マイ・フェイヴァリッツ

私が好きなもの

© Ichiro Hasebe

都響メンバーによる「音楽以外の趣味」を取材。こだわりの世界を紹介します。
(取材・文/友部衆樹)

左は釣りの師匠

渓流釣り

池松 宏

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ニュージーランド・ナショナル・フライ・フィッシング・ペア大会(2013年)で優勝。左は釣りの師匠で、プロの釣り師である中川潔氏。この大会はプロとアマチュアがペアで参加、2人1組でボートに乗り、湖で釣るというもの。面白いのは違うペアの人と組むことで、つまり敵同士でボートに乗る。たくさん釣りたいのは同じなので、利害は一致するとのこと。「湖で釣ること自体が初めてだったんですが、優勝してしまいました(笑)。欲を出さずに、楽しく釣りをやれたのが良かったんでしょう。ビギナーズラックです」



ニュージーランドの鯛…大きい!

釣りとの出会い

  小学生のころ、海や池で釣りをやったことがあり、もともと好きではありました。本格的に始めたのはN響時代です。コントラバスの先輩の瀬戸川道男さん(故人)に渓流釣りを手 取り足取り教えていただいた。N響は地方公演が多いので、北海道などでツアーの合間に釣りに行くことが多かったですね。
 渓流釣りの魅力は、絶景に出会えること。道がないところへ行きますから、ウェーダー(胴長)を履いて、川のなかをずぶずぶと歩く。岩場があり、滝を越えるとまた滝があり、河原が広がっていたりする。特に標高1000 ~ 1500mのあたりとか、日本の川の風景は本当に美しいですね。それに比べると、ニュージーランドは平地が多く変化が乏しいわけです。

 

フライ・フィッシング

 自分がやるのはフライ・フィッシング。フライ(毛針)を使う釣りです。フライは、ヤゴやバッタやセミなど、水辺にいる昆虫や幼虫に似せて作った疑似餌ですね。釣具店で売っ ていますし、自作する人も多い。作る場合は、道具に針を固定して、鳥(クジャクやキジなど)の羽やウサギの毛などを使って、糸でぐるぐる巻いていく。私の場合、フライは買ったものと自作が半々くらいです。でも自分で作ったもので釣れると、より嬉しい(笑)。
 その時、魚が食べているものと似たフライを使うと釣れることが多いです。魚が食べているものは川によって、また季節、時間によって変わります。ですからフライの選択も重要ですが、人間の目で似たものが良いわけではありません。魚が見ている世界と人間の見ている世界は違うからです。見た目よりも、虫と同じようなサイズを選ぶ方が大切かもしれません。それを魚の目の前に浮かせたり、水面下の魚と同じ深さのところに持っていくことが大切です。

  • ヘリコプターで釣りへ…

  • ニジマス

  • ニジマス

  • ニジマス

集中力

 釣り、というとのんびりしたイメージがあるかもしれませんが、実はすごく集中力が必要です。一度、伊豆の防波堤で18時間釣ったことがありますが、帰る時に、初めて目の前に富士山があることに気がつきました。それまでは、どうやったら釣れるかずっと考えているんです。場所を移動したり、エサを変えたり、浮きの下の長さを調整したり……頭の中はめまぐるしく動いている。
 釣りをやったことは、音楽にも本当に活きています。半端なく集中力がついたので。例えばヤマメの場合、フライをくわえても0.2秒で離してしまうそうです。つまりアタリを感じて「あ、来た」と思って糸を引いたらダメで、川底に魚の姿がキラッと見えた瞬間に反応しないと間に合わない。1日に8時間釣りをやるとして、8時間で1回しか魚が来ないかもしれない。だから常に気を張っている。それに比べたら、演奏会の集中は大したことないです(笑)。
 釣りは本当に奥が深い。音楽は、どこかに正解はあるわけです。とても高いところではあっても、理想を目指すことができる。でも釣りの場合は答えがない。昨日すごく釣れたのに、今日は1匹もかからない。プロがやっても全くダメなのに、同じ場所でビギナーが釣れたりする。これが正解、というものがありません。自然が相手なので。その意味では不条理。いつも答えを探していますが、見つからない。でもダメな時が多いから、釣れた時の喜びが大きいんです。

  • ブラウントラウト

  • ブラウントラウト

  • 道の途中が川…釣り用の車を運転中
  • ニジマス(湖にて)

