東京都交響楽団 & シンガポール交響楽団

楽員国際交流事業 座談会

左から:林 康夫、横山和加子、上田慶子、ニコライ・コヴァル、佐野央子、高橋純子、五十畑勉

  • オーケストラの未来へ向けて

       東京都交響楽団は、シンガポール交響楽団との楽員交流事業を実施しています。この事業は日本・シンガポール両国の音楽文化の交流と相互理解を深めることを目的として、《首都東京の音楽大使》である都響が推進する国際交流の一環として取り組んでいるものです。都響とシンガポール響とが相互に楽員の派遣・受け入れをし、それぞれ約1週間にわたり、リハーサルや演奏会に参加して、交流を図ります。
     2009年の都響シンガポール公演を契機に始まり、スタートから10周年(今回で8回目)となったことを記念して座談会を行いました。出席者は、2019年11月にシンガポール響から派遣されたニコライ・コヴァルさんをはじめ、これまで交流事業に参加した都響メンバー。
    2019年11月16日C定期(エリアフ・インバル指揮:ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番〔独奏/ヨゼフ・シュパチェク〕、交響曲第12番《1917年》)へ向けたリハーサルの合間に開催された、座談会の模様をお届けします。

    (司会・まとめ/友部衆樹)





    © Rikimaru Hotta

    都響にて


    コヴァル 予想はしていましたが、都響は本当に素晴らしく、世界レベルのオーケストラです。クオリティもプロ意識も高く、このようなオーケストラで演奏できることは素敵な体験です。音楽的に、メンバー全員が結ばれている。皆が一緒に動き、一緒に呼吸し、一緒にフレーズを作っていく。アンサンブルが絶妙です。
    私は参加して1日半しか経っていないわけですが、このオーケストラのメカニズムは完璧に機能していると感じました。セクション間のコネクションは目覚ましく、例えばヴァイオリンはチェロを聴き、チェロはホルンを聴くなど、それぞれのパートが互いに聴き合い、とてもよく調和しています。
    インバルさんの指揮はシンガポール響でも経験しましたが、マエストロはいつもグレイトで、どのオーケストラを振る時でも違いはありません。



    ラン・シュイ氏(左)、横山和加子(右)

    シンガポール響は多国籍


    横山 私は交流事業の第1回に行ったので、シンガポール響の様子が分からず、海外のオーケストラで弾くのも初めてでしたから、すごく緊張しました。マーラー《巨人》、ベートーヴェン《第九》など2公演に参加。演目がなじみのある曲でしたから、演奏には比較的余裕をもって臨めたと思います。リハーサル初日に感じたのは、多国籍オーケストラだということ。日本を含む世界17ヵ国からメンバーが集まっていて、皆さん個性が強く、それぞれのやり方で弾いている。ところが本番では一つの大きなうねりを作り出し、エネルギッシュな演奏になったのがとても印象的でした。


    上田慶子(手前右)

    上田 私は、シンガポール響でも都響でもコヴァルさんの隣で弾かせていただいたので、まず再会が嬉しいです。シンガポール響ではストラヴィンスキー《春の祭典》やマーラーの交響曲第4番などを演奏しました。
    私は都響入団前に10年ほどアメリカのオーケストラで弾いていましたが、その時の友人とシンガポールで再会したりして、メンバーがいろいろな国から来ていることを実感しました。個性豊かなのは街も同じで、オフの時にリトル・インディアの寺院やアラブ街のモスクも訪れることができて、祈りを捧げる人たちの姿に感動しました。
    文化も言葉も異なる多種多様なメンバーが集まり、音楽という共通の目的へ向かって集中していく。とても貴重な体験でした。


    高橋純子(左奥)

    高橋 (音楽祭などの臨時編成オーケストラではなく)既存のプロ団体に1人でポンと飛び込むのは本当に緊張します。都響なら、いつものメンバーと「明日何時からリハーサルだよね」と確認できますが、現地ではホテルに戻ると、明日は何時からだったかと何度もスケジュールを見直してしまう。ちょっとしたことなんですが、全てにおいて神経質になるんですね。シンガポールではリスト・プログラム2公演(ピアノ協奏曲第1・2番、交響詩《プロメテウス》《ハムレット》など)に参加しました。
    シンガポール響は都響と雰囲気が似ていると思います。皆さん穏やかで明るく、とてもフレンドリー。気さくに話しかけてくださり、私がアメリカ留学時代に知り合った友人の多くが共通の知り合いであることが判明してびっくり。音楽の世界は国境を超えてつながっているなと嬉しくなりました。
    滞在中、アレルギーで咳がひどかった時期がありました。ホテルが少し古くて、雨期に入ってエアコンが稼働し始めたためか、喘息みたいになってしまって。翌日、チェロだけではなくいろいろなパートの人から「この飴が効くはずだから」とたくさんいただきました。朝鮮人参、杏仁豆腐、クランベリーなど日本にはないテイストでしたが、ありがたかったですね。おかげさまで本番までには回復することができました。



