音楽で綴るドラマ ― 生命の鼓動、愛の賛歌

東京都交響楽団 音楽監督

大野和士 ONO Kazushi

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大野和士
ONO Kazushi, Music Director

1987年トスカニーニ国際指揮者コンクール優勝。これまでに、ザグレブ・フィル音楽監督、都響指揮者、東京フィル常任指揮者、バーデン州立歌劇場音楽総監督、ベルギー王立歌劇場(モネ劇場)音楽監督、アルトゥーロ・トスカニーニ・フィル首席客演指揮者を歴任。現在、都響音楽監督、フランス国立リヨン歌劇場首席指揮者、バルセロナ響音楽監督を務めている。2016年9月に新国立劇場オペラ部門芸術参与へ就任、2018年9月に同劇場芸術監督へ就任予定。フランス批評家大賞、朝日賞など受賞多数。文化功労者。

© Rikimaru Hotta

コラム 
クラシックとスピリチュアルな話

文/小田島久恵

  • 第1回/神父様のようなメシアン - トゥーランガリラ交響曲

     オリヴィエ・メシアン(1908-1992)は多面的で神秘的な芸術家だ。20世紀を代表する作曲家にして、フランスの伝統を引き継ぐオルガニスト、敬虔なクリスチャンで神学者であり、鳥類学者であり、パリ音楽院で教鞭をとる教育者でもあった。とりわけオルガニストとしてのキャリアは重要で、22歳でパリのサント・トリニテ教会の専属オルガニストとなり、60年以上もその職を務めた。大バッハを思わせる経歴とは裏腹に、メシアンにはひとつのイメージに収まらない奔放さや、作品を通じて感じられるある種の「狂気」がある。キリスト教への信仰を軸足にして、歴史に存在したあらゆる神と通じ合うような、クレイジーな「巨大さ」があるのだ。
    魂の最も古い状態、根源にあるもの…つまりは宇宙のはじまりにまでメシアンの想像力は遡行する。音楽を構成する要素としてメシアンは「時」を最初に位置付けているが、この作曲家の作品の中で時は特別な進み方をし、多彩なパターンのリズムや引き延ばされた静寂、ときにテープを巻き戻したような「時間の逆行」の感覚ももたらすのだ。

     メシアンを知る人達は、みな彼の上品さ、寛大さ、優しく穏やかな性格を口にする。神父のようなたたずまいをそのまま音楽に投影したような作品もある。その一方で、嵐の激しさや天変地異を思い出す音楽も書いた。メシアンは確かに、ストラヴィンスキーと同じ20世紀を生きた音楽家だった。多くのメシアン作品の中では、(鳥もふくめた)あらゆる対象との「一体化」が大きな動機になっているが、これは「ペレアスとメリザンド」の物語を本がぼろぼろになるまで読みこんでいた幼少期にさかのぼる渇望であったのかも知れない。男女の一体化は、敬虔なキリスト者としてのメシアンの理性を越えて大きな霊感を与える。ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」に触発され、自らの人生の苦悩を投影させた『トゥーランガリラ交響曲』で、メシアンのクレイジーな極性は爆発する。人間とは、官能とは、エクスタシーとは…道徳性を越えた情熱が毎秒ごとに悲鳴を上げ、哄笑のような音楽が溢れ出す…この曲にあっては「神父様のようなメシアン」はどこにも見つけられないのだ。

  • 第2回/射手座のメシアン - トゥーランガリラ交響曲

     メシアンは絶筆となった超大作『彼方の閃光』の中で『射手座-La Constellation du Sagittaire』という曲を書いている。メシアン自身が占星術について直接言及した発言は見つけられないが、彼自身が射手座(1908年12月10日生まれ)であり、射手座の特徴的な性格を音楽の中にふんだんに投影していたことを思えば〈メシアン=射手座〉というテーマで何かを語っても、作曲家に咎められることはないように思う。射手座の作曲家にはウェーベルンやピアノ教則本で有名なブルグミューラー、チェコのマルティヌーなどがいるが、やはり真っ先に思い出してしまうのはベートーヴェンだ。難聴という逆境に打ち克ち、希望と楽観性に溢れた音楽を書き、人間の普遍的な愛を象徴する『交響曲第9番』はベルリンの壁崩壊の際にも演奏された。射手座の音楽とはすなわち「大きい」のだ。巨大なガスの星・木星を守護星に持ち、イマジネーションは夢と希望によって無限の膨張を続け、あらゆる苦痛や悲劇を哄笑的な世界へと昇華させてしまう。射手座は自然を愛するナチュラリストの星座でもあり、たくさんの鳥の音楽を書いたメシアンと、「田園交響曲」を書いたベートーヴェンにはやはり共通点がある。彼らは自然から特別なインスピレーションを得ていたのだ。

