東京都交響楽団

スコアの深読み

第10回

ショスタコーヴィチの最高傑作は?
~交響曲第13番と第14番

作曲家の最高傑作

  「あの作曲家の最高傑作はどれか?」という議論は学術的なものにはならないが、飲み屋話としてはやはり魅力的だ。傑作のなかでも最高位に位置づけられるということは、個々人の好みや支持の多さ(つまり人気)というよりも、多くの場合はその作曲家の人生と関連づけられて判断されることが多い。ベートーヴェンでいえば「第九」ではなく、最晩年の弦楽四重奏曲―特に7楽章構成にまで規模を拡大した第14番嬰ハ短調op.131あたりが最高傑作として語られたりするのも、そういった理由が絡んでいるだろう。
 

交響曲第13番と第14番をセットで考える

  ドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906~75)の最高傑作候補に挙がるとすれば、最後の完成作品となったヴィオラ・ソナタ ハ長調op.147(1975)か、ショスタコーヴィチ自身が「私が最近何年間にもわたって書いてきた作品はすべて、この作品への下準備にすぎませんでした」(千葉潤 訳)と後期作品のなかでも特別な作品とみなしていた交響曲第14番ト短調op.135(1969)あたりが筆頭だろうか。
  ショスタコーヴィチの伝記を著した千葉潤氏〔シュニトケ研究でPh.D.(博士号)を取得したロシア音楽研究者〕も、その著書のなかで交響曲第14番を「創作の集大成」に位置づけている。一方、音楽の専門家ではないが、おそらく日本一のショスタコーヴィチ・マニアであり、この作曲家に関する詳細すぎるWEBサイトや著書をもっている工藤庸介氏は交響曲第13番変ロ短調op.113《バービイ・ヤール》(1962)について「ショスタコーヴィチの本領が遺憾なく発揮された、文字通りショスタコーヴィチの最高傑作である。……この交響曲には、ショスタコーヴィチの魅力の全てがある」と熱量高く賛辞を贈っている。
  もちろんここから、あの指揮者はこっちの交響曲をより評価している……という風に応援団を増やしていくこともできるが、本稿の目的は違ったところにある。結論を先に予告しておけば、交響曲第13番・第14番を対照的な1組の作品として捉えることにより、ショスタコーヴィチに何が求められ、何が評価されてきた作曲家なのかが視えてくるのではないか。そのような仮説をもとに話を進めてみたい。
 

対比的な作品群

  そもそも、全15曲残されたショスタコーヴィチの交響曲のなかには、第2番ロ長調op.14《10月革命に捧ぐ》(1927)と第3番変ホ長調op.20《メーデー》(1929)、そして第11番ト短調op.103《1905年》(1957)と第12番ニ短調op.112《1917年》(1961)のように、誰の目にも明らかな形で関連している作品と、〔オペラ『ムツェンスク郡のマクベス夫人』op.29(1932)が原因となった〕「プラウダ批判」(1936)によって初演を自ら撤回した第4番ハ短調op.43(1936)と「プラウダ批判」に対する実質的回答となった第5番ニ短調op.47(1937)、第二次世界大戦を主題とする第7番ハ長調op.60《レニングラード》(1941)と第8番ハ短調op.65(1943)のように、陰と陽(後者は第7番が陽で、第8番が陰)として対比的に位置づけられる作品が存在している。
  それらに比べると少数派だが、全4楽章の声楽なし交響曲として演奏機会の多い第5番と第10番ホ短調op.93(1953)を対比したり、第7番・第8番だけでなく第9番変ホ長調op.70(1945)までを一括りで「戦争交響曲」とみなしたりするケースも見受けられる。ここに、対照的な内容をもつ声楽付き交響曲として第13番・第14番を加えるためには、成立と受容の過程を追う必要がある。

交響曲第13番の成立と受容

  交響曲第13番成立の2年前にあたる1960年、周囲の圧力でショスタコーヴィチは共産党に入党せざるを得なくなってしまう(前号の連載第9回参照)。本人はもちろん望んでおらず、神経衰弱になるほどだったというのは有名なエピソードなのだが、実はこの一件でショスタコーヴィチを「体制側に寝返った裏切り者」とみなした反体制派の同業者も多かったという。翌1961年に初演された交響曲第12番《1917年》がレーニンを讃える交響曲であった(共産党から再三求められながら、それまで作曲に応じていなかった。レーニンを讃える曲としては、編曲を除けば唯一の完成作)ことも、反体制派の芸術家たちを失望させる要因となった。
  実は、こうして失ってしまった仲間たちからの信用を取り戻すきっかけとなったのが、当局からの幾多の妨害を乗り越えて1962年12月18日に初演された交響曲第13番なのであった。スヴャトスラフ・リヒテル(1915~97)も畏敬の念を抱いていた伝説のピアニスト、マリア・ユーディナ(1899~1970)は「ショスタコーヴィチは、この交響曲で、ふたたびわれわれの一員となった」(千葉潤 訳)と友人宛ての手紙に書き残している。
  ここで想像力を働かせたいのだが、交響曲第13番の初演前に様々な角度から妨害されていたショスタコーヴィチは、プラウダ批判によって〔友人イサーク・グリークマン(1911~2003)の証言によれば当局からの忠告に折れる形で〕自ら初演を撤回した交響曲第4番のことを思いながら、妨害に屈しなかったのではないだろうか。第4番は作品完成から25年越しとなる1961年12月30日に初演されたばかり。一旦屈してしまうと作品が長きにわたって日の目をみない可能性が充分にあったわけだ。このように考えていくと、「ムツェンスク郡のマクベス夫人+プラウダ批判」→「交響曲第5番」という当局に対する名誉回復と、「共産党入党+交響曲第12番」→「交響曲第13番」という仲間に対する信頼回復は、正反対の好対照を成しているように思えてくるのが面白い。

