東京都交響楽団

スコアの深読み

第7回

若きストラヴィンスキー、成功への道のり

  1910年6月25日、ロシア・バレエ団によるパリ・オペラ座での初演は大成功。一夜にして最注目の若手作曲家というポジションをイーゴリ・ストラヴィンスキー(1882~1971)にもたらしたのが、バレエ《火の鳥》だった。ロシア・バレエ団の興行主(インプレサリオ)であるセルゲイ・ディアギレフ(1872~1929)が、いかにしてストラヴィンスキーらと共に《火の鳥》を生み出したのかは、平野恵美子 著『帝室劇場とバレエ・リュス――マリウス・プティパからミハイル・フォーキンへ』(未知谷、2020年)に詳しいため、そちらにあたっていただくとして、本稿ではまず《火の鳥》に至るストラヴィンスキーの作風変遷を追ってみよう。
 

交響曲 op. 1から《葬送の歌》op. 5まで

  ストラヴィンスキーは1907~10年に完成した初期作にだけ作品番号を付していた。それ以前の習作で代表的作品といえるのがピアノ・ソナタ嬰ヘ短調(1903~04)だ。第1楽章は、ピアニスティック(技巧的)ではない初期スクリャービンといった雰囲気で、第2~4楽章については、スクリャービンからみると大師匠にあたるチャイコフスキーと近しい。それに対して、作曲の師セルゲイ・リムスキー=コルサコフ(1844~1908)に献呈された記念すべきop. 1である交響曲変ホ長調(1905~07)では、部分的に《火の鳥》を思わせる要素がないわけではないが、基本的にはロシア五人組の系譜を継ぐ穏健なロマン派的作風だといえる。いずれにせよ、最初期の器楽作品は、西洋派と位置づけられるチャイコフスキーと、国民楽派であるロシア五人組、双方の流れを汲んでいるというわけだ。
  少し毛色が変わるのが、実はop. 1よりも先に完成していたop. 2、管弦楽伴奏による歌曲《牧神と羊飼いの娘》(1905~06)で、和声もオーケストレーションも交響曲変ホ長調とは明らかに異なる路線をとり、ドビュッシーやラヴェルといったフランス近代音楽に接近している。特に注目すべきは第3曲「川」で、森の神が出現する歌詞が歌われる場面は、バレエ《火の鳥》で火の鳥の出現するシーンの音楽とそっくりなのである。ただ注意しなければならないのは、これを意欲的な若者による師匠への離反と捉えるべきではない、ということだ。師リムスキー=コルサコフもオペラ『金鶏』(1906~07)など晩年の作品では、似たような傾向がみられるのだから。
  続くop. 3の《幻想的スケルツォ》(1907~08)はそのタイトルの通り、ファンタジックなサウンドが前面に押し出されており、より一層《火の鳥》のおとぎ話世界へと繋がるサウンドに近づいている。興味深いのは、この作品が、養蜂家でもあったベルギーの劇作家モーリス・メーテルリンク(1862~1949)が書いた博物誌『蜜蜂の生活』からインスパイアされた作品だということ。リムスキー=コルサコフの「熊ん蜂の飛行」とは異なる書法で、蜂が飛んでいる様子をストラヴィンスキーが描いた音楽が、火の鳥が縦横無尽に飛び回る様子に転用されているというのは意外であろう。
  そしてop. 4の《花火》(1908~09)は、中間部に差し掛かろうかという部分で明らかにデュカスの交響詩《魔法使いの弟子》(1897)から影響を受けていることからも分かるように、《火の鳥》における“魔法”“魔王”といった要素を描く音楽と直結している。また楽器編成も近づいてきており、《火の鳥》の4管編成にこそ規模は及ばないが、様々な打楽器を加えた3管編成で充分すぎるほど演奏効果の高いオーケストレーションを披露している。


ストラヴィンスキー:バレエ《春の祭典》《カルタ遊び》《アゴン》、葬送の歌、弦楽のための協奏曲《バーゼル協奏曲》
ストラヴィンスキー:バレエ《春の祭典》《カルタ遊び》《アゴン》、葬送の歌、弦楽のための協奏曲《バーゼル協奏曲》
グスターボ・ヒメノ指揮 ルクセンブルク・フィル
〈録音:2017年1&6月、2018年6&7月〉
[ペンタトーン KKC6011(2枚組)] SACDハイブリッド
*《 葬送の歌》は2016年12月2日にゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管弦楽団によって蘇演されて以来、録音も増えた。当盤は代表作《春の祭典》(1911~13)、《カルタ遊び》(1936)、《檻》のタイトルでバレエ化された《バーゼル協奏曲》(1946)、75歳の誕生日に初演された《アゴン》(1953~57)までを収録、ストラヴィンスキーのバレエ音楽を俯瞰できる。グスターボ・ヒメノは2015年7月に都響へ登壇、同年11月のロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団日本公演を成功に導いた。
  op. 5の《葬送の歌》(1908)はリムスキー=コルサコフへの追悼曲なのだが、長らく紛失状態にあり、2015年に再発見されて話題を呼んだことは記憶に新しい。楽曲冒頭、低弦で提示される主題は、半音階上行と下行を組み合わせたものなのだが、《火の鳥》の冒頭に登場するバレエ全体を貫く主要モティーフと(下行と上行の順番は反対であるが)類似しているのは明らかだ。
  もっと踏み込めば、《火の鳥》の主要モティーフは、チャイコフスキーのバレエ《眠れる森の美女》(1888~89)におけるリラの精のライトモティーフ、ドビュッシーの《牧神の午後への前奏曲》(1892~94)で冒頭に奏されるフルートの主題と近しい。モティーフの始まりの音と下行していった到達点に着目すると、《眠れる森の美女》は「シ→ミ#」、《牧神の午後への前奏曲》は「ド#→ソ」、《火の鳥》は「ラ♭→レ」と、全て減5度(=増4度)下行である点が共通しているのだ。おそらくストラヴィンスキーは、チャイコフスキーとドビュッシーの音形を意識しながら、《葬送の歌》冒頭主題のように低音の旋律として書いたのが《火の鳥》主要モティーフなのではないだろうか。そして《火の鳥》において減5度(=増4度)の音程は、楽曲全体の統一感をもたらすことに寄与している。
  op. 6~9は(欠番であるop. 8を除いて)ピアノ伴奏による歌曲もしくはピアノ曲なのだが、オーケストラ作品であるop.2~5では明確に《火の鳥》と繋がりを感じさせたのに対し、ピアノが核になるとテクスチュアがシンプルになりがちで、《火の鳥》とは距離を感じさせるのが興味深い。おそらくストラヴィンスキーにとって作曲の創意は、楽器編成と密接に結びついているからなのであろう。

