公たる妖しくも激烈な独奏ヴァイオリンが、準ソリスト風に扱われるツィンバロンを含む管弦楽と渡り合う、文字通りドラマティックかつ幻想的な交響絵巻です。(演奏時間約50分)

世界地図で見る《シェヘラザード.2》の演奏歴

Concert history of Scheherazade.2

ジョン・アダムズ《シェヘラザード.2》は、アラン・ギルバート指揮、リーラ・ジョセフォウィッツ独奏、ニューヨーク・フィルハーモニックにより、2015年3月26日に世界初演されました。以来、現在に至るまでわずか2年でベルリンフィルハーモニー管弦楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、ロンドン交響楽団、シカゴ交響楽団など数多くのオーケストラで演奏されており、都響定期(日本初演)が45・46回目の演奏となる予定です。そのすべての演奏で、作品を献呈されたジョセフォウィッツが独奏を担っています。この地図では、今までの演奏歴をご覧いただけます。

第828回定期演奏会Aシリーズ/第829回定期演奏会Bシリーズ

Subscription Concert
No.828 A Series / No.829 B Series

  • ©Rikimaru Hotta

    Alan GILBERT, Conductor指揮/アラン・ギルバート

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    Alan GILBERT, Conductor
    指揮/アラン・ギルバート

    現在、ニューヨーク・フィルハーモニック音楽監督として世界中で活躍。ベルリン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管、北ドイツ放響、クリーヴランド管、ボストン響、フィラデルフィア管、フランス放送フィルなどを定期的に客演。メトロポリタン歌劇場、ロサンゼルス・オペラ、チューリッヒ歌劇場、スウェーデン王立歌劇場、初代音楽監督を務めるサンタフェ・オペラ等、オペラの分野でも活躍。ニューヨーク・フィルでは、リゲティ『ラ・グラン・マカーブル』、ヤナーチェク『利口な女狐の物語』等のステージ・プロダクションを指揮し絶賛を博したほか、現代音楽作品のための2つのシリーズ「CONTACT!」「NY PHIL BIENNIAL」も推進し、その芸術性を高めている。グラミー賞、エミー賞、ディットソン指揮者賞、フランス芸術文化勲章オフィシエ等、受賞多数。2014年アメリカ芸術科学アカデミーに選出。ジュリアード音楽院指揮・オーケストラ科ディレクター、ロイヤル・ストックホルム・フィル桂冠指揮者も務める。

  • ©Chris Lee

    Leila JOSEFOWICZ, Violinヴァイオリン/リーラ・ジョセフォウィッツ

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    Leila JOSEFOWICZ, Violin
    ヴァイオリン/リーラ・ジョセフォウィッツ

    傑出した(卓越した)現代音楽の擁護者/支持者であるリーラ・ジョセフォウィッツは、エサ=ペッカ・サロネン、スティーブ・マッキー、ルカ・フランチェスコーニなど第一級の作曲家たちの解釈者として選ばれている。ジョン・アダムズが彼女のために書いた、《シェヘラザード.2(ヴァイオリンと管弦楽のための劇的交響曲)》は、アラン・ギルバート指揮ニューヨーク・フィルとジョセフォウィッツ自身によって2015年3月に世界初演された。
    最近のシーズンでは、BBC響、シカゴ響、ボルティモア響、オタワ国立芸術センター管、フランス放送フィル、ケルン・ギュルツェニヒ管、チューリヒ・トーンハレ管、スカラ座管と共演。
    主な最近の契約は、ロンドン響、ロイヤル・コンセルトヘボウ管、都響、シドニー響、スペイン国立管、フィンランド放送響(オーストリアツアー含む)、北米ではクリーブランド管、トロント響、ロサンゼルス・フィル、シアトル響、セントルイス響、ワシントン・ナショナル響がある。

  • ©Vern Evans

    John ADAMS,Composer作曲/ジョン・アダムズ

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    John ADAMS,Composer
    作曲/ジョン・アダムズ