「モノローグ小説」としての交響曲第13番

  また交響曲第13番は完成後、アラム・ハチャトゥリャン(1903~78)ら仲間たちを呼んで、作曲家自身がピアノで全楽章を試奏しているそうなのだが、なんとその場では声楽のパートをショスタコーヴィチ自身が弾き語りで歌ったのだという。確かにバス独唱も男声合唱も単旋律であるため、それらが重なる部分以外はひとりで歌えないことはないのだが、むしろそれは交響曲第13番が、詩人エフゲニー・エフトゥシェンコ(1932~2017)の言葉を借りてはいるものの、ショスタコーヴィチがスピーチを行っているような作品であることをほのめかしていると思える。それはベートーヴェンが「第九」第4楽章で、バリトン独唱に最初は自分の言葉を歌わせ、その後にシラーの詩で自分の思いを代弁させていくことにも似ている。
  交響曲第13番においてバス独唱と男声合唱が対話風に歌う箇所もあるが、詩はエフトゥシェンコひとりで書かれたものであり、両者は基本的に同質の存在である。これはロシアの文学者ミハイル・バフチン(1895~1975)がいうところの「モノローグ小説」(作者が登場人物を操り、それを通して作者の思想を表現する)的だといえる。

「ポリフォニー小説」としての交響曲第14番

  対して、ムソルグスキー《死の歌と踊り》とマーラー《大地の歌》とブリテン《戦争レクイエム》を意識しながら書かれたショスタコーヴィチの交響曲第14番(全11楽章)は、下の表でまとめたように「詩」「声種」「テンポ」「アタッカ(どこまで繋げて演奏されるか)」と様々な観点から多層的な構造になっており、グループの分け方も分析者によって異なってくる。とすれば、こちらはバフチンがいうところの「ポリフォニー小説」(作者と登場人物は対等な存在で、それぞれ自立した意識をもち対話的関係を成すことで高度な統一を実現する)的といえるのではないか(もちろん、バフチン自身は複数の作者によるテキストが寄せ集められた作品を想定していないだろうが)。
  文学理論としての「ポリフォニー」という概念は、フョードル・ドストエフスキー(1821~81)の小説の革新性を語るために生み出されたものとされている。バフチンはこの概念を用いて、レフ・トルストイ(1828~1910)よりもドストエフスキーを高く評価したが、言うまでもなくそれ自体が作品の価値を決めるわけではない。
  確かに交響曲第14番のように、ひとつの視点で読み解けないポリフォニー的な芸術の方が、多様な価値観が尊重される現代にはふさわしいし、ゆえに最も先進的な作品という意味でショスタコーヴィチの最高傑作だと主張したくなる。けれども「第九」や交響曲第13番のように、ひとりの詩人の言葉が作曲者の思いを代弁してゆくモノローグ的な芸術もいまだ魅力的であり―ただし他者に強要しない限り!―そういった作品を最高傑作に推すこともまた、多様性のなかで尊重されるべきであるはずだ。



ショスタコーヴィチ:交響曲第13番《バービイ・ヤール》
【CD】
ショスタコーヴィチ:交響曲第13番《バービイ・ヤール》
キリル・コンドラシン指揮 モスクワ・フィル
ヴィタリー・グロマツキー(バス)
ロシア共和国合唱団 ユルロフ国立合唱団
〈録音:1962年12月20日(ライヴ)/モスクワ〉
[Praga Digitals/PRDDSD350089]
*初演(1962年12月18日)2日後のライヴ録音。初演当日とされる録音もモスクワ音楽院のレーベルから発売されているが、1963年11月20日録音の可能性もあることと、入手が容易ではないので、こちらを薦めたい。独唱のグロマツキーによるやや道化がかった歌唱とコンドラシンの緊迫感溢れる演奏が、絶妙なコントラストを生み出している。
ショスタコーヴィチ:交響曲第13番《バービイ・ヤール》
【CD】
ショスタコーヴィチ:交響曲第13番《バービイ・ヤール》
エリアフ・インバル指揮 ウィーン交響楽団
ロベルト・ホル(バス) コルス・ヴィエネンシス
〈録音:1993年5月13~17日/ウィーン〉
[デンオン/COCO70765]
*1990~93年にインバルはウィーン響と共にショスタコーヴィチの交響曲全集を録音した。第13番《バービイ・ヤール》は最後から2番目の収録で、声楽はロベルト・ホル、コルス・ヴィエネンシス(ウィーン少年合唱団の卒団生による男声合唱団)による。今回のインバル&都響の演奏と聴き比べたい。