私はシーズンを通じて、
芸術的なメッセージをお届けしたいと思っていますし、
そういう構成になっていると自負しています。

東京都交響楽団 音楽監督

大野和士 ONO Kazushi

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大野和士
ONO Kazushi, Music Director

1987年トスカニーニ国際指揮者コンクール優勝。これまでに、ザグレブ・フィル音楽監督、都響指揮者、東京フィル常任指揮者、バーデン州立歌劇場音楽総監督、ベルギー王立歌劇場(モネ劇場)音楽監督、アルトゥーロ・トスカニーニ・フィル首席客演指揮者を歴任。現在、都響音楽監督、フランス国立リヨン歌劇場首席指揮者、バルセロナ響音楽監督を務めている。2016年9月に新国立劇場オペラ部門芸術参与へ就任、2018年9月に同劇場芸術監督へ就任予定。フランス批評家大賞、朝日賞など受賞多数。文化功労者。

© Rikimaru Hotta

大野和士 インタビュー
 6月公演を語る 

取材・文/奥田佳道(音楽評論家)

  • 《田園》との組み合わせ

    音楽監督・大野和士

     東京都交響楽団リハーサル室でのインタビューは、大野和士が昨年出題した「クイズ」の話題から始まった。『音楽の友』誌2016年8月号の記事「都響就任2年目!大野和士が語る」の最後部分を再掲載させていただく。
     「来季、都響でベートーヴェン《田園》を演奏するのですが、《田園》と一緒に演奏する曲は何だと思いますか。皆さんだったら、《田園》には何がいいですか。何が合うと思いますか。秋の発表を楽しみになさっていてください」
     知将・大野和士の答えは《牧神の午後への前奏曲》、ピアノも創造の一翼を担うヴァンサン・ダンディの《フランスの山人の歌による交響曲》op.25、それに《田園》だった。
     魅力も曲の創りも語り尽くされているかのような《田園》だが、我らがマエストロは、聞き手の小賢しい質問──バロック期以来ずっと愛されてきた標題「パストラーレ(田園)」について、あるいはベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調op.67との関連や相違性──にうなずき、微笑んだ後、おもむろに立ち上がる。
     「お花見、行きませんか(インタビューは3月末に行われた)。上野公園を散歩しながら話しましょうよ。明日からヨーロッパなので、お花見、今しかチャンスがないのです(笑)。そうそう、ベートーヴェンの散歩好きは有名ですよね」

  • ベートーヴェンに想いを寄せて

    © Rikimaru Hotta

     この、時代・次代を切り拓いた鬼才は、ウィーンを取り囲んでいた城壁の斜堤周辺をよく散歩した。例の「遺書」を書いたハイリゲンシュタット、ぶどう畑も広がるグリンツィング、温泉保養地バーデンもよく歩いた。逸話は枚挙にいとまがない。
     「《田園》は自然への感謝ばかりでなく、人が人であることに感謝する、そんなヒューマンな気持ちを表した音楽でもあります。曲の根底に、人間って素晴らしいじゃないですか、生きるってこういうことですよね、というメッセージが流れているのです。実は《運命》にもそんなメッセージがあります。ええ、感情の表出が叫びであったり、精神的な対話であったりするわけです」
     大野和士。ウィーンの森(またはウィーンを取り囲んでいた城壁周辺)を散策するベートーヴェンに想いを寄せたのか、おもむろに歩き出す。
     「ベートーヴェンは木々の緑を見わたして、今日はなんて気分がいいのだろう。そよぐ風の心地よさを、この気持ちを誰かに伝えたい。音楽のスケッチを書き留めずにはいられない。そんな感じではなかったでしょうか。実際ベートーヴェンは、ウィーンの森で神に感謝していますよね。
     《田園》のフレーズを分析することはできます。ベートーヴェンならではのモティーフ(動機)の展開やハーモニー(和声)にプロフェッショナルな意を払い、具現化することは大切です。しかしそれだけではいい演奏にはなりません。この曲に限りませんが、自然の神秘に揺り動かされる、喜ばしい感情を持っていなくては駄目でしょう」
     似た話を、20世紀を代表するチェリスト・指揮者で、奥様ヴィシネフスカヤのソプラノ・リサイタルではピアノも弾いたムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(1927~2007)から聞いたことがある。
     昔話をお許しあれ。1995年5月、ロストロポーヴィチがウィーン国立歌劇場で盟友シュニトケ(1934~98)のオペラ『ジェズアルド』を世界初演した際、こんな話をしてくれた。懐かしい取材ノートを引っ張り出す。
     「私(ロストロポーヴィチ)はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が大好きです。あなた(筆者)もそうでしょう」と言い、冒頭のオーケストラの調べをティーラララ~と歌い出す。
     「ところであなた(筆者)は、チャイコフスキーがニ長調のロマンティックなメロディを作曲した時、どんな天気だったかを考えたことはありますか? ないでしょうね。そんなこと、誰も考えません。ロシア人音楽家以外は(笑)。
     あのメロディは晴れた空を表現したか、そのイメージです。昔のロシア人ならば、歌ったり踊ったりしたことでしょう。
     私は歴史家ではありません。しかしチャイコフスキーがヴァイオリン協奏曲のスケッチを始めたときのお天気は、第1楽章のメロディから判断する限り、晴れ以外、考えられないのです。晴れた日のチャイコフスキー、いいでしょう!」
     芸術家の言葉は示唆に富む。