    ジョン・アダムズ(1947-)は、アメリカ合衆国が生んだ現代最高の作曲家の一人であり、指揮者としても活躍する。東海岸はニューイングランド地方で生まれ育ち、ハーヴァード大学卒業後に本拠地を西海岸のサンフランシスコに移す。そして1982年にサンフランシスコ交響楽団のコンポーザー・イン・レジデンスに任命されると、《ハルモニウム》(1981)、《ハルモニーレーレ(和声学)》(1985)など斬新で華麗な管弦楽曲を次々と発表し、以来マイケル・ティルソン・トーマス、サイモン・ラトル、ケント・ナガノ、エサ=ペッカ・サロネン、アラン・ギルバートら著名指揮者がこぞって取り上げる人気作曲家であり続けている。
    初期こそ、ライヒ、ライリー、グラスらミニマルミュージック創始者たちに続く世代の旗手として注目を集めていたが、彼の音楽は当時から交響的かつ新ロマン主義的だった。そうした作風から、オペラとオーケストラ曲を得意としており、いずれも現代の重要なレパートリーとみなされている。中でも、『中国のニクソン』(1987)、『クリングホーファーの死』(1991)、『ドクター・アトミック』(2005)や、《魂の転生》(2002)など現代の事件や世界情勢を扱った作品は、現在でも上演のたびに物議を醸している。
    2017年は、ベルリン・フィルのコンポーザー・イン・レジデンスを務めるのをはじめ、新作オペラ『黄金の西海岸の少女たち』の世界初演(サンフランシスコ・オペラ)など、世界各地で彼の70歳を祝うプロジェクトが予定されており、都響定期における《シェヘラザード.2》日本初演もその一つである。

  • 第828回 定期演奏会Aシリーズ

    417日(月)19:00 東京文化会館

    Subscription Concert No.828 A Series
    Mon. 17 April 2017, 19:00 at Tokyo Bunka Kaikan

  • 第829回 定期演奏会Bシリーズ

    418日(火)19:00 東京オペラシティコンサートホール

    Subscription Concert No.829 B Series
    Tue. 18 April 2017, 19:00 at Tokyo Opera City Concert Hall

指揮/アラン・ギルバート
ヴァイオリン/リーラ・ジョセフォウィッツ

ラヴェル:バレエ音楽《マ・メール・ロワ》
ジョン・アダムズ:シェヘラザード.2─ヴァイオリンと管弦楽のための劇的交響曲(2014)(日本初演)【ジョン・アダムズ70歳記念】
第1楽章:若く聡明な女性の物語 - 狂信者たちに追われて / I. Tale of the Wise Young Woman - Pursuit by the True Believers
第2楽章:はるかなる欲望(愛の場面) / II. A Long Desire (love scene)
第3楽章:シェヘラザードと髭を蓄えた男たち / III. Scheherazade and the Men with Beards
第4楽章:脱出、飛翔、聖域サンクチュアリ / IV. Escape, Flight, Sanctuary

ツィンバロン/生頼まゆみ

Alan GILBERT

《シェヘラザード.2》を世界初演した
指揮者、アラン・ギルバートが語る
ジョン・アダムズと《シェヘラザード.2》の魅力

インタビューを見る

ジョン・アダムズの音楽は弾きやすく聴きやすい、そして新鮮な音楽です。

4月の定期演奏会にはジョン・アダムズの《シェへラザード.2》の日本初演がある。2015年3月26日、今回ソリストをつとめるリーラ・ジョセフォウィッツのヴァイオリン、アラン・ギルバート指揮のニューヨーク・フィルハーモニックで初演された作品だ。アダムズ作品は合衆国のオーケストラにとっては現代作品でありながら重要で、かつ人気のある、欠くことができないレパートリーである。この新しい作品について、ギルバート氏にはなしをうかがった。

文/小沼 純一(音楽・文芸批評/早稲田大学教授)

