東京都交響楽団

スコアの深読み

第14回

ジャズ・ミュージシャンが作曲した「クラシック音楽」

 今回のテーマは、ジャズ・ミュージシャンが作曲した「クラシック音楽」について。カギカッコ付きの「クラシック音楽」としたのは、ジャズの音楽家が作曲した音楽はジャズなのではないか? 何をもってクラシック音楽と判断するのか?―等々の突っ込みに応えるためである。本稿においては「演奏すべき全ての音が楽譜に記されており、ジャズ的な即興が求められない作品」もしくは「クラシック音楽の奏者によって演奏されることを想定したパートが含まれている作品」という前提で話を進める。
 なお、ジャズとクラシックが融合した作品といえば、何といってもガーシュウィンの《ラプソディ・イン・ブルー》(1924)が有名だが、ガーシュウィンはジャズを取り入れたミュージカルやクラシックの音楽家であって、ジャズ・ミュージシャンではないので今回のテーマからは除外される。

ガンサー・シュラーと「第3の流れ」

 ジャズ・ミュージシャンがクラシック音楽へ進出した初期の事例としては、クラリネット奏者のベニー・グッドマン(1909~86)が有名だ。1938年にモーツァルトを演奏・録音したり、バルトークに作品を委嘱したりはしているのだが、自身が「クラシック音楽」を作曲して遺したわけではない。またジャズ史においてモーツァルトに喩えられるほどの重要人物であるサクソフォン奏者のチャーリー・パーカー(1920~55)は、当時のアメリカで最も先鋭的な作曲家のひとりエドガー・ヴァレーズに師事することを望んだが、実現する前に34歳で早逝してしまった。
 このように近しいところで交わりつつあったジャズとクラシックを、一気に融合させていったのが1957年に「第3の流れ(Third Stream)」というコンセプトを打ち出したガンサー・シュラー(1925~2015)だ。早熟なホルン奏者としてキャリアを始めたシュラーだったが、作曲家としてはシェーンベルク門下のルドルフ・コーリッシュとエドゥアルト・シュトイアーマンに感化されて、12音技法やセリー主義に接近。並行して、最先端のジャズの現場にも出入りしており、例えばマイルス・デイヴィスのレコーディングにホルン奏者として参加したり、ジャズの楽器編成のために作編曲を行ったりしていた。
 要するに当時の若きシュラーは、「現代音楽の作曲家」と「ジャズ・ミュージシャン」という2つの顔を持っており、それらを1つに統合したのが「第3の流れ」だったのである。シュラー自身が1960年代後半から教育活動に軸足を置くようになったこともあり、このムーヴメントは実質的に10年ともたず、短期間で沈静化してしまったが、多くのミュージシャンを巻き込んだ。
 例えば、レナード・バーンスタインは『ヤング・ピープルズ・コンサート』(青少年向けの演奏会シリーズ)の第27回「コンサートホールにおけるジャズ」(1964年3月11日)という企画で、ラリー・オースティンという作曲家の《管弦楽とジャズ・プレイヤーのためのインプロヴィゼーション》を取り上げ、ドン・エリスとエリック・ドルフィーによるフリー・ジャズと管弦楽を共演させている。この頃、ジャズ・ミュージシャンとクラシック音楽の奏者を共演させる作品として他にも、モダン・ジャズ・カルテット(MJQ:1952~74/81~97)を起用したシュラーの《コンチェルティーノ》(1959)、デイヴ・ブルーベック・カルテットを起用したハワード・ブルーベック(デイヴの兄)の《ダイアログズ》などが生まれている。

ジョン・ルイスとMJQ

 とはいえ、ラリー・オースティンやハワード・ブルーベックはジャズ・ミュージシャンとは言い難く、今回のテーマには合致しない。シュラーの「第3の流れ」に共鳴したジャズ・ミュージシャンのなかで「クラシック音楽」の作曲へと近づいたのは、MJQのピアニスト、ジョン・ルイス(1920~2001)である。ルイスはアフリカ系アメリカ人だが、マンハッタン音楽学校の修士課程までクラシック音楽を学んでいたバックグラウンドがあるので、自然な成り行きだったのだろう。
 