日本の渓流

砥 石

平田昌平

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砥石との出会い

 砥石で刃物を研ぐ、ということに興味をもったのは5年ほど前です。
 きっかけは祖父が遺した「カラス」という砥石でした。自分がものごころつくころには亡くなっていたので思い出はないのですが、祖父は凝り性な人で、趣味で買っていた。実際に使った様子はなく、綺麗なので手元に置いて眺めていたらしい。
 私は魚釣りをやるので、釣った魚をさばかないといけない。包丁を研ぐのは、ホームセンターなどで売っているシャープナーを使えばいいと思っていたのですが、都響に店村さん(ヴィオラ特任首席奏者)が来られて釣りの話をした時に、「魚をさばくならちゃんと包丁を研いだ方がいい」と言われまして。店村さんはもちろんヴィオラの世界的名手ですが、趣味が幅広くて、釣りや砥石などにもとても詳しい方なのです。
 そういえば家に砥石があったな、と思って店村さんに見ていただいたら「これはとても良いものだよ」と。砥石屋さんで買ったらかなり高価な物、と聞いて驚いた(笑)。品質の極めて高い原石(カラスを含む)は世界中でも京都北部でしか採れない。2億5千万年前、当時の赤道付近でプランクトンの死骸が堆積した層があり、それが最上質の砥石になるのだそうです。
 いろいろ調べたら浅草に有名な砥石屋さんがある。浅草の上野側は刃物街だったのですね。刃物を作るには「製鉄」「鍛錬」「焼入れ」など様々な工程があり、その最後が「研ぎ」で、それぞれ専門の職人さんがいたわけです。今、流通しているのはほとんど人造砥石(酸化アルミニウムなどに添加物を加えて固めたもの)で、岩から切り出した天然砥石は少ない。良いものは先に買われてしまいますし、使うと減ってしまう。ですから、使わずにケースに並べているコレクターもたくさんいます。

「研ぎ」にハマる

 ともあれ、その砥石屋さんへ行きました。最初は不純な動機(?)で手元のカラスを買い取ってくれないかと。カラスの素性と使い方も知りたかった。ただ、向こうも職人さんですから、最初は相手にされませんでした。それでも通っているうちに話をしていただけるようになりましたが、カラスは「(売らずに)ご自分で使った方が良いでしょう」と。
 やがて店村さんと一緒にその砥石屋さんを訪ね、何種類か砥石を買いました。その後、周囲に水場を置き、砥石を載せる台を設えて、と店村さんにイチから研ぎ方を教えていただきました。
 本当にハマったのはそれからです。まさかここまで心を奪われるとは自分でも思っていなかった(笑)。例えば同じ種類の包丁でも、1本1本に個性があって、研ぎに合う砥石も違ってくる。天然砥石は、同じような粒度(120 ~ 32,000の数字で表記され、数字が小さいほど研磨力が高い)でも石の質によって研ぎ心地も刃の仕上がりも異なる。それが面白いんですね。
 砥石は購入したもの、譲っていただいたもの、原石を自分で成形したもの(写真①~⑤)など、気がつくと400個近くになっていました(笑)。

  • 平田さんの砥石コレクション(一部)

  • 平田さんを「研ぎ」の世界へ導いた砥石「カラス」

  • 研ぎ姿

  • 対馬の黒鯛

リードナイフ

 今、都響のオーボエ、ファゴットの方々のリードナイフを研いでいます。奏者にとって、リードナイフはリードを作るための必需品で、6~7本は持っているそうです。使っていると刃先が摩耗するので、研がなければなりません。研ぎ屋さんに頼むと、とてもよく切れるようになりますが、カミソリのように切れることが必ずしも良いとは限らない。研ぎ屋さんの中には機械で粗く削ってしまうところもあるそうです。刃を使う角度、刃のどの部位をよく使うか、切れ味は鋭いのか柔らかいのか、など奏者によって好みも違います。それに合わせるには、「研ぎ」が分かっていて一人ひとりの都合を聞ける人がやった方が良いのですね。
 オーボエの鷹栖さん、南方さん、大植さんのリードナイフを担当。ファゴットの岡本さんはリード・メイキング・マシンを使っていて、その刃はハイス鋼。これはとても硬い鋼材なので、研ぐのが難しいし砥石選びも苦労します。ハイス鋼専用の人造砥石もありますが、私の研ぎは趣味ですから、数ある天然砥石の中から鋼材に合ったものを探し出すことも楽しみなのです。
 そんなこんなで管楽器の皆さんとお話しする機会が増え、以前より格段にオーボエやファゴットについて理解を深めることができて、他の管楽器の発音の仕方についても触れる機会が増えました。また「研ぐ」ことは大変集中力がいるので、それは楽器を演奏することにも通じるな、と感じています。