ジョンの作品をずっと指揮しているので、かれの作品の進化を実地に体感しています。その変化のなかでも、《シェヘラザード.2》はかなり変ってきたところにあるようにおもえます。近年のジョンの作品はオペラから影響を受けており、本作にはことばこそついていないけれど、ドラマティックなストーリーはしっかり伝わってきます。
主役はヴァイオリンですが、バック・ストーリーがあります。そして、ほかの作品よりロマンティックな仕上がりです。ジョンは年齢とともに、ハートでつくるようになってきている、とわたしはおもっているんですね。
ニューヨーク初演はスタンディング・オヴェーションになって、とても好評でした。ヴァイオリニストは暗譜で弾き、目が離せませんでしたし。オーケストラもとても楽しんでいました。難しいけれど、満足感がある。偉大なものに接したというのがみんなのなかにあるんです。宝物をいただいたような、ね。

《シェヘラザード.2》はヴァイオリンのソロを伴いつつも、「コンチェルト」ではなく、「ドラマティック・シンフォニー」と呼ばれており、古典的な4楽章形式をとっている。

伝統的な協奏曲ではありません。曲を物語るうえでオーケストラは、ソロ・ヴァイオリンのバック・ストーリーとなるとても重要な役割をはたしています。オペラ《ドクター・アトミック》を指揮して、ジョンがどんなふうに舞台を展開させようと考えているか、音楽をどうつくっていくかがわかっていました。ですから、今回の作品でもそうしたことが生かされているなと想像がついたのです。

作曲者は、自作について述べるなか、『千一夜物語』のなかに描かれた女性と現在の状況とを重ねている。現在のアメリカ合衆国でイスラム=アラブ世界の物語について言及することも、そこには意識されているようにみえる。

ジョンは政治的なホットなテーマをとりあげることを躊躇ったりはしません。ですが、わたしはそうしたことより、『千一夜物語』はある特定の文化から生まれてきたのはたしかだけれど、もっとそれを超えるようなテーマがここにはある、とおもっています。

ソロ・ヴァイオリンとともにツィンバロンが重要な役割を果たしている。

エキゾティックな音をつくりだしていると同時に、ヴァイオリンとならぶくらい重要な役割を果たすのがツィンバロンです。これはね、とても難しいパートなんですよ。演奏家をみつけるのが一苦労。きちんとした人がやらないと大変なことになってしまう。初演のときもべつのところから来てもらいました。ツィンバロンがはいることで、ただのヴァイオリンとオーケストラの作品からさらに異次元になっているのです。

《シェヘラザード.2》は各楽章にタイトルがあるのみならず、楽章の部分部分にもときどきサブタイトルがつけられている。「千一夜物語」のエピソードと音楽がシンクロするようでもある。

ジョンは、もしかすると、目には見えない、彼だけにしかみえないものに音楽をつけていると考えることもできます。ストーリーがなくても、充分楽しめる音楽にしあがっていますよね。一方、演奏家は、譜面に記されたことばを介して、姿勢や哲学をこめて演奏ができるのです。聴き手よりも弾き手のほうがそれは大きいとおもいます。音楽の素晴らしさはこうしたところにあるんです。絶対的な意味というのはありません。それでいながら人びとのこころを打つ。だからこうしたタイトルはとても演奏家にとって助けになるんです。あるときには怒りや慰め、あるときには悲しみ、といったわかりやすいところもあります。あるのですが、そうでないところでも大きなヘルプになっているんですよ。

©Rikimaru Hotta

オーケストラを存分にひびかせ、指揮者や演奏家にも演奏するよろこびを、また聴くことの醍醐味を感じさせる作曲家との評価がある一方、ジョン・アダムズの音楽は日本のオーケストラで、コンサートであまり演奏されていない。

ジョンの音楽はつねにレヴェルは高いけれど、ずいぶん変ってきました。変化しているけれど、その声はしっかり伝わってきます。交響曲的なフォルムや色彩感を大切にしているところは変りません。演奏家にとっては弾くよろこびがあります。聴き手にとっても聴きやすいとおもいますね。日本のオケはプログラムについては保守的な面があるけれど、ジョン・アダムズの音楽は弾きやすく聴きやすい、そして新鮮な音楽です。新しいけれどもみんなが理解できることばで書かれているのです。