     射手座は宗教家と教育者の星でもある。メシアン唯一のオペラ『アッシジの聖フランチェスコ』で描かれた聖フランチェスコの正確な生年月日は不明だが、フランチェスコにちなんだ洗礼名をもつ現在の法皇フランシスコは、1930年12月17日生まれの射手座である。フレンドリーでポップス好きを隠さない法皇はTwitterでも積極的につぶやいている。射手座は流行りものが好きだ。メシアンがオンド・マルトノという新しい楽器に興味を示したのも故のないことではない。
    『トゥーランガリラ交響曲』でメシアンの射手座の特徴は爆発する。作曲家が爆発的な愛の霊感に突かれてこの作品を書いたのは、1946年7月17日から1948年11月29日までで、この中にすっぽりと「射手座の時代」が入るのだ。12年に一度、守護星である木星が射手座に入る期間があるが、それは1947年10月25日から1948年11月15日までで、射手座の生命力が最も高揚する時期であった(次に射手座に木星が入るのは2018年11月8日から2019年12月2日まで)。射手座に木星が入る年は多くの新生児が生まれる年でもあり、メシアンが『トゥーランガリラ交響曲』を書いた時期には、世界的な戦後のベビーブームがあった。破壊の傷が愛によって癒え、新しい命が生まれる時代とシンクロしていたのだ。

     偶然と言えばそれまでだが『トゥーランガリラ交響曲』の初演は1949年12月2日。バーンスタイン指揮のボストン響によってであった。まさに射手座の季節であり、その他の多くの国でも射手座にあたる日に初演が行われている。イタリアのトリノでは1955年の11月25日に、ブルガリアのソフィアでは1963年12月19日に、旧ソ連のレニングラードでは1974年の11月24日に初演されているのだ。
    巨大な宇宙や星、天使や天界からのメッセンジャーとしての鳥に魅了されていたメシアンは、コズミックでユニヴァーサルな典型的な射手座人であった。『トゥーランガリラ交響曲』の中に登場する巨大な存在には、メシアンのサイケデリックな「Sagittaire(射手座)」の世界観が投影されている。

  • 第3回/「失恋の悲しみ」を暗示する名曲 - 交響詩《人魚姫》

     アレクサンダー・ツェムリンスキー(1871~1942)はウィーンに生まれ、ナチスの迫害を逃れて亡命した先のアメリカで没した作曲家で、マーラーとシェーンベルクのちょうど中間の世代を生きた。一幕もののオペラ『フィレンツェの悲劇』や『こびと~王女様の誕生日』が代表作だが、上演機会が少なくなった作品も合わせると8作の歌劇・楽劇を作曲している。演劇や詩、童話や物語に対する感受性が特別に強かったのだろう。31歳から32歳にかけて作曲された『人魚姫』はアンデルセン童話を下敷きにした三楽章からなる交響詩で、豊穣でロマンティックなサウンドには、オーケストラによって壮大なファンタジーを描き出そうとする意欲が溢れかえっている。弟子のアルマ・マーラーとの失恋と同時に書き始められたことと関連付けて語られることも多い。ツェムリンスキーは病弱で貧弱な体格の持ち主で、アルマからも「醜い男」と蔑まれていたという。写真で見るとそれほど醜い顔をしているようには思えないが、性格が優しすぎて人生の争いに向かず、自信のない男だったのだろう。亡命先のニューヨークでも周囲から尊敬されることなく、心臓発作を繰り返したのち肺炎で亡くなった。