  • 時空を超えて呼応する音楽

    奥田佳道氏/音楽評論家(右)

     ファンの声援も熱い大野和士と都響に戻せば、マエストロは「コンサートのプログラムを自由に楽しんでいただきたい、そのために最高の演奏を提供するよう努めます。都響自慢のヴィルトゥオジティを生かした演奏を」と語りつつ、選曲の背景や狙いを嬉々として明らかにする。
     「同時代の音楽の組み合わせ、西洋と東洋の美学、その対比や融合、ある言葉や概念から霊感を受けた音楽、自然……。大野=都響のコンサートは、その日だけでも楽しんでいただけるようになっていますが(笑)、私はシーズンを通じて、芸術的なメッセージをお届けしたいと思っていますし、そういう構成になっていると自負しています。
     《田園》に、《牧神の午後への前奏曲》と《フランスの山人の歌による交響曲》を組み合わせたのは、ダンディの曲の背景にもなっているセヴェンヌ地方の雄大な風景が頭から離れなかったこともあります。牧神が吹くパン(フルート)の、くぐもった音色(ねいろ)に誘(いざな)われ、セヴェンヌ地方の雄大な自然を映し出すダンディのオーケストレーションに聴き入り、《田園》で生きる喜びを実感するコンサート。前半ではフランスの作曲家と管楽器の相関も明らかになります。しかし、実を言いますと……」
     大野和士と東京都交響楽団は、1回のプログラムのみならず、シーズンで魅せる。時にシーズンを超えた継続性、発展性、関連性で私たちを虜にする。
     「2015年の4月、音楽監督就任記念(のひとつのプログラム)でベートーヴェンの交響曲第5番を演奏した時に、すでに《田園》を定期演奏会で指揮することは決めていました。時間は経っていますが、私のなかでは《運命》と《田園》のプログラムがこれで完結するわけです。同じ日に(公開)初演されたベートーヴェンの交響曲が」
     同時代の音楽を巧みに組み合わせたプログラム、あるいは時空を超えて呼応・交感する音楽は、なるほど大野=都響の看板となる。
     名古屋、福岡の客席も沸かせた今春のブラームス・プログラムも、若き日の肖像たるピアノ協奏曲第1番ニ短調と、時空を超えた書法に情熱も芸術の夕映えも添えられた交響曲第4番ホ短調で、私たちはあらためてブラームス管弦楽法の変遷や通底した美学を味わったのだった。
     6月末日の定期がまた大野らしい。スクリャービンの交響曲第3番《神聖な詩》は、大野=都響自慢の“20世紀初頭を彩る妖しき楽の音シリーズ”(筆者の勝手な命名)の一環でもある。
     さらに9月の定期演奏会Aシリーズは、ニューヨークで初演されたラフマニノフのピアノ協奏曲第3番と、フィラデルフィア管弦楽団の名人芸も考慮されたであろうラフマニノフ最晩年の交響曲第3番である。作曲者の、母国ロシアへの内なる尽きせぬ想いがついに溢れ出るのか。それとも俊英ピアニストの鮮やかなメカニック、テクニックに驚嘆し、都響が誇る質感にあらためて抱かれるのか。6月のスクリャービンからラフマニノフへ。大野和士のタクトに導かれ、都響が奏でるのは……。