ジョン・アダムズとは、どんな人物なのだろう。

大人になったヒッピーみたいな(笑)。すばらしい人だし、いい人であり謙虚です。天才なんですが、ちゃんとほかの人にも関心を持っている。人のことを悪く言わないし。日本に来られたらいいとおもいますよ。自身で指揮もしますしね。

このコンサートのプログラムは、ラヴェルとアダムズ、どちらも一種の民間伝承のような、一種のフェアリーテールのようなもの。

都響のメンバーも会員の皆さんも、アラン・ギルバートはこういうようなテーマでつなげてコンサートのプログラミングをするのが大好きなんだと、お気づきかとおもいます(笑)。2つの作品は文学からですが、最終的には音楽になっている。ラヴェルはおとぎ話をもとにしていますが、今回はバレエ版の全曲を演奏します。5つの曲を書いたあとで、つなぎの部分を作曲しているのですけれど、ほんとうに信じられないくらい、自然につながってゆきます。有機的な成長というのが感じられるのです。ドアを開けました、道を歩きました、というのではないけれど、ストーリー的な世界観があるのです。

アダムズ作品についてメッセージを。

現在書かれている音楽を怖れたり敬遠したり人に、ともかく耳をオープンにして、怖がらないように。自分のなかに音楽を受け入れてください。そう言いたいとおもいます。正しい理解も、実際に答えもありません。音楽というのは理解しなくてもいいのです。何か確かではないと感じても、それはいいのです。馴染みがない、ヘンに聞こえてしまうかもしれないけれど、それはそれでいいんですよ、と。もっと理解度があれば、もっとわかるにちがいない−−−−そんなふうに考えることは悲しいじゃないですか。本を読むとき、理解度のある人は深いところまで読めるかもしれない、でも、ふつうの人も充分楽しめるかもしれない。この曲を理解するのに魔法の鍵があるにちがいないとおもうのは、毒とおなじなのです。《シェヘラザード.2》は聴きやすい。はっきりとしたリズムもある。いろいろな場面もある。想像してもいいし、想像しなくてもいい−−−−のです。

©Vern Evans

ジョン・アダムズの魅力を探る

アダムズの音楽は、過去の音楽的遺産との対峙、ミニマル・ミュージックの影響、オペラ作曲に端的に現れている現代史への関心、という3つの要素が重要な核になっている。

エッセイを見る

文/前島秀国 (サウンド&ヴィジュアル・ライター)

過去の音楽とどう対峙するか

1999年のことだったと思うが、故・若杉弘氏にインタビュー取材した時、彼が別れ際に残した言葉が、強く印象に残っている。
「いつか、ジョン・アダムズの《ハルモニーレーレ》とストラヴィンスキーの《春の祭典》を、同じプログラムの中で一緒に演奏してみたい。語法的には、どちらも非常に近いから、曲名を隠して演奏すれば、どちらがどちらの曲なのか、区別のつかない聴衆も出てくるはずですよ」 いみじくも若杉が看破していたように、ジョン・アダムズ(1947~)という人は、過去の音楽史の遺産――クラシックに限らず、ジャズやポップスも含む――を絶えず意識しながら創作活動を続けている作曲家である。今回日本初演される《シェヘラザード.2》(2014/作曲者自身の発音に従えば「シェヘラザード・ポイント・トゥー」)は、言うまでもなくリムスキー=コルサコフの曲名を踏まえているし、来年1月にN響が日本初演を予定している《アブソリュート・ジェスト》(2012)は、ベートーヴェンの交響曲や弦楽四重奏曲のスケルツォ楽章を大胆に引用・リミックスした作品である。
アダムズは、決して難解な技法や実験を追求するタイプの作曲家ではない(ただし、演奏そのものは大変に難しい)。むしろ、過去の音楽とどう対峙するか、それが彼の作曲上の実験だと言えるだろう。彼自身は、そうした自分の立ち位置を次のように語っている。
「もしも、私の音楽の中に過去の作品の痕跡が感じられるとしたら、それは私自身が自分を一度も前衛と感じたことがないからでしょう。過去から学び、吸収したあらゆる要素を、作曲に注ぎ込むのが私の創作姿勢です。過去は振り返らないという態度から、強烈な創作欲を得たことはありません。(中略)しかしながら、音楽に現れてくるのは“マーラー”そのものではなく、“マーラー”を個人的に体験した“ジョン・アダムズ”なのです」(ジョナサン・コットとのインタビュー)
結果的に彼の作品は、必ずしも現代音楽を好まないクラシックの聴衆であっても、何らかの形でアクセスしやすいという利点を持っている。別の言い方をすれば、既存のクラシックの名曲と並んで演奏されても、他の現代音楽の作曲家ほど違和感を覚えることがない。そこが、アダムズを現代屈指の人気作曲家の地位に押し上げた最大の理由ではないかと思う。2016/17年のシーズン、彼がベルリン・フィルのコンポーザー・イン・レジデンスを務めている事実が、何よりもその証左となっている。