     恋に破れても、一途な想いは永遠のものである…という、自己犠牲とも諦観ともとれる強力なメッセージがツェムリンスキーのいくつかの作品にはある。オスカー・ワイルドの『スペイン王女の誕生日』をオペラ化した『こびと』がその典型で、王女に気に入られようと着飾って踊る道化の主人公は、鏡に映った自分の醜い姿に驚いて悶え死ぬが、無邪気な王女はそれを見て「今度は心のないおもちゃを頂戴ね」と吐き捨てるのである。極端に報われない愛の話であり、童話の中に息づく人間の残酷性である。アンデルセンの『人魚姫』の人魚は美しい姿をしているが、これも『こびと』と同じく、ツェムリンスキーその人だと思える。結ばれることができない王子を殺せば、魔女のはからいで再び人魚に戻ることが出来たが、人魚姫は愛する王子を生かし、代わりに自分に短剣を刺して海に身を投げるのだ。自己の犠牲によって永遠の愛を証そうとする人魚のファンタジーに、「この世に生きるには強さが足りない」ツェムリンスキーは強く共鳴したのではないだろうか。

     ツェムリンスキーは1942年に亡くなり、『人魚姫』はしばらく忘れ去られた作品だった。作曲家の再評価が高まった70年代に、散逸した楽譜が楽章ごとに別々の都市で発見され、1984年に蘇演された。海の泡となった曲の断片が、千切れたネックレスを修復するようにつなぎ合わされて蘇る様子には、作曲家の強い情念の力を感じずにはいられない。報われずとも「わが想いは永遠なり」という念が、忘却された作品を生き返らせたように思えるのである。

  • 第4回/「海という異界」に託されたロマンス - 交響詩《人魚姫》

     後期ロマン派に属するツェムリンスキーは、20世紀に入り前衛の潮流が音楽界を席巻した時代にも、3歳年下のシェーンベルクのような無調や12音音階の曲を書かなかった。30代に入ったばかりの頃に書かれた交響詩『人魚姫』は、大規模なオーケストレーションや和声感からリヒャルト・シュトラウスとの類似を指摘されることが多いが、物語を造形していくときの具体的な描写は、むしろベルリオーズの『ロミオとジュリエット』にそっくりである。ロマンティックで壮麗な楽想は、1930年以降ウィーンからアメリカに渡ったハリウッド映画の作曲家たち…エーリッヒ・コルンゴルトやマックス・スタイナーの絢爛豪華なオーケストレーションを予感させる(実際、コルンゴルトはツェムリンスキーの門弟であった)。前衛が高級で、そうでないものが低級…というヒエラルキーはもはや存在しないだろう。ツェムリンスキーの音楽は、形式から溢れ出す過剰な内容が魅力であり、同時に人間の中の永遠の「童心」を目覚めさせてくれる。彼にとって無調音楽とは無味乾燥なフォルム主義に過ぎなかったのだろう。

    人魚姫と人間の悲恋
    アンデルセン童話の『人魚姫』は絵本やディズニー・アニメによって子供たちに広く知られるポピュラーな物語だが、海に住む人魚姫と地上の人間である王子との恋は、大人の心にも突き刺さるようなシリアスな悲劇性がある。ドヴォルザークはこの物語を愛し、チェコ語でオペラ『ルサルカ』を書いたが、人魚姫の恋とは「人間と人間ならざるものの愛」であり「成就することのない異界の者同士の愛」という意味合いをもつ。日本の『夕鶴』や、ワーグナーの『ローエングリン』にも通じる世界観だが、『人魚姫』で特徴的なのは、二つの異なる次元を分かつのは「海」であるということだ。海の世界には掟があり、人魚姫は「地上でも海と同じようには生きられない」ハンディを負う。ツェムリンスキーはハープや弦楽器を駆使した多彩な「海」の表現を構想し、三つの楽章を彩っていく。
    人間と人魚の違いとは何だろう。人間が寿命をまっとうし、肉体が滅びるときに魂が天界に上昇していくのに対し、人魚は300年生き延びたあと水の泡になるだけ…だという。人魚が王子に惹かれたのは、「実体」をもち、限られた時間の中で生命を燃やす存在であったからではないか。長寿を与えられても最後は水の泡になるしかない自分を、肉体と魂をもつ地上の存在と結び付けたい…そこには、人間同士の愛を超えた爆発的な渇望感さえ感じる。 民話、神話・昔ばなしでは頻繁に「この世」と「あの世」の往来が描かれる。「浦島太郎」やロシア民話の『サドコ』に登場する「海の中の楽園」は子供を驚かせ、恐ろしい世界であると同時に「そんな場所へ行ってみたい」と思わせる魅力をもつ。ツェムリンスキーが憧れ、恐れた海が『人魚姫』には描かれている。