  • シーズン後半の展望

    第786回定期(2015年4月3日 サントリーホール)
    ベートーヴェンの交響曲第5番《運命》終演後
    © Rikimaru Hotta

     私たち聴き手を、そしてオーケストラを、多面的に鼓舞、刺激するマエストロ。大野和士の話は尽きない。
     「さきほど(演奏時期の離れた)ベートーヴェンの5番と6番が私のなかではひとつのプログラムと言いましたが、9月にスウェーデン放送合唱団、ヘンシェルたちと演奏するハイドンのオラトリオ《天地創造》も、ウィーンを仲立ちに《田園》とつながっています。《天地創造》はドイツ語でSchöpfung(シェップフンク)ですが、実はこの概念が、時代や言語を飛び越えて別の音楽とつながっている、と考えることができます。
     1月に演奏するメシアンの《トゥーランガリラ交響曲》です。意外に思われますか?西洋の《天地創造》を演奏したら、東洋にも目を向けた《トゥーランガリラ》を演奏しないわけにはいかないですよ(笑)。シェップフンクつながりをぜひ味わって下さい。響きのパレット、音のソノリティが豊かな都響にはこういうことが可能なのです」
     大野=都響プレゼンツの“20世紀初頭を彩る妖しき楽の音シリーズ”(くどいようだが、筆者の勝手な命名)と言えば、年明けに響く《町人貴族》と、コンサートマスターのソロも楽しみなツェムリンスキーの交響詩《人魚姫》だ。1980年代の半ばにペーター・ギュルケがウィーンのコンツェルトハウスで蘇らせ(驚くべきことにユース・オーケストラだった)、28年前に若杉弘と都響が日本に紹介した《人魚姫》。この夢見るような音楽を愛してやまない大野も、熱い。
     「2016年11月に演奏したシェーンベルクの《ペレアスとメリザンド》と同じコンサート(1905年1月ウィーン楽友協会)で初演されたのが、ツェムリンスキーの《人魚姫》です。
     1月定期Bシリーズはリヒャルト・シュトラウスとツェムリンスキーという、いわば同時代作曲家の特集ですが、前半を、たとえばマーラーのオーケストラ歌曲にしなかったのが私の狙いです。リヒャルト・シュトラウスは、ツェムリンスキーやマーラーのことを見ていました。ただし、ちょっと離れたところから(笑)。
     長いオペラから派生した組曲《町人貴族》は、リヒャルト・シュトラウスの天才的なオーケストレーションが高度に極まった作品です。ソロもアンサンブルも今の都響の良さを最大限に生かせる曲です。それゆえに選びました。期待してください!」

    (『月刊都響』2017年6月号より転載)

公演情報 & 映像

第834回 定期演奏会Cシリーズ

2017年6月21日(水)14:00開演(13:20開場)
東京芸術劇場コンサートホール

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指揮/大野和士
ピアノ/ロジェ・ムラロ *

ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
ダンディ:フランスの山人の歌による交響曲 op.25 *
ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調 op.68《田園》

プロムナードコンサートNo.373

2017年6月25日(日)14:00開演(13:20開場)
東京オペラシティ コンサートホール

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指揮/大野和士
ホルン/シュテファン・ドール

━日本・デンマーク外交関係樹立150周年━
ゲーゼ:交響曲第4番 変ロ長調 op.20
【ニルス・ゲーゼ生誕200年】
R.シュトラウス:ホルン協奏曲第1番 変ホ長調 op.11
ムソルグスキー(ラヴェル編曲):組曲《展覧会の絵》

第835回 定期演奏会Bシリーズ

2017年6月30日(金)19:00開演(18:20開場)
東京オペラシティ コンサートホール

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指揮/大野和士
弦楽四重奏/アルディッティ弦楽四重奏団

ブリテン:歌劇『ピーター・グライムズ』より「パッサカリア」 op.33b
細川俊夫:弦楽四重奏とオーケストラのためのフルス(河)-私はあなたに流れ込む河になる-(2014)(日本初演)
スクリャービン:交響曲第3番 op.43《神聖な詩》

大野和士が語る
  スクリャービン&細川俊夫

  • 2017年6月30日の定期演奏会で取り上げるスクリャービンの交響曲第3番《神聖な詩》は、彼が音楽による自我の解放や法悦の境地を目指し始めた頃の大作です。
    Part1では、大野和士が作曲家のエピソードやその背景を説明しています。

  • 神秘的な和音と妖艶な音響が魅力的なスクリャービンの交響曲第3番《神聖な詩》。
    Part2では、大野自らがピアノを弾き、その神秘的な和音の魅力について語ります。

  • 日本初演を迎える細川俊夫の《フルス(河)》は、人間と自然の対峙しつつ共鳴し合う姿を思わせる清冽な響きにあふれています。 大野和士は、細川俊夫について「自然界の中で行き交う、私たちには聞きとれないような密かな会話を書きとって提示してくれるようです」と語っています。