©Lambert Orkis
自身の作品を指揮するアダムズ

オーケストラ体験とミニマルとの出会い

アダムズの音楽を深く知る上で重要なのが、彼が20代前半までクラリネット奏者として活躍していたという事実である。
ニュー・イングランドのスウィング・バンド奏者だった父親にクラリネットを学んだアダムズは、ボストン交響楽団クラリネット奏者フェリックス・ヴィスクグリアにクラリネットを師事し、10代になると地元のマーチング・バンドやアマチュア・オーケストラでクラリネットを演奏し始めた。10代の終わりには、ボストン響の臨時奏者として活動し、当時音楽監督を務めていたエーリッヒ・ラインスドルフの指揮で何度か演奏したほか、ボストン響がピットに入ったシェーンベルクの歌劇『モーゼとアロン』アメリカ初演(1966年)でもクラリネット・パートを担当した。つまり彼は、作曲家として名をなす前から(クラリネットを通じて)オーケストラというものを体験的に熟知していたのである。
クラリネットの演奏活動と並行する形で、ハーヴァード大学で作曲を学んだアダムズは、当時アメリカ東海岸を席巻していたアカデミズム偏重の現代音楽に嫌気が差し、1972年からサンフランシスコ音楽院で作曲の教鞭を執り始めた。この時期、ラ・モンテ・ヤング(1935~)、テリー・ライリー(1935~)、スティーヴ・ライヒ(1936~)、フィリップ・グラス(1937~)といった作曲家の音楽(いわゆるアメリカン・ミニマル・ミュージック)と出会ったアダムズは、ピアノのための《フリジアン・ゲート》(1977)や、弦楽六重奏/弦楽合奏のための《シェイカー・ループス》(1978/83)といった、ミニマルの影響の濃い作品を発表し始める。

ドラマティックな転調

1982年にサンフランシスコ響コンポーザー・イン・レジデンスに就任すると、アダムズはかねてから関心を抱いていたオーケストラの作曲に、ミニマルの音楽語法を応用し始めた。ベートーヴェンの《皇帝》冒頭のピアノのカデンツァに、スーザの吹奏楽を混ぜ合わせたような音楽が激しい批判を巻き起こした《グランド・ピアノラ・ミュージック》(1982)や、最初に触れた《ハルモニーレーレ》(1985)など、この時期のアダムズはミニマル特有の反復するリズムを波のうねりのように用いながら、ドラマティックな転調で心理的な効果を上げる手法を好んで用いていた。
「基本的に、私は調性音楽の作曲家です。(中略)私の曲ではかなり長い時間、同じ調で音楽が発展していくので、転調の瞬間は大きな効果を発揮するのです。転調(モジュレーション)が起きる時は、感情が大きく変化するようにできるだけ工夫します。この種の才能に恵まれた、私にとって重要な作曲家が何人かいます。ベートーヴェンはもちろんですし、シベリウスの《交響曲第5番》や《交響曲第7番》もそうですね。つまり、音楽を組み立てていく際に、調というものを構造上のツールや心理的なツールとして用いていくのです」(ジョナサン・コットとのインタビュー)
1990年代に入ると、彼の関心はミニマル的な語法から、旋律(もしくは旋律的な要素)に移り始める。グロマイヤー賞作曲部門を受賞した《ヴァイオリン協奏曲》(1993)では、ヴァイオリン独奏に無限旋律(エンドレス・メロディ)を演奏させる新たな手法に挑んだ。《シティ・ノワール》(2009)や《サクソフォン協奏曲》(2013)など、彼が幼い頃から親しんだジャズの影響が色濃く現れた作品も多い。