  • 第5回/音色の魔術師メシアン - トゥーランガリラ交響曲

     メシアンが共感覚――いわゆる「音が見える」能力を持っていたことは広く知られている。 楽譜を目で追うと音符に対応する色彩が見えたことについて「病的な幻覚でもなければ、おぞましいメスカリンの作用でもない」と強調している(まさかメシアンが薬物を使って曲を作っていたと思う人はいないだろうが…)。メシアンは内なる視覚の持ち主であり、聴覚と視覚が自然な形で結びついていた。アートの形態としては全く異なるが、現代美術家の草間彌生が「花や植物が笑い、話しかけてきた」と語っていたのを思い出す。このことは長年、作曲家の精神を孤立させた。メシアンの作曲家としての悲劇は、信仰を持つ作曲家として信仰を持たない同時代人のために音楽を書いたことであり、都市生活者に向かって鳥の歌を語ったことであり、色彩と音の関係について人々から「音を聴いても何も見えない」と言われたことだった。それに対するメシアンの悲嘆は、ときに驚くほど強い語調で綴られている。

     どのように音が見えていたのか、メシアンは詳細に記しており、和音に呼応する色彩のリストはとても興味深い。「ある和音をオクターヴ単位で上げていくと白っぽくなり、同時にきわめて淡い緑と紫の反射がある」「オクターヴを下げていくと今度は黒っぽくなり、濃い緑と紫の反射が現れる」「その和音を心音高く移調すると、エメラルド・グリーンやアメジスト・ヴァイオレットが現れ、新しく淡い青も登場する」「さらに半音高く移調すると、今度は黒い縞模様ついたピンクと、紅白の斜めの筋が見える」。こうした具体的な色彩の変化を認識できる人は非常に稀だと思うが、メシアンは彼特有の楽観をもって「この事実を認めて欲しい」と主張する。聖なる芸術はすべて…絵画も音楽も…最初から一種の虹の音であり、色彩の虹なのであって、それゆえに音や色彩に幻惑され、超越体験を引き起こすのだから。

     ハ長調の三和音は白であり、イ長調の三和音はブルー、メシアンはブルーが好きなので、イ長調の曲を多く書いた。一方、ト長調の和音は黄色であり、単色の黄色を好まなかったためにメシアンはこの調性の曲をあまり書かなかったという。「嬰ヘ長調はあらゆる色彩の中で最も眩く輝いている」という言葉は印象的だ。『トゥーランガリラ交響曲』の第6楽章「愛のまどろみの庭」と第10楽章「終曲」は、この嬰ヘ長調で書かれている。作曲家の感じる「調性と色彩のエクスタシー」がこの二曲には投影されているのだ。

オンドマルトノってなに?

「トゥーランガリラ交響曲」はオンドマルトノの
魅力が詰め込まれた作品です。

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オンドマルトノってなに ?

《トゥーランガリラ交響曲》でピアノとともに独奏を担うオンドマルトノ。この楽器の第一人者として世界的に活躍する原田節さんにその魅力を語っていただいた。

(取材・文/飯田有抄)

