大野和士、2022年度楽季を語る

東京都交響楽団 音楽監督

Kazushi ONO

大野和士
Kazushi ONO, Music Director

 都響およびバルセロナ響の音楽監督、新国立劇場オペラ芸術監督。2022年9月、ブリュッセル・フィルハーモニック音楽監督に就任予定。1987年トスカニーニ国際指揮者コンクール優勝。これまでに、ザグレブ・フィル音楽監督、都響指揮者、東京フィル常任指揮者(現・桂冠指揮者)、カールスルーエ・バーデン州立劇場音楽総監督、モネ劇場(ベルギー王立歌劇場)音楽監督、アルトゥーロ・トスカニーニ・フィル首席客演指揮者、フランス国立リヨン歌劇場首席指揮者を歴任。フランス批評家大賞、朝日賞など受賞多数。文化功労者。2026年3月まで3年間、都響音楽監督の任期が再延長された。
 2017年5月、大野和士が9年間率いたリヨン歌劇場は、インターナショナル・オペラ・アワードで「最優秀オペラハウス2017」を獲得。自身は2017年6月、フランス政府より芸術文化勲章「オフィシエ」を受章、またリヨン市からリヨン市特別メダルを授与された。
 2019年2月、新国立劇場で西村朗『紫苑物語』(世界初演)を指揮。同年7~8月、自ら発案した国際プロジェクト「オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World」第1弾『トゥーランドット』を国内3都市で上演。新国立劇場では2020年に藤倉大『アルマゲドンの夢』(世界初演/ 11月)、2021年に『ワルキューレ』(3月)、『カルメン』(7月)、渋谷慶一郎『スーパーエンジェル』(世界初演/8月)と話題作を次々に手掛けた。同年11 ~ 12月に指揮した「オペラ夏の祭典」第2弾『ニュルンベルクのマイスタージンガー』はクオリティの高い記念碑的な公演となり、大きな話題を呼んだ。

© Rikimaru Hotta

大野和士、2022年度楽季を語る

取材・文/小室敬幸

  •  パンデミックが世界中を包み込んでから2年以上が経つ。都響は2020年2月まで通常通り公演を行ったが、3~6月は軒並み中止に。7月に演奏会を再開したものの、プログラムの多くは、中止や演目変更を余儀なくされた。先の読めない情勢のなかで曲目や出演者を検討しなければならない昨今だが、「2022年度楽季プログラム」をどのように見据えているのか? 大野和士音楽監督に話を伺った。

  • 2022年度楽季のオープニング

    (2020年12月5日/東京芸術劇場)
    © Rikimaru Hotta

     ――2022年度、最初の定期演奏会となる4/22定期A(および4/21都響スペシャル)では藤田真央さんを迎えて、シューマンのピアノ協奏曲が予定されています。これは当初、2020年4月に予定されていたプログラムでした。名前を伏せた状態で若い演奏家の録音を聴き比べた際、共演したいと思われたのが藤田さんだったそうですね。
     「パーソナリティが出ていて、何をやりたいかもはっきりしていて、音楽がどこに向かうべきかが録音からも分かりました。和声感がよく聴こえて、音域が移行したときに音色が鮮やかに変わる。ピアノの特性を理解して使いこなしていることがよく伝わってきたんです。それが藤田さんでした。
     2020年4月の公演は中止になりましたが、できるだけ早く彼を招く機会を作りたい。それで2022年度の冒頭を飾る演奏会にしましょうと。ピアノ協奏曲に何を組み合わせればいいかを考えて、《英雄の生涯》に。(都響ソロ・コンサートマスターの)矢部達哉さんと私は(ヴァイオリン・ソロが活躍する)《英雄の生涯》を2008年9月に演奏しているんですけれど、前々からまたやりましょうと話していたんです。前回から10年以上経ちましたので、おそらくまた違う地平が見つかるんじゃないかと思います」
     ――その翌週(4/28定期C)は、首席オーボエ奏者・広田智之さんがソリストを務めるR.シュトラウスのオーボエ協奏曲と、マーラーの交響曲第5番を組み合わせたプログラムです。
     「これから都響と進めてゆくストラテジー(戦略)のなかには、大変優秀な楽員たちを私の指揮でソリストとして起用し、いろいろ変わったプログラムを組んでいこうという考えがありまして、広田さんとの共演も最初から念頭にありました。彼ぐらい、オーボエがここまで鳴り響く楽器なんだということを私たちに知らせてくれる奏者ってなかなかいないと思うんですよね。そしてマーラーは、今までこのオーケストラと随分やってきましたけれど、第5番をまだ演奏していないことに気づいたので、とり上げることにしました」