ジョン・アダムズ:ハルモニーレーレ
エド・デ・ワールト指揮
サンフランシスコ交響楽団
ワーナー WPCS-16014
ブックレットにジョナサン・コットとのインタビュー全訳(筆者訳)が掲載されている。

現代史に関わるオペラ

管弦楽曲と並び、アダムズを語る上で欠かせないオペラに関しては、第1作『中国のニクソン』(1987)から現在作曲中の最新作『黄金の西部の娘』(2017年11月初演予定)まで、全作品が演出家ピーター・セラーズ(1957~)との緊密なコラボレーションから生まれている。その多くが現代史の重要な事件や政治的な題材を扱っていることから、アメリカでは「CNNオペラ」なる言葉まで誕生した。
米中国交正常化のために北京を訪れたニクソン大統領と、彼を出迎えた毛沢東主席の歴史的会談(1972年)をオペラ化した『中国のニクソン』は、単なる史実の再現に終始せず、劇中に登場する革命バレエ「紅色娘子軍←ルビ/こうしょくじょうしぐん」や、ニクソン夫人の叙情的なアリア、毛主席と江青夫人が踊るフォックストロットの場面など、音楽的な見せ場も数多く用意されている。ヒューストン・グランド・オペラの初演がテレビ中継されたこともあり、この1作でアダムズの名はアメリカ内外で広く知られるようになった。 オペラ第2作『クリングホファーの死』(1991)は、「アキレ・ラウロ号事件」として知られるパレスチナ・テロリストのシージャック事件(1985年)を題材にしている。アダムズとセラーズの意図は、事件そのものをリアルに描くのではなく、バッハの受難曲のように、登場人物たちの内面を描くことにあった(音楽も、バッハにならって合唱を多用している)。しかしながら、この作品は初演直後から「反ユダヤ主義的」「テロの讃美」といった批判が起こり、9・11同時多発テロ事件(2001年)以後、現在に至るまで、再演のたびに上演反対運動が起こる問題作となっている(ちなみにアダムズ自身は、この作品を「自分のオペラの最高作だ」と筆者に語っている)。
オペラ第3作『ドクター・アトミック』(2005)は、人類初の原爆実験となった1945年7月16日トリニティ実験の前夜を舞台に、“原爆の父”ことロバート・オッペンハイマー博士とその周辺の人々の葛藤と苦悩を描いている。大変興味深いことに、このオペラは、手つかずの自然(ウラン)から強大な力(パワー)が生まれる過程を扱っていること、“大地の母”のような女性の登場人物(メゾソプラノまたはアルト)が劇中で警告を発する場面など、いくつかの点でワーグナーの楽劇『ラインの黄金』を彷彿とさせる。そのことをアダムズ本人に指摘したところ、「ワーグナーを模倣したと言われると微妙ですが、確かに作曲中はワーグナーを参考にしました。ご存知のように、『ニーベルングの指環』は自然界の荒廃を描いています。この作品が描いている原爆開発についても、同じです。『ドクター・アトミック』の作曲の意図を、よく理解していますね」という答えだった。

以上を要約すると、アダムズの音楽は、過去の音楽的遺産との対峙、ミニマル・ミュージックの影響、オペラ作曲に端的に現れている現代史への関心、という3つの要素が重要な核になっている。《シェヘラザード.2》にも、そうした3つの要素を明瞭に見出すことができるはずだ。

ツィンバロンってなに?

《シェヘラザード.2》で大活躍する
もう1つの独奏楽器

詳細を見る


ツィンバロンってなに ?

