東京都交響楽団

スコアの深読み

第2回

編曲としてのオーケストレーション
~シェーンベルクの創造的編曲

「編曲」の定義

 「編曲(Arrangement)」という言葉の定義は、案外と難しい。バロック時代まで盛んに用いられた定旋律に基づく作曲や、《〇〇の主題による変奏曲》のように既存の楽曲に基づく作品の場合、一般的には「編曲」と見なされないことが多いからだ。定義のしづらさを踏まえた上で、Grove Music Online(『ニューグローヴ世界音楽大事典』電子版)では次のような説明がなされている。
 「音楽家の間で一般的に使用されている場合、この言葉〔=編曲〕は、ある媒体〔≒楽器編成〕から別の媒体への移行、またはその変更の有無にかかわらず、曲の複雑化(または単純化)のいずれかを意味していると考えられる」
 つまり編曲という言葉は、簡潔にいえば「楽器編成の変更」と「音符の増減」、主に2つの変化を指し示すというわけだ。しかし、後者については減らしていく方向であれば十中八九は「編曲」と呼んで差し支えなさそうだが、音符を増やしていく方向の場合、どこまでが「編曲」でどこからが「作曲」であるかを判断するのは、ケース・バイ・ケースとするしかなさそうだ。この件について本稿ではこれ以上深追いしないが、今回取り扱う「楽器編成の変更」―なかでも「オーケストレーション(管弦楽法)」においてさえ、「音符の増減」は重要な要素となってくる。どういうことか、順を追って説明していきたい。

ピアノと違う音を見つける

 筆者は作曲を専攻していた大学時代、作曲家の西村朗先生の授業で1年間、オーケストレーションについて学んだ(もう10年以上前のことなので、多少の記憶違いがあるかもしれないが、ご容赦願いたい)。どのような内容だったかというと、ベルリオーズから西村先生ご本人の作品まで、CD の音源とオーケストラのスコアをもとに、オーケストレーションという観点から、優れたポイントあるいは真似すべきではないことも含めて、毎回独自の視点で、歯に衣着せぬ解説をしていただいた。オーケストレーションというと、この授業で学んだ「ピアノと違う音を見つける」という言葉を、真っ先に思い出す。
 これは、管弦楽の魔術師ラヴェルが編曲したムソルグスキー《展覧会の絵》を取り上げた授業でうかがった言葉だ(当時の授業で使っていた楽譜にもメモしてある)。例えば、最初の〈プロムナード〉の第1~8小節は金管楽器群に割り振られており、原曲(ピアノ版)における右手の音符はトランペット、左手の音符はトロンボーンが奏することで、原曲のボイシング(音の配置バランス)を保っているのだが、それだけだとオーケストラとしては響きが薄くなったり、不安定になったりする瞬間もあるので、ホルンのお出ましとなる。
 トランペットとトロンボーンに重ねられて仲立ちとなるだけでなく、原曲にはない音もホルンが補ったりしているのだ。第17~19小節にかけて音楽が盛り上がっていく場面では、原曲に存在しない16分音符によるファンファーレのような音形まで追加されているのだが、わざとらしさがなく実に効果的だ。このように「楽器編成の変更」という意味の「編曲」においても、いかに自然に音符を増やすか(あるいは減らすか)が鍵となってくるわけだ。

楽器編成を縮小

 この観点からアルノルト・シェーンベルク(1874~1951)の編曲作品を眺め返すと、実に興味深いことが浮かび上がってくる。まずはシェーンベルクが立ち上げた音楽団体である「私的演奏協会(Verein für musikalische Privataufführungen)」(活動期間1918~21年)で取り上げられた、管弦楽から室内管弦楽へとサイズダウンされた編曲を見ていこう。まずはマーラーの交響曲……と言いたいところだが、この協会で実際に演奏された《交響曲第4番》はシェーンベルクではなくエルヴィン・シュタイン(1885~1958)の編曲。シェーンベルクが手掛けていた《大地の歌》は未完のまま放置されてしまい、現在演奏されているのは1980年代にライナー・リーン(1941~2015)に補筆されたものなのだ。
 というわけで正真正銘、シェーンベルクの編曲といえる《さすらう若人の歌》(1920年編曲)を例にだそう。原曲で声楽独唱を支えるのは、ほぼ3管編成(ただしオーボエとファゴットは2本ずつ)のフルオーケストラだが、シェーンベルクはフルート、クラリネット、ピアノ、ハルモニウム、打楽器、弦楽五重奏という10人編成の室内楽に縮小している。その編曲方針は明確で、量感は薄くなるものの、できる限り原曲に近しいサウンドに聴こえるよう善処している。
 ところが、協会の活動末期に取り上げられたJ. シュトラウス2世《南国のバラ》(1921年編曲)において、シェーンベルクは明確に音数を減らしていく。原曲でオーケストラの総奏にあわせてハープが分散和音を鳴らすところを省いたりするのは、室内楽編成にあわせた的確なサイズダウンといえるが、第1ワルツの後半部でワルツの刻み(「ブンチャッチャ」の「チャッチャ」の部分)を時おり休みにしてしまうのは、あまりに大胆な処理だといえる。
 また、1925年に《皇帝円舞曲》を編曲した際、シェーンベルクは原曲に存在しない音をこれでもかと付け加えていく。原曲の雰囲気をぶち壊すほどではないのだが、冒頭のリズムに前打音的な音を重ねることで、小気味良いアクセントを加えたり、原曲のオーケストラでは総奏が爽快に鳴り響く部分に、新たなフレーズを書き加えたりすることで、量感の不足を補おうとしているのだ。どちらのワルツも実にクリエイティヴな編曲になっている。