オンドマルトノの誕生

 オンドマルトノという楽器は、フランスで20世紀のはじめに誕生しました。電気を使用して音を出す楽器ですが、単に電子音を再生させるようなものではありません。演奏する人の手によって音程や強弱を繊細に変化させることができ、歌うように豊かな表情を付けられる「人間臭い」楽器です。
 発明したのはチェリスト・指揮者・作曲家として活動したモリス・マルトノ(1898?1980)。彼は電気やラジオ、通信機器の知識を持っていたことを買われ、第一次世界大戦に通信兵として招集されました。実弾戦で人と人とが殺しあう悲惨な戦争のさなか、マルトノは暁の塹壕で通信機器から発せられるノイズ(ラジオをチューニングするときにも聞こえるヒューンという音)に着目し、この音をうまくコントロールできれば、音楽や楽器に応用できるのではないかと考えました。
 戦地から戻ったマルトノは、10年もの年月をかけて研究開発を進め、1928年5月にパリのオペラ座で最初のオンドマルトノを発表しました。以来彼は82歳の時に不慮の事故で亡くなるまで、ずっとこの楽器を作り続けました。その間、壊れやすい真空管をトランジスタに変更させるなどの改良はしたものの、奏者が触れる楽器の主要部分はほとんど変えていません。20世紀に生まれた数々の電子楽器は、新しいモデルが発表されると、それまでの機種で作った音源が再生不能になったり、奏法がガラリと変えられてしまうことがありましたが、オンドマルトノは楽器としての基本となる性質を変えることなく、なおかつ一台一台に個性ある響きが追求されていきました。現在では、フランスとカナダにマルトノの技術を再現する工房が生まれ、この楽器を作り続けています。

オンドマルトノの特徴と奏法のしくみ

 オンドマルトノには6オクターブの鍵盤があります。鍵盤の手前にはワイヤーが一本張られており、そこにリングが一つ通してあります。奏者はリングに右手の指を通し、ワイヤー下の指板の上をスライドさせて音の高さを決めます。つまり鍵盤は、もともとはギターのフレットのように音高を示すガイドの役割を果たしているのです。モーリス・ラヴェル(1875~1937)の提案によって鍵盤からも音が出せるようになり、素早いパッセージやスタッカートの演奏に用いられるようになりました。奏者の右手の操作によって、発音後にも微細な音高変化を付けたり、ヴィブラートやポルタメント(2音間の音高をなめらかに繋げる奏法)をかけることが可能です。

オンドマルトノ 楽器本体

左手は引き出し状の「ティロワール」という箱の上に置き、おもに「トゥッシュ」というボタンを操作しています。このボタンは、いわば弦楽器の弓の役割を果たし、音の強弱と長さを決めることができます。マルトノ自身がチェロ奏者だったことから、弦楽器の仕組みが反映されているのです。強弱については単なるボリューム操作を超えて、音楽的なピアニシモやフォルテの表情を生み出すことができます。

  • 楽器本体の鍵盤。手前が「ティロワール」

  • ディフュズール「パルム」

 奏者が左右の手でコントロールする音は、「ディフュズール」と呼ばれる複数の「音の出どころ」から発音されます。おもに3種類ありますが、そのうちの一つ、手の平のようなユニークな形をした「パルム」にはチェンバロの弦が張られています。また六角形のディフュズールの箱の中には銅鑼が入っています。つまり電気による音と同時に弦や金属の銅鑼も振動させているのです。ディフュズールは単なるスピーカーではないことがおわかりでしょう。生の共鳴音や豊かな倍音が同時に鳴り響くのも、この楽器の大きな特徴です。
 私が演奏会で使用している楽器は、1970年代にマルトノが作った最後のシリーズのものです。ディフュズールは、50年代の古いものを組み合わせることがあります。会場の広さや演奏する作品によって、ディフュズールは個数や配置を変えています。

  • ディフュズール「メタリック」の裏側。銅鑼が入っている。

  • ディフェズール「プランシパル」

オンドマルトノが用いられている音楽

 オンドマルトノはオリヴィエ・メシアン(1908~92)やアンドレ・ジョリヴェ(1905~1974)など、おもにフランスの現代音楽の作曲家たちによって用いられてきました。その一方で、フランス映画「巴里の空の下セーヌは流れる」(1951)や「ヘッドライト」(1956)の音楽や、サウンドトラックを多く手がけたフランシス・レイの作品、エディット・ピアフ(1915~63)やジャック・ブレルらの歌うシャンソンにも使用され、広く親しまれてきました。
 日本では1959年にNHKと国立音楽大学が最初に輸入しています。この年、黛敏郎さんが皇太子殿下と美智子様のご結婚を祝う「祝婚歌」を作曲し、オンドマルトノを使用しました。
 昨今ではイギリスのロック・バンドのレディオヘッドが用いたことで、これまでとは異なる音楽ファン層から関心を持たれ、新しいムーヴメントが起こっています。