ジョン・アダムズ《シェヘラザード.2》の副題は「ヴァイオリンと管弦楽のための劇的交響曲」だが、実はほかにもう1つ、大活躍する独奏楽器がある。それが東欧の楽器ツィンバロンだ。独奏を務める生頼まゆみさんに、楽器について伺った。

(取材・文/飯田有抄)

ピアノの祖先

ツィンバロンは「ピアノの祖先」と言われる楽器です。ピアノは鍵盤と連結したハンマーで弦を打ちますが、ツィンバロンは奏者が手に持ったバチで弦を打ちます。その歴史は古く、中世のイスラム圏で生まれたカーヌーンというガット弦をピックではじく楽器に由来します。11世紀にはヨーロッパへ伝わり、弦を指ではじくサルテリウムと呼ばれる楽器が現れ、それがロシアやギリシャ、ドイツなどに伝わりました。その中でハンガリーに持ち込まれたものがツィンバロンへと発展します。18世紀にはロマの(かつてジプシーと呼ばれた)人々のバンドで演奏される定番楽器となりました。

  • ツィンバロンは奏者が手に持ったバチで弦を打つ
  • ツィンバロンのバチ。先端は左から革、コットン、なめし革のもの。
    他に金属線を巻いたものなど、様々な種類がある

現代のツィンバロンの音域は約5オクターヴで、弦は金属製のピアノ線です。木製のボディと鉄製のフレームを使っているところもピアノとそっくり。この形になったのは19世紀です。リストが管弦楽でツィンバロンを使い始めたのをきっかけに、シュンダ(Schunda)というメーカーが1872年に現代的なモデルを発表したのです。それまでは移動民族が持ち運べる小さな楽器でしたが、脚が付き、ダンパーペダルが付き、音域が広がり、音量の出る大きな楽器となりました。

  • ツィンバロン全景

ピアノと大きく違うところは、音の配列です。奏者に向かって横に張られた弦は、手前が低音です。下から1オクターヴ+5音までは半音ずつ順番に上がりますが、そこから先は不規則になります。弦は駒で支えられていますが、駒を挟んで左右2箇所を叩く弦があるのです。つまり1つの弦が2つの音を担当するわけですが、その音高差は完全5度、減5度、短2度、短3度、長6度……と不規則、なおかつ駒が2つあって3音を担当する(3箇所の打弦ポイントがある)弦もあります。音高の並びに規則性を見出すことはできないので、奏者はどの位置にどの音があるのか、一つ一つ覚えていかねばなりません。

ツィンバロンの音配列写真
ツィンバロンの音配列。手前は半音階で下から順に並んでいるが、音域が上がると不規則になる

「東欧人らしさ」から現代作品へ

ツィンバロンの音楽作品ですが、リストのように東欧人が「東欧人らしさ」「ハンガリーら しさ」を表現する楽器として用いた一方、ドビュッシーやストラヴィンスキーなど東欧人以外の作曲家もこの楽器に注目するようになります。20世紀以降はブーレーズ、シュトックハウゼン、デュティユー、細川俊夫などがツィンバロンを扱い、ハンガリー人のクルターグは、独奏曲、室内楽、管弦楽など非常に多くの作品で用いています。長い歴史を持つ楽器ですが、新しい作品が多く書かれるようになったのは、ここ15~20年くらいのことです。

《シェへラザード.2》で担う役割

《シェへラザード.2》において作曲者のアダムズは、社会的な暴力や抑圧への抵抗を描いています。作曲者による具体的な言葉の指示はありませんが、独奏ヴァイオリンは被抑圧者である女性の役割を担い、個性の強い音色を持つツィンバロンは、女性を抑圧する社会や男性の象徴であると私は解釈しています。ツィンバロン特有の豊かな音のうねりが生じるトレモロ(連打)が多用されており、かなり高度な演奏技術が求められる作品ですが、この楽器ならではの存在感と表現力とを発揮できたらと思っています。


《シェヘラザード.2》について語る生頼さん

生頼まゆみ (おうらい・まゆみ)