  • 《復活》の復活

    ツェムリンスキー:メーテルリンクの詩による6つの歌
    藤村実穂子(メゾソプラノ)大野和士指揮
    (2021年10月21日/サントリーホール)
    © Rikimaru Hotta

     ――マーラーといえば、大野さんの指揮で第2番《復活》が2021年2月に予定されていましたが曲目変更になってしまい、改めて2023年3月(3/15定期A、3/16都響スペシャル)にプログラミングされました。声楽と合唱のキャスティングが2021年から変更がないのも、大野さんのこだわりでしょうか?
     「2021年の初頭にはコロナは終わっているだろうと思ったのですが、もう一度入れたのは、2023年のこの時期にコロナは絶対終わっていてほしいですし、ここから新しく“復活”しようじゃないかという私たちの願いを込めています。そして日本を代表する存在として世界的に活躍している藤村実穂子さん(メゾソプラノ)と、ライジング・スターである中村恵理さん(ソプラノ)、この2人に共演していただくというのは前から考えておりました。
     第5楽章に、ソプラノの声が合唱の中で立ち上がっていくところがありますが、希望が上昇していくところを中村さんに受け持ってもらいたい。対して藤村さんはシックザール(運命)と対抗するメゾソプラノとして偉大な存在ですから。この2人のコンビネーションは、私たちの《復活》に欠かせないと考えています」

  • 《グラゴル・ミサ》第1稿

     ――話を2022年に戻しますが、9/3定期Cは大野さんとしては珍しい、ブラームスのヴァイオリン協奏曲と交響曲第2番という王道のプログラムが組まれています。
     「ソリストのアリーナ・イブラギモヴァさんは、オイストラフの影響を強く受け継いでいると思います。ヴァイオリンの鳴りもそうだし、しなやかに歌うセンスも。彼女と共演するたびに思うのは、ヴァイオリンが“歌っている”ことですね。そしてメインは同じ時期に作曲されたものでいこうと、交響曲第2番になりました。こうした王道に対し、わが都響と私の定番として、誰も演奏しないものをやるというのがありまして……」
     ――いつも期待しております(笑)。
     「(実質的に)日本初演になると思いますが、ヤナーチェク《グラゴル・ミサ》第1稿を9/9定期Bでやります。これは何が指揮者にとって難しいかというと、(「序奏」で繰り返される弦楽器のフレーズが)現行版では“8分音符4個+3連符”ですが、第1稿は3拍の7連符で、同時に4分の3拍子で演奏するパートもあるので、ものすごく難しいんです。
     歌も古代スラヴ語なので大変なのですが、考えうる最高のキャストが組めました。特に重要なのは、福井敬さん(テノール)を口説き落とせたことです。この曲のテノールを日本で歌える人は彼しかいないと思うんですよ。なぜかというと、長いフレーズでずっとハイ・ノートを歌い続けなきゃいけなくて、かなり厚いオーケストラを超えていかなければいけない。そういうパワーのある声は、今の日本では彼がトップですから。
     ヤナーチェクの前には、交響曲第5番というドヴォルザーク作品のなかでもまだまだボヘミア色の濃い、作曲技法としても歌のエレメントの多い曲を選びました。ですから、ブラームスに見いだされたチェコ西部(ボヘミア)のドヴォルザークと、非常に土俗的で原スラヴ的なチェコ東部(モラヴィア)のヤナーチェク。東西対決みたいな感じですね。このカップリングの妙を楽しんでいただければ」

  • リゲティ生誕100年

    大野和士音楽監督と小室敬幸氏(作曲・音楽学)