「トゥーランガリラ交響曲」について

 「トゥーランガリラ交響曲」はオンドマルトノの魅力が詰め込まれた作品です。私はこの曲を世界中で330回以上演奏し続けてきました。メシアン先生がご存命の頃はよくご一緒していただき、多くのことを教えていただきました。いつも先生は「オンドマルトノはオーケストラを支配するように、グイグイと引っ張るように演奏することを決して恐れてはいけない」とおっしゃっていました。
 愛をテーマとしたこの作品で、独奏ピアノは男性的なキャラクターであり、オンドマルトノは女性的な役割を担っていると感じます。この二つの楽器は、愛を語らうように密接に音楽を作ります。またオンドマルトノは、第3楽章ではクラリネットと寄り添ったり、第8楽章では木管の響きと調和しながら「花のテーマ」を奏でたりと、室内楽的な面白さも感じながら演奏しています。そのあたりにも注目しながら演奏を楽しんでいただければと思います。

  • photo by Yutaka Hamano

  • オンドマルトノの音色とは?インタビューの一部を特別公開

原田 節 (はらだ たかし)

慶應義塾大学卒業後渡仏、パリ国立高等音楽院オンドマルトノ科を首席で卒業。日本人で初めてオンドマルトノを独奏楽器として扱い、アジア初となる講座の開設、楽器としての語彙の開発、レパートリーの拡充、後進の育成にも力を注いでいる。先進的で豊かな創作力により作曲家としての地位も確立。出光音楽賞など受賞多数。《トゥーランガリラ交響曲》では世界各国のオーケストラと共演。これまで演奏回数は20ヵ国、330回以上に及んでいる。

大野和士が語る 
メシアン《トゥーランガリラ交響曲》

  • 2018年1月の定期演奏会では、メシアンの代表作にして20世紀に生まれたシンフォニーの最高峰の一つ、《トゥーランガリラ交響曲》を大野和士の指揮でお贈りします。 《トゥーランガリラ交響曲》は、大野和士が「2017年度シーズンプログラムの中心」として位置付け、並々ならぬ意欲を燃やす作品です。Part1では、メシアンの視点やその音楽の魅力、そしてコンサートの前半に演奏されるミュライユの作品について紹介します。

  • 音楽監督 大野和士が指揮する2018年1月の《トゥーランガリラ交響曲》を熱く語るPart2。“果てしなく広がる響き”“瞬く星々のように煌くサウンド”。マエストロ自身がピアノを弾き、作品の魅力と秘密を語り尽くします。

  • 音楽監督 大野和士が指揮する2018年1月の《トゥーランガリラ交響曲》を熱く語るPart3。“人間としてあるべき姿とは何か”作曲家が作品に込めた想いを大野が読み解きます。これをご覧いただければ、作品の魅力を存分に楽しんでいただけること間違いなし!

  • トゥーランガリラ交響曲の
    曲目解説を見る

    メシアン:トゥーランガリラ交響曲

     オリヴィエ・メシアン(1908 ~ 92)が、20世紀最大の作曲家のひとりであることに異を唱える人はいまい。その代表作の一つである《トゥーランガリラ交響曲》(1948)が、20世紀に生み出された楽曲の中にあってひときわ群を抜いた傑作であることも、これまた言をまたないだろう。第二次世界大戦では捕虜収容所にまで入ったことのあるメシアンが、戦争による悲惨な現実を目の当たりにしてのち、その抑圧を解放するようにして発表した大作がこの交響曲である。
    1945年、名指揮者セルゲイ・クーセヴィツキー(1874 ~ 1951)がボストン交響楽団のために委嘱し、1949年12月2日にレナード・バーンスタイン(1918 ~ 90)の指揮するボストン響とメシアン夫人イヴォンヌ・ロリオ(1924 ~ 2010)のピアノ、ジネット・マルトノ(1902 ~ 96)〔電子楽器オンドマルトノの開発者モーリス・マルトノ(1898 ~ 1980)の妹〕のオンドマルトノによって世界初演された。フランスではエクサンプロヴァンス音楽祭で1950年7月25日〔ロジェ・デゾルミエール(1898~ 1963)指揮〕、日本では1962年7月4日に小澤征爾(1935 ~)指揮のNHK交響楽団によってそれぞれ初演されている。