マリンバ、ツィンバロン奏者。洗足学園音楽大学を経て、フランス国立ストラスブール地方音楽院の鍵盤打楽器科、室内楽科およびツィンバロン科(西欧で唯一)を卒業。2001年、ベルギー国際マリンバ・コンクール第5位入賞。8年間のフランスでの活動を経て、現在は拠点を日本へ移し、日欧での演奏活動を展開。

作曲者本人が語る《シェヘラザード.2》

John Adams on Scheherazade.2

提供:Boosey & Hawkes / Courtesy of Boosey & Hawkes

《シェヘラザード.2》について語るジョセフォウィッツとアダムズ
ニューヨーク・フィルのリハーサル映像

Leila Josefowicz & John Adams on Adams's "Scheherazade.2"

《シェヘラザード.2》収録CD

Scheherazade.2 recorded CD

ジョン・アダムズ《シェヘラザード.2》国内盤CDが
ワーナーミュージック・ジャパンより発売されています。

詳細や購入はこちらをご覧ください。
http://shop.wmg.jp/shop/g/gWPCS-13654/

デイヴィッド・ロバートソン(指揮)
リーラ・ジョセフォウィッツ(ヴァイオリン)
セントルイス交響楽団

チェスター・イングランダー(ツィンバロン)
ワーナー WPCS-13654

リハーサルや本番写真を随時追加いたします

Photo Gallery

  • 指揮/アラン・ギルバート
    © Rikimaru Hotta

  • ヴァイオリン/リーラ・ジョセフォウィッツ
    © Chris Lee

  • 作曲/ジョン・アダムズ
    © Deborah O'Grady

  • リハーサル写真(2017年4月14日)─第828回 定期A&第829回 定期Bに向けて

  • リハーサル写真(2017年4月14日)─第828回 定期A&第829回 定期Bに向けて

  • リハーサル写真(2017年4月14日)─第828回 定期A&第829回 定期Bに向けて

  • リハーサル写真(2017年4月14日)─第828回 定期A&第829回 定期Bに向けて

  • リハーサル写真(2017年4月14日)─第828回 定期A&第829回 定期Bに向けて

  • リハーサル写真(2017年4月14日)─第828回 定期A&第829回 定期Bに向けて

  • リハーサル写真(2017年4月14日)─第828回 定期A&第829回 定期Bに向けて

  • アラン・ギルバート─東京文化会館大ホールで(2017年4月17日)
    © Rikimaru Hotta

  • アラン・ギルバートと都響ソロ首席ヴィオラ奏者 鈴木 学─東京文化会館大ホール舞台裏で(2017年4月17日)
    © Rikimaru Hotta

  • アラン・ギルバートと都響首席トランペット奏者 高橋 敦─東京文化会館大ホール舞台袖で(2017年4月17日)
    © Rikimaru Hotta

  • アラン・ギルバートと都響首席コントラバス奏者 池松 宏─ゲネプロ写真(2017年4月17日)
    © Rikimaru Hotta

  • ゲネプロ写真(2017年4月17日)
    © Rikimaru Hotta

  • ゲネプロ写真(2017年4月17日)
    © Rikimaru Hotta

  • 2017年4月17日(月)第828回 定期演奏会Aシリーズ
    © Rikimaru Hotta

  • 2017年4月17日(月)第828回 定期演奏会Aシリーズ
    ジョン・アダムズ:シェヘラザード.2 ─ヴァイオリンと管弦楽のための 劇的交響曲
    (ヴァイオリン/リーラ・ジョセフォウィッツ)
    © Rikimaru Hotta

  • 2017年4月17日(月)第828回 定期演奏会Aシリーズ
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  • 2017年4月18日(火)第829回 定期演奏会Bシリーズ
    ジョン・アダムズ:シェヘラザード.2 ─ヴァイオリンと管弦楽のための 劇的交響曲
    (ヴァイオリン/リーラ・ジョセフォウィッツ)
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  • 2017年4月18日(火)第829回 定期演奏会Bシリーズ
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  • 2017年4月18日(火)第829回 定期演奏会Bシリーズ
    カーテンコールでお互いをたたえあうアラン・ギルバートとリーラ・ジョセフォウィッツ
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