    佐野央子(左端)

    ベイビーズ・プロムス



    佐野 私は定期演奏会(ショスタコーヴィチの交響曲第11番《1905年》など)と、子ども向けのコンサート「ベイビーズ・プロムス」に参加しました。
    コントラバスも多国籍でしたね。首席はロシア出身、イギリスやアメリカで勉強した方。ポーランド出身の方はウィーンで勉強していた、など、生まれも育ちもシンガポールという人はセクションにいませんでした。皆さん温かくて、前に都響へ来た方が挨拶に来てくれて一緒に食事に行ったり、これまでに生まれた絆を感じて嬉しかったですね。
    ベイビーズ・プロムスが本当に楽しくて。映画音楽やクラシックの小品による1時間のコンサートです。オーケストラと会場が一体となり、都響でも同じことができるといいなと思いました。

    コヴァル ベイビーズ・プロムスの入場には年齢制限がなく(推奨は6歳以下)、生後3日の赤ちゃんでも聴くことができます。私は降り番の時、生後6ヵ月の娘を連れて聴きに行きました。


    上段左から:横山和加子、上田慶子、佐野央子、高橋純子

    佐野 皆が同じポロシャツを着ていて、「私は持ってないから…」と言うと、コントラバス・セクションの人が10着くらい持ってきてくれて(笑)。「都響で配ってください」ということで、ありがたくいただきました。

    コヴァル ポロシャツはセクションごとに色を変えています。子どもたちが色で楽器を分かるように。「これがヴァイオリン!」と言うのではなく、「赤! 彼らがヴァイオリン!」という具合です。

    佐野 都響でもやってみたいですね。楽譜は1つの冊子にまとめられていて、物語や話すことも全部書かれています。すごくよくできたプログラム。指揮者の方はベイビーズ・プロムスの名物みたいですね。

    コヴァル ピーター・ムーアさん。彼は、子どもたちへの対応がとても上手で、子どもたちも彼のことが大好きです。客席へ降りて、1人を指揮台に上げてタクトを振らせたり、自分が象や木の真似をしたり。ピーターは役者、司会者、指揮者として本当に素晴らしい。ベイビーズ・プロムスは1日2回で2日間やりますが、いつも本番1ヵ月前にはチケットが売り切れます。
    演奏する曲は、動物や自然と結びつけ、ヴィジュアルなイメージを持たせています。《スター・ウォーズ》をやった時は、指揮者から弓を渡されて立って弾きましたが、その弓はLEDか何かで光る仕掛けがしてあって重く、苦労しました(笑)。演奏の間、客席は結構ざわざわしますが、雰囲気はとても良いと思います。



    五十畑勉(右から2番目)© Singapore Symphony Group

    常夏の国のシベリウス



    五十畑 派遣されるのは弦楽器の人が多く、私は管楽器で初めてシンガポールへ行きました。参加したのは定期演奏会(シベリウスの交響曲第5番など)、クリスマス・コンサート、ベイビーズ・プロムスの3プログラム、計7公演です。
    シンガポール響のメンバーはとてもフレンドリーで、私を仲間として扱ってくれて、とても良い経験をすることができました。リハーサル初日は開始45分前に会場のエスプラネード・ホールへ行きましたが、来ていたのはトロンボーン奏者とトランペット奏者のみ。ちゃんと集まるのかな? と思っていたら、5分前には皆がわーっと揃う。これは派遣された人は全員ご存知の通りです(笑)。
    行ったのは12月で、東京は寒くてコートを着ていましたが、シンガポールでは皆が半袖。これほど気候が違うのかとびっくりしました。それでいて定期の曲はシベリウス。常夏の国で北欧の雰囲気を出せるのか……。練習が始まって少しの間は違和感がありましたが、皆のイメージが固まり始めると、澄んだ空気が流れてきて、心配していたことは杞憂になりました。
    ベイビーズ・プロムスは先ほど話に出ましたが、クリスマス・コンサートも楽しかったです。皆でサンタクロースの帽子をかぶったり、トナカイのカチューシャをつけたり、ムード満点でした。