    古代インドのサンスクリット語に由来

     メシアンはクロード・ドビュッシー(1862 ~ 1918)の影響が色濃い初期の作風を経て、一時期カトリック神秘主義に基づく作品を多く発表した。その後、南米やアジアといった地域の民族音楽に触発された作品を書くようになり、とりわけペルーの音楽に基づく歌とピアノのための《ハラウィ~愛と死の歌》(1945)と、インドの音楽に題材を求めた無伴奏混声12部合唱のための《5つのルシャン》(1949)の2曲は、この《トゥーランガリラ交響曲》の外枠を構成する作品、いわば3部作をなすものとして重要な意味を持っている。メシアンはパリ国立高等音楽院の学生だった頃からインドのリズムや音律についての論文などを読み漁っており、バリ島のガムラン音楽に対する研究も加えてこうした異国への興味が高い次元に昇華されたのがこれらの作品群であるといえる。
     「トゥーランガリラ」とは古代インドのサンスクリット語に由来し、一義的には「愛の賛歌」等と訳されることが多い。これは「Turanga」が時や流れといった推移する時間の概念にかかわる言葉で、転じて楽章やリズムをも表すのに対し、「Lila」は遊戯や競技、演奏といったplayの意味を持っており、神の創造や愛の行為などのニュアンスも包含しているという解釈に基づく。ただしメシアン自身は、言葉の意味そのものを詮索されることを嫌い、むしろ音韻の響きの美しさに惹かれた命名であると強調している。ここで展開される超人的、宇宙的なまでのスケールを伴った愛の調べは、抗うことのできない宿命としての「《トリスタンとイゾルデ》の媚薬」に象徴されるとメシアンは語っている。

    「ペルソナージュ・リトミック」と「逆行不能のリズム」

     すぐれた音楽理論家でもあったメシアンはこの作品に対し、主要な2つのリズム上の実験的技法と、循環する4つの主題を挙げてみずから解題している。
    彼が「ペルソナージュ・リトミック」と呼ぶリズム構成の手法は、ある同じリズムに則ったグループを擬人的な動きになぞらえ、異なるリズム・グループがそれぞれ舞台上で役を演じる登場人物のように独立して、またあるときは他グループの身振りに刺激されて動くといった形で、複雑な同時進行リズムに一種の人格を与えるといった考え方である。メシアンはこの曲の第5楽章で「6つのペルソナージュ・リトミックの展開を使っている」と述べた。さらにこの技法は拡大、縮小、逆行などの要素を加えられ非常に複雑な交錯をみせる。
     また今ひとつの「逆行不能のリズム」という手法は、前から演奏しても後ろから演奏しても音価のパターンが同様に形成されるような“閉じたリズム”のことを指す。メシアンはこの方法論に、自然界に存在する蝶の羽や葉っぱの葉脈のデザインなどとの類似性を見出し、一種の魔術的な力を感じ取っていたようである。

    循環する4つの主題

     4つの主題はメシアン自身によってそれぞれ「彫像の主題」「花の主題」「愛の主題」「和音の主題」と名付けられている。「彫像の主題」は重々しく、人々に原初的な畏怖の念を喚起させるような響き(彼はその性格を「メキシコの古代遺跡から受けるような怖れと荒々しさを持っている」と記している)を伴っており、多くはトロンボーンの強奏によって形を顕す。「花の主題」は、柔らかなクラリネットの音色で奏でられ、やや諧謔的な風合いを含んでいる。メシアンはこの主題を蘭やグラジオラス、ヒルガオなどのイメージにたとえた。「愛の主題」はさまざまに形を変えて出現するが、最も印象的なのはオンドマルトノの特徴的な音色によって空間を支配するほどの官能性を表現する場面であろう。「最も重要な主題」とメシアンが規定しているように、この長大な交響曲にあって中心的な役割を果たしている主題である。最後の「和音の主題」は少し性格を異にし、連続する和音そのものであるのだが、この“主題” が他の響きの層の中に投げかけられることによって、聴取上の力学に作用を及ぼすといった考え方に立つ。
     曲は10の楽章からなる。なおメシアンは何らかの事情で全曲の演奏が不可能な場合には、代替案として第3・4・5楽章での演奏が最善であり、次いで第7・9・3楽章、そして第1・6・2・4・10楽章、それでも無理な場合は第5楽章のみによる演奏も許容している。