ショパン作品のオーケストレーション

  そうした楽器編成と創意という観点からみて、次に挙げたいのが《火の鳥》よりも前にディアギレフから依頼されたショパン作品のオーケストレーション仕事だ。1909年パリ公演におけるバレエ《レ・シルフィード》のために、ストラヴィンスキーはショパンの作品から夜想曲第10番 変イ長調 op. 32-2と、ワルツ第1番 変ホ長調 op. 18《華麗なる大円舞曲》を3管編成の管弦楽のために編曲している。とりわけ優れているのが後者のワルツで、もちろん曲調そのものは《火の鳥》と全く異なるわけだが、原曲のピアノにはなかった要素を書き加えた装飾方法には、《火の鳥》を想起させるオーケストレーションが多数見受けられる。そして何より重要なのは、このオーケストレーションが評価されたからこそ(様々な先輩作曲家への依頼が試みられた後とはいえ)、若きストラヴィンスキーに、ロシア・バレエ団として初めて書き下ろしの音楽による新作バレエを任せよう、という判断がなされたことだ。
  こうして《火の鳥》の創作にとりかかることに……なるのかと思いきや、実はそれ以前の1908年からストラヴィンスキーはオペラ『ナイチンゲール(小夜鳴き鳥)』の作曲を始めていた。最終的に全3幕が完成したのは1914年のことなのだが、実は《火の鳥》に集中し始める前、1909年の夏に第1幕だけは完成させていたのだ〔『ナイチンゲール』第2~3幕は『春の祭典』(1911~13)完成後に書かれたため、第1幕とはまるで作風が異なっている)。バレエとオペラという違いはあるが、ヒロインに相当する役柄が“鳥”であり、主人公の提案に乗ることで物語の最初の歯車が動き出すという点が共通しているし、音楽それ自体は第1幕の冒頭こそ《春の祭典》第2部冒頭を想起させるような(ただし不協和音ではない)木管楽器の和音の刻みによって始まるが、その後の展開であらわれる要素はやはり《火の鳥》と非常に似通ったサウンドばかりだ。
  いよいよストラヴィンスキーへの《火の鳥》作曲依頼が正式に確定した1909年12月初旬の頃には、もう既に振付を担当するミハイル・フォーキン(1880~1942)との打ち合わせも始まり、作曲のスケッチも始まっていたという。
  1908年頃には、なかなか自作が演奏されなかったり、取り上げられても注目されなかったりと、作曲家として自らの行く末を案じていたストラヴィンスキーであったから、ディアギレフからの最初の依頼であるショパンのオーケストレーションに人一倍、本気で取り組み、自分が管弦楽法に長けていることをアピールすることに成功したのであった。

確実な成功に向けて

  おそらくはバレエ《火の鳥》の初演が、自分のキャリアにとってどれほど大事なものか、ストラヴィンスキー自身が一番よく分かっていたはずなのだ。スキャンダルを起こして話題になるだけでは不十分で、どうしても確実な成功が欲しかったからこそ、新しい試みをするよりも、《牧神と羊飼いの娘》から『ナイチンゲール』第1幕にかけて積み上げてきた手法を、すべて盛り込んだ作品として《火の鳥》が生まれた。《ペトルーシュカ》や《春の祭典》よりも保守的だとみなされてきた《火の鳥》だが、第1作が成功を収めなければ、第2作以降を作曲するチャンスはあり得なかったことを忘れてはならない。


ストラヴィンスキー:バレエ《火の鳥》(1910年版)、ショパン(ストラヴィンスキー編曲):夜想曲第10番 変イ長調 op.32-2/ワルツ第1番 変ホ長調 op.18《華麗なる大ワルツ》 他
ストラヴィンスキー:バレエ《火の鳥》(1910年版)、ショパン(ストラヴィンスキー編曲):夜想曲第10番 変イ長調 op.32-2/ワルツ第1番 変ホ長調 op.18《華麗なる大ワルツ》 他
アンドリュー・リットン指揮 ベルゲン・フィル
〈録音:2009年10月、2010年6月〉
[BIS BISSA1874]SACDハイブリッド
* ディアギレフがストラヴィンスキーに《火の鳥》作曲を依頼するきっかけとなった、ショパン作品2曲の編曲と、《火の鳥》本体を収めた1枚。《華麗なる大ワルツ》では《火の鳥》を思わせる木管や弦の装飾的なパッセージをはじめ、一つのメロディで2小節ごとに楽器を交代させるなど、凝ったオーケストレーションにストラヴィンスキーの「本気」を聴くことができる。