楽器編成を拡大

 原曲を尊重するマーラー作品と、編曲者の主張が強くなるJ. シュトラウス2世作品との対照的なスタンスは、このあとの編曲にも発展的に受け継がれていく。まずは、(シェーンベルクの作品としてリストに掲載されることもあるが実際には編曲という要素の強い)マティアス・ゲオルク・モン(1717~50)のチェンバロ協奏曲を仕立て直した《チェロ協奏曲》(1932年編曲)と、ヘンデルの合奏協奏曲を仕立て直した《弦楽四重奏と管弦楽のための協奏曲》(1933年編曲)をみていこう。
 《チェロ協奏曲》は、独奏楽器がチェンバロからチェロに置き換えられているものの、それ以外の編成は、弦楽器群と通奏低音を担うチェンバロだけで、原曲から大きく変わっていない。弦楽器については、スコアに豆譜のような形でシェーンベルクが手を加える前の音符が書かれているのだが、量的にも内容的にも印象が大きく異なるほどの変更ではない。ところがチェンバロのパートには通奏低音の役割を超える新たな対位法要素が、随所に書き加えられている。その音数があまりに多い(つまり、現在の古楽のようなテンポ感でなく、昔の腰の重いテンポ感でないと、ごちゃごちゃしてしまう)ため、「シェーンベルク編曲のチェロ協奏曲」と謳っていても、チェンバロのパートはシェーンベルクの書いた通りに演奏していない録音が意外と多い。いわば、こうした音の追加を、様式的にも大胆に拡張したのが《弦楽四重奏と管弦楽のための協奏曲》なのである。
 それに対して、J.S.バッハのオルガン曲、前奏曲とフーガ 変ホ長調 BWV 552《聖アン》(1928年編曲)やブラームスのピアノ四重奏曲第1番 ト短調 op.25(1937年編曲)のような小編成から大管弦楽への編曲(オーケストレーションの腕の見せどころだ!)では、異なる発展がみられる。
 《聖アン》では、新たなフレーズが書き足されることはないものの、ウェーベルンによる有名な《6声のリチェルカーレ》編曲のように「音色旋律」(そもそもシェーンベルク自身が提唱した概念)と呼ばれる手法を用いて、楽曲を構成する音形を分析的に割り振っていく。前奏曲は対位法的な書法で書かれていないのだが、シェーンベルクの手にかかると複数の旋律が絡み合う作品として再構成されているのが興味深い。原曲にない音を書き足さずとも、編曲者シェーンベルクの個性が前面にでたオーケストレーションといえる。
 以上を踏まえた上で、シェーンベルク最後の大規模編曲であるブラームスのピアノ四重奏曲をみていくと、ここまで見てきた全ての要素が含まれることに気づく。もちろん、《弦楽四重奏と管弦楽のための協奏曲》でみられたような、時代様式を打ち壊すような和声的な拡大はなされていないが、オーケストレーションはブラームスの時代に留まっていない。また、過剰さばかりが耳につきがちだが、実は細かくみていくと《南国のバラ》にみられたような大胆な音の省略も発見できるのだ。
 創作活動において切り拓かれた「無調」や「12音技法」といったキーワードに比べると、一般的に保守的な扱いをされがちな「編曲」においても、シェーンベルクは実にクリエイティヴな存在だったことが浮かび上がってくる。
ブラームス譜例
ブラームス(シェーンベルク編曲):ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 op.25 第1楽章 第130~135小節
 音色旋律風に、1小節ごとに楽器の組み合わせを変化させている。低音楽器のチェロやファゴットにソプラノ声部を当てたり、2番ホルンにバス声部を吹かせたりしており、ルーティンを徹底的に避けた楽器配置が特徴。(上記の譜例では省略したが)スコアでは楽器ごとに細かく強弱を指定、音量バランスにも配慮している。