    【第1楽章】 導入 激しい弦が導く序に続いて「彫像の主題」が姿を現す。やがて「花の主題」も登場し、ピアノのカデンツァを経てガムランの色彩を想起させる響きが加わり、再び「彫像の主題」で結ばれる。

    【第2楽章】 愛の歌 1 ルフラン形式で書かれ、トランペットと打楽器による急速な要素、弦とオンドマルトノによる緩やかで甘美な要素が対照をなす。2つのクプレと1つの展開部を持つ。

    【第3楽章】 トゥーランガリラ 1 クラリネットとオンドマルトノの神秘的な対話ののち、トロンボーンの旋律の上に金属打楽器の“ガムラン” が積み重なってゆき、やがて3部に分けられた打楽器群によって「ペルソナージュ・リトミック」の手法が具現化される。

    【第4楽章】 愛の歌 2 9つの部分からなる。スケルツォとブリッジ、2つのトリオ、ピアノによる「鳥の歌声」やカデンツァ、「彫像の主題」などが反復と積層を形成しながらコーダへと至る。

    【第5楽章】 星の血の喜び 熱狂的な悦楽の踊り。この楽章の基をなす主題は「彫像の主題」の変形である。中央部分では非常に複雑な「ペルソナージュ・リトミック」の展開がみられ、万華鏡的な眩惑感を増幅する。

    【第6楽章】 愛の眠りの庭 2人の恋人が時の流れから隔離された楽園でまどろむ様子を描写する楽章。全体が「愛の主題」によって彩られている。ピアノが奏でる「鳥の歌声」はうぐいす、黒つぐみなどの鳴き声を模す。

    【第7楽章】 トゥーランガリラ 2 いくぶん諧謔味を帯びた短いピアノのパッセージのあと、不気味な圧迫感を伴ったリズムが姿を現す。「和音の主題」や「彫像の主題」も出現するが楽章は半ば唐突に閉じられる。

    【第8楽章】 愛の展開 ここでは「和音の主題」「花の主題」「愛の主題」が中心的に展開され、高らかに歌われる(メシアンは、ここでの「愛の主題」の爆発を「交響曲全体の頂点」だと述べている)。また「逆行不能のリズム」の上でトロンボーンとトランペットが三重のリズム・カノンを形成し「彫像の主題」を奏する。

    【第9楽章】 トゥーランガリラ 3 17種類におよぶリズム・モードが同時進行する中、13人の弦楽器奏者の和音が持続と音色を補強する。和声がリズムに従属し、音自体もリズムの色づけ的な役割へと変化しているのが特徴。

    【第10楽章】 フィナーレ トランペットとホルンの壮大なファンファーレを第1主題とし、「愛の主題」による恍惚的な第2主題とを中心的に展開される。「来世からの声」(メシアン)を象徴するオンドマルトノの響きがオーケストラ全体に光と愉悦感をもたらし、第1主題に基づく圧倒的なコーダを導く。

    (吉村 溪)

公演情報

第846回 定期演奏会Bシリーズ

2018年1月10日(水)19:00開演(18:20開場)
サントリーホール

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指揮/大野和士

R.シュトラウス:組曲《町人貴族》 op.60
ツェムリンスキー:交響詩《人魚姫》

第847回 定期演奏会Aシリーズ

2018年1月18日(木)19:00開演(18:20開場)
東京文化会館

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第848回 定期演奏会Cシリーズ

2018年1月20日(土)14:00開演(13:20開場)
東京芸術劇場

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指揮/大野和士
ピアノ/ヤン・ミヒールス */**
オンドマルトノ/原田 節 **

ミュライユ:告別の鐘と微笑み~オリヴィエ・メシアンの追憶に(1992)(ピアノ・ソロ) *
メシアン:トゥーランガリラ交響曲 **

フォトギャラリー

リハーサルや本番写真を随時追加します

  • 指揮/大野和士
    © Rikimaru Hotta

  • ピアノ/ヤン・ミヒールス

  • オンドマルトノ/原田節
    © Yutaka Hamano

  • リハーサル写真①

  • リハーサル写真②

  • リハーサル写真③

  • 第847回 定期演奏会Aシリーズ 写真①

  • 第847回 定期演奏会Aシリーズ写真②