     ――先に触れたマーラーの《復活》と同じ2023年3月には、プロムナードコンサート(3/21)としてバルトークとフランス近代を組み合わせたプログラムも予定されています。ソリストのジャン=エフラム・バヴゼさんはもともと2021年2月に出演が予定されていたんですよね。
     「バルトークは《舞踏組曲》とピアノ協奏曲第1番という、打楽器奏者が大いに喜ぶ2曲を選びました。その後グッと編成が減ってラヴェル《クープランの墓》、また編成が大きくなってドビュッシー《海》という流れになっています。《海》だけは1905年頃ですけれど、あとは全て1920年前後に書かれた曲ですね。結果としてプロムナードとしてはやや玄人向けのプログラムとなりました。バヴゼという人はすごくウィットに富んだ人なので、バルトークのピアノ協奏曲では土俗的な部分もありながら洒落た演奏を聴かせてくれるはずです。そして今季の定期のなかで、私が振るプログラムの目玉は何といっても“リゲティの秘密―生誕100年記念―”(3/27定期B、3/28都響スペシャル)になるかと」
     ――今まさに世界中で喝采を浴びているパトリツィア・コパチンスカヤさん(ヴァイオリン)が大野さん&都響と2019年1月に続いて2度目の共演を果たす点でも話題を呼びそうですね。
     「リゲティが生誕100周年を迎える2023年に、コパチンスカヤさんは世界各地でリゲティを演奏すると思うんですけれど、そのなかでも都響との共演をとても楽しみにしてくれています。リゲティのヴァイオリン協奏曲は、オーケストラとソリストの対峙の仕方に異様な緊張を持っている作品なので、彼女のソロがどのくらいオーケストラにグッと突っ込んでくるかを、楽しく予想しながら迎えようと思っています」
     ――このアニヴァーサリー・プログラムのなかに、リゲティに多大な影響を与えたバルトークが入っていますが、《中国の不思議な役人》を選ばれたのはなぜなのでしょう?
     「私の考えでは、バルトークのオーケストラ作品の中で、構成としても、技法としても、作曲家の持ち味としても、最も彼らしさがあって、《中国の不思議な役人》こそバルトークの作品の頂点のひとつだと思っています。“男サロメ”みたいなクレイジーな世界を異様なオーケストレーションで表現している。それがモダニズムであり、新しい時代の到来であり、この作品が20世紀のなかで個性を放っている理由だと思うんです。しかも組曲版ではなくコーラスが入る全曲版で、最後はピアニッシモで終わるのが内容的にふさわしいと考えました」
     ――そして、このプログラム最後に控えているのが、超絶技巧のアリアとして知られる《マカーブルの秘密》(リゲティのオペラ『ル・グラン・マカーブル』からの編曲作品)です。ソリストとしてクレジットされているのはコパチンスカヤさんで、しかもヴァイオリンでもソプラノでもなく“声”と記載されていますが……。
     「プログラムには載っていますが、アンコール的な位置づけですね。この曲を誰が指揮して、誰が歌うのか?……少なくとも私は歌えませんけど、踊るぐらいはできるかもしれない(笑)。なぞなぞが含まれたプログラムですから、一体どうなるのか楽しみにしてください」

  • 魅力的なプログラムと出演者

     ――今季の都響では、他にも魅力的でヴァラエティ豊かなプログラムと出演者が揃っていますが、大野さんが音楽監督として特に注目しているのはどの公演でしょう?
     「まず昨年パリ管の音楽監督になったばかりのクラウス・マケラさんがプログラムを2つ持ってきてくれるのが楽しみです。彼はまだ20代半ばですけれど、世界のトップランクのオーケストラから本当に評判がいいですよ。指揮者って自分から“何かを示そう”と思っているうちは、オーケストラの音を聴けていないものなんです。本当に“聴かなければいけない”ときには、指揮の動きがパッと小さくなるんですが、そういうことをあの年齢でできるのは、稀有な才能だと思います。
     彼がマーラーの交響曲第6番《悲劇的》(7/1定期B)と、なんとショスタコーヴィチの交響曲第7番《レニングラード》(6/26プロムナード)を都響と一緒に演奏してくれるのは、とても幸せなことですね。でも私たちはさらなる幸せも持っていますよね。(首席客演指揮者の)アラン・ギルバートさんがいますから! このプログラム(7/24定期C、7/25定期B)も2020年7月の公演中止から移行したものですけれど、モーツァルトの3大シンフォニー(第39~41番)を彼が振るのは、非常に大きな意味があります。彼はオーケストラから爆発的なエネルギーを引き出せるのと同時に、ものすごく繊細な部分にもこだわる。高い次元において、真のプロフェッショナルであると思います。
     ――そして、桂冠指揮者のエリアフ・インバルさんは12月に、ブルックナーの交響曲第4番《ロマンティック》(第1稿)、フランクの交響曲、ベートーヴェン《第九》など7日間の公演が予定されています。
     「私がインバルさんを初めて聴いたのは大学生の頃でした。東京文化会館での日本フィルのコンサートで、彼はまだ30代後半。当時は大きな動きで指揮をしていましたが、今は微動だにしないですよね。左手で細かい指示を出すのではなく、ビシッと右手だけで的確に。いろいろなものが最終的に取れてきて、立っている姿そのものや、俳句のように限られた言葉だけで全体像を示すとか、そんなことが指揮者の到達点だとするなら、この人は今、まさにそういう境地にあると思います。
     ――そしてもうひとり、都響に欠かせない指揮者といえば、終身名誉指揮者である小泉和裕さん。今シーズンは4つのプログラム(5/25定期C、6/13定期A、9/23プロムナード、1/12定期B)を指揮します。
     「私も学生時代、小泉さんの練習をよく見に行っていました。私が(東京藝術大学指揮科の)先輩に申し上げることではないかもしれませんが、棒のセンスがとってもいいですよね。これ見よがしに何かをやろうというところがなくて、非常に自然なフレーズで音楽を進めていく。今季では(中止された2021年5月の曲目を復活させた)1/12定期Bで《浄められた夜》とブラームス(シェーンベルク編曲)のピアノ四重奏曲第1番をやってくださるのが特に楽しみです。
     もうひとつ、今シーズンで特別な1日として忘れてほしくないのが、下野竜也さんが別宮貞雄さんのチェロ協奏曲、ヴィオラ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲を採り上げてくださる9/30定期A“別宮貞雄生誕100年記念:協奏三景”です。しかも南紫音さん、ティモシー・リダウトさん、岡本侑也さん、という近年の国際コンクールで素晴らしい成果を収めている方々がソリストを務めてくださるわけですから、すさまじいプログラムですよね! 若き才能に大きな舞台を提供したい。これは今後もやり続けていこうと思っています」