    林 康夫(右から2番目)© Singapore Symphony Group

    本番のホールでリハーサル



     私も非常に緊張して行ったんですが、ヴィオラ・セクションの皆さんもすごいフレンドリーで、すぐに打ち解けました。シンガポール響のメンバーは一人ひとりのパワーが強くて、それがオーケストラ全体に波及していく。オーケストラの個性の強さを感じました。
    参加したのはガラ・コンサートで『カルメン』全曲(セミ・ステージ形式)。組曲は何度も弾いていますが、全曲は初めてでしたのでなかなかハードでした。
    行ったのは4月の終わりでしたが、日差しが強く、外に5分もいると熱射病みたいになります。体調管理には気をつけました。ホテルからホールまでは、ショッピングセンターなどずっと空調が利いた中を通っていけるんですが、最後に2分だけ外へ出て横断歩道を渡ってホールに入る。その2分で楽器ケースにばーっと露がつく。湿気がすごいので、楽器の管理にも気を遣いました。楽器をホールに置いたままのメンバーが多いのは、湿気が理由の一つかもしれません。

    五十畑 リハーサルの初日から本番のホールで練習できるのは良いですよね。

     それは本当にそう思います。

    五十畑 全然違いますよね。その場で音を作った状態で本番を迎えられるので。日本のオーケストラでその環境をもっているところは少ないので、大きな課題だと思います。

     驚いたのは、突然の変更が多かったこと。本番が始まって、休憩後に戻るとヴィオラ・セクションの椅子の位置が違っていたりする。「この方が指揮者を見やすいから」と。どんなタイミングでも、その方が良いと思ったら変える。メンバーも全く慌てることなく、臨機応変に対応していく。だからアクシデントがあっても動じないのかもしれません。



    未来へ向けて



    林 康夫(左)、五十畑勉(右)

     この事業もそろそろ第10回を迎えます。これまでは1回に1人ずつでしたが、一度に3~4人が行く機会があっても良いのかなと。

    コヴァル それはグッド・アイディアですね。

     あるいは、日本とシンガポールの中間地点で合同演奏をやるとか。台北のあたりで。

    コヴァル 沖縄が良いかも。

    五十畑 これは素晴らしい事業で、他のオーケストラはほとんどやっていないでしょう。 交流してシンガポールを知り、シンガポールも日本を知る。こういう大事な事業をやっていることをもっと宣伝しても良いと思います。お互いに得たことはすごく大きいですし。

     それぞれが知り合っていく経験がすごく貴重。

    高橋 学生時代に海外へ行くのとは全然違う気持ち、感覚がありますよね。

    五十畑 事業とは別に、大編成の曲をやる時には互いにエキストラで行くのも良いし、そういう小さな交流も重要です。


    ニコライ・コヴァル

    コヴァル 交流事業ではありませんが、シンガポール響と隣国のマレーシア・フィルの事務局は密に連携しています。私もマレーシア・フィルに何度かエキストラに行ったことがありますし、マレーシア・フィルからもシンガポール響へ来ています。

    五十畑 都響からは岸上さんは何回かシンガポール響へエキストラで行って演奏しています。

    コヴァル ホルン奏者は、ベルリン・フィルやミュンヘン・フィルからも来たことがあります。ホルン・セクションには国際的なコネクションがありますね。

    五十畑 シンガポール響首席ホルン奏者ハン・チャン・チョウさんの弟さんがドイツのオーケストラに居て、そこから世界各地のオーケストラにつながりがあるようです。

    コヴァル 国境を超える動きは、もう始まっていますね。




    岡本正之(左)© Singapore Symphony Group/Leon Chia

    出席者(数字は派遣年度)
    ニコライ・コヴァル(第2ヴァイオリン/2019)
    横山和加子(第1ヴァイオリン/2009)
    上田慶子(第2ヴァイオリン/2010)
    林 康夫(ヴィオラ/2016)
    高橋純子(チェロ/2011)
    佐野央子(コントラバス/2012)
    五十畑勉(ホルン/2013)
    ※岡本正之(ファゴット/2018)は日程の都合により欠席