  • アルディッティ弦楽四重奏団の
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    © Astrid Karger

    Arditti Quartet, String Quartet

    弦楽四重奏/アルディッティ弦楽四重奏団

    第1ヴァイオリン/アーヴィン・アルディッティ Irvine Arditti, 1st Violin(右から2人目)
    第2ヴァイオリン/アショット・サルキシャン Ashot Sarkissjan, 2nd Violin(左端)
    ヴィオラ/ラルフ・エーラース Ralf Ehlers, Viola(左から2人目)
    チェロ/ルーカス・フェルス Lucas Fels, Violoncello(右端)


    1974年に創設。現代作品そして20世紀初頭の作品の深い解釈と卓抜した演奏は、世界各地で高い評価を確立している。バートウィスル、ケージ、カーター、ファーニホウ、グバイドゥーリナ、ハーヴェイ、細川俊夫、西村 朗、クルターク、ラッヘンマン、リゲティ、リーム、シェルシ、シュトックハウゼン、クセナキスらの作品を世界初演。作曲家とともに作品の解釈を深めていく彼らの演奏を経て、それらの多くが今世紀の代表的なレパートリーとなっている。CDは200タイトルを超える。

    作曲家 細川俊夫の
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    © Kaz Ishikawa

    HOSOKAWA Toshio, Composer

    作曲/細川俊夫

    1955年広島生まれ。日本を代表する作曲家として高い評価を得ている。近年の作品はオペラ『班女』(2003-04)、《循環する海》(2005)、《夢を織る》(2009-10)、オペラ『松風』(2010)、《嘆き》(2013)など。2015年、《嵐のあとに》(都響創立50周年記念委嘱作品)は東京で初演後、都響ヨーロッパ・ツアーにおいて各地で演奏された。2016年、東日本大震災後の福島をテーマとしたオペラ『海、静かな海』がハンブルクで初演され、高い評価を受けた。現在、武生国際音楽祭音楽監督、東京音楽大学およびエリザベト音楽大学客員教授。

    作曲家 細川俊夫による
    曲目解説を見る

    細川俊夫:弦楽四重奏とオーケストラのためのフルス(河)- 私はあなたに流れ込む河になる -(2014)(日本初演)

     東洋の道教(タオイズム)の考え方では、世界の根底には、気(宇宙の根源を生み出すエネルギー)が流れており、その流れの変化が天地宇宙を形作ると捉えられている。その流れは重なり合って「陰陽」をなし、その陰陽の2つの気が交わって万物を生じさせる。光と影、寒と暖、高と低、天と地、男と女のような相反する原理が、お互いを殺し合うことなく補い合い、宇宙をうみだしていく(そこには男女の交合のようなエクスタシーがある)。
     私は音楽を、世界の奥に流れる気の河(音の河)と捉え、それを陰陽の原理によって生成させたい。西洋音楽の音を素材として構築するという考え方ではなくて、世界の奥に流れている気の流れを聴きだし、それを陰陽の宇宙観によって紡ぎだす作業が作曲という行為である。
     1つの音(es音)の世界を聴きだすことから始まったこの《フルス》は、その一音に含まれる光と影を少しずつ拡大していく。そのes音が、esとdの2つの音に分離し、さらにそれがより大きな音程の差をもつ音響に展開していくが、根本的にはそれは冒頭のes音に孕まれていた音響と捉えている。
     弦楽四重奏が人、そしてオーケストラはその人の内と外に拡がる自然、宇宙と捉えられている。弦楽四重奏のうちに孕まれた陰陽世界が、オーケストラにも反映され、その様々な流れの出会い、衝突、交合が河の流れのように変容していく。
     副題の「私はあなたに流れ込む河になる」は、私の存在が音となり、より大きなものに向かって流れ込む様を想像して、この作曲を始めたことによる。
     アルディッティ・カルテットという特別に力強い「気」を感じさせる演奏家たちに触発され、彼らの40周年のお祝いとして作曲し、この作品を彼らに捧げる。この作品の前に彼らのために書いた弦楽四重奏のための小品《遠い小さな河》がこの作品の原型となっている。
    (細川俊夫)

フォトギャラリー

リハーサルや本番写真を随時追加します

  • 指揮/大野和士
    © Rikimaru Hotta

  • ピアノ/ロジェ・ムラロ
    © Bernard Martinez

  • ホルン/シュテファン・ドール
    © Monika Rittershaus

  • 弦楽四重奏/アルディッティ弦楽四重奏団
    © Astrid Karger

  • 作曲/細川俊夫
    © Kaz Ishikawa