  • 2022年度 大野和士 出演主催公演

    都響スペシャル(4/21)

    2022年4月21日(木) 19:00開演(18:00開場)
    東京オペラシティ コンサートホール

    第948回定期演奏会Aシリーズ

    2022年4月22日(金) 19:00開演(18:00開場)
    東京文化会館

    指揮/大野和士 ピアノ/藤田真央
    ヴァイオリン/矢部達哉(都響ソロ・コンサートマスター)

    シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 op.54
    R.シュトラウス:交響詩《英雄の生涯》 op.40

    第949回定期演奏会Cシリーズ(平日昼)

    2022年4月28日(木) 14:00開演(13:00開場)
    東京芸術劇場コンサートホール

    指揮/大野和士
    オーボエ/広田智之(都響首席奏者)

    R.シュトラウス:オーボエ協奏曲 ニ長調
    マーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調

    第957回定期演奏会Cシリーズ

    2022年9月3日(土) 14:00開演(13:00開場)
    東京芸術劇場コンサートホール

    指揮/大野和士
    ヴァイオリン/アリーナ・イブラギモヴァ

    ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.77
    ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 op.73

    第958回定期演奏会Bシリーズ

    2022年9月9日(金) 19:00開演(18:00開場)
    サントリーホール

    指揮/大野和士
    ソプラノ/小林厚子
    アルト/山下裕賀
    テノール/福井 敬
    バリトン/妻屋秀和
    オルガン/大木麻理
    合唱/新国立劇場合唱団

    ドヴォルザーク:交響曲第5番 ヘ長調 op.76
    ヤナーチェク:グラゴル・ミサ(1927年第1稿)

    第970回定期演奏会Aシリーズ

    2023年3月15日(水) 19:00開演(18:00開場)
    東京文化会館

    都響スペシャル(3/16)

    2023年3月16日(木) 19:00開演(18:00開場)
    サントリーホール

    指揮/大野和士
    ソプラノ/中村恵理
    メゾソプラノ/藤村実穂子
    合唱/新国立劇場合唱団

    マーラー:交響曲第2番 ハ短調《復活》

    プロムナードコンサートNo.401

    2023年3月21日(火・祝) 14:00開演(13:00開場)
    サントリーホール

    指揮/大野和士
    ピアノ/ジャン=エフラム・バヴゼ

    バルトーク:舞踏組曲 Sz.77
    バルトーク:ピアノ協奏曲第1番 Sz.83
    ラヴェル:クープランの墓
    ドビュッシー:交響詩《海》-3つの交響的スケッチ

    第971回定期演奏会Bシリーズ【リゲティの秘密-生誕100年記念-】

    2023年3月27日(月) 19:00開演(18:00開場)
    サントリーホール

    都響スペシャル(3/28)【リゲティの秘密-生誕100年記念-】

    2023年3月28日(火) 19:00開演(18:00開場)
    サントリーホール

    指揮/大野和士
    ヴァイオリン&声/パトリツィア・コパチンスカヤ*/**
    合唱/栗友会合唱団***

    リゲティ(アブラハムセン編曲):虹~ピアノのための練習曲集第1巻より[日本初演]
    リゲティ:ヴァイオリン協奏曲*
    バルトーク:《中国の不思議な役人》op.19 Sz.73(全曲)***
    リゲティ:マカーブルの秘密**