写 真

長谷部一郎

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『東京都交響楽団50年史』(2015年発行)冒頭グラビアには、ステージ袖などで本番に備える楽員の写真があり、その緊張と集中の表情に魅了される。そんなオーケストラの「内面」を撮影したのが、チェロ奏者の長谷部一郎さん。写真への思いを聞きました。



出会い

 本格的にのめり込んだきっかけは1台のカメラでした。子どものころ憧れたカメラが、ある時製造中止になり、特価で売られていました。手の届かなかったものが、20代後半になっ ていた自分には買うことができたのです。そのカメラに白黒やカラーポジなど、経験したことのなかったフィルムを入れて撮ったら、素晴らしい世界が広がり、夢中になりました。
 しばらくカメラと写真のことで頭がいっぱいの時期がありました。毎月20本(1本36枚)くらい撮った白黒フィルム(今はそんなに撮りません)を出していた黒門小学校(台東区) 近くのラボ(現像所)が、フィルムからデジタルへ移行する時代の流れで閉められ、仕方なく、道具を揃えて自分で現像とプリントをするようになりました。
 部屋の窓をふさいで簡易暗室にします。完全には暗くできないので、夜になってから作業を始めます。1枚のプリントを作るのにおよそ2分。それを見て明るさを変えたりコントラ ストを変えたりしてもう1枚、あと1枚……と焼いていると、外では新聞配達のバイクが走り始め、明け方になっていることが何度もありました。今は恵比寿にある素晴らしいラボに お任せしていますが、実際に作業をした経験はとても大切だったと思います。
 カメラへのこだわりは少なくなりました。もしあるとしたら、ズームレンズを使わないことです。35ミリレンズだったら被写体に対してこの距離でこのくらいフレームに入る、28ミリだったら、という感覚があります(いずれも広角レンズ。数字が小さいほど広い範囲を写せます)。ズームはフレームに入る領域を自由に変えられるので、かえって自分の立ち位置がわからなくなる。

  • ステージスタッフ 川崎くん

  • ヴァイオリン遠藤さん姉妹

  • ヴァイオリン塩田くん

  • ティンパニ久一くん

時間のフィルター

 もちろんデジタルカメラでも撮ります。80点くらいの写真はデジタルでたくさん撮れても、これだと思う写真はフィルムで撮る時に多い。どうしてそうなのか、ずっと不思議でした。撮影中に画像を確認できるのはデジタルの大きなメリットですが、どうもこのことが大きく影響しているらしい。撮ることと、画像を見てあれこれ考えることは別の感覚のようです。
 フィルムが高価になったこともあり、撮影している時はけっこう集中します。現像に出して数日後、現像済みフィルムとベタ焼き(36コマのネガを印画紙の上に直接置いて焼いたインデックスプリント)ができてくる。何本撮っても最高にわくわくする瞬間です。思ったように撮れていたりいなかったり。時間をかけて何度も見返し、大体1割くらいを、まずキャビネ判(130mm×180mm)で焼いてもらいます。そうしてたまっていったプリントを後で見返すと、プリントを頼んだ時とはまた違って見えてきます。数年経ってもいいな、と思うものをさらに大きく伸ばします。
 その時心動かされたものを撮る、そしてそれらが幾度も時間のフィルターをくぐり、別の世界が現れてくるような気がします。

  • 2015ヨーロッパツアー機中から

  • ストックホルム

  • ストックホルム

  • アムステルダム

  • アムステルダム中央駅

  • ベルリン(フィルハーモニーの舞台裏)

  • ウィーン

  • ウィーン

 「自然が素晴らしいのは、人間と関係ないからだ」と、あるカメラマンが言いました。音楽はひたすら人間の中の世界ですが、海はいつも海です。数年前、海の写真を撮りにローカル線に乗った時、隣の席の男性の帽子に“Find your beach” とありました。あぁこれが自分のテーマなんだと思いました。休みになる度、海に出かけます。どんな時でも水平線は変わらず水平線です。本当に素晴らしい。そこに魅かれるのだと思います。

  • 材木座海岸(鎌倉市)

  • 糸魚川

  • 長崎県木崎湖

  • 日立

  • パリ

  • 明治神宮

  • 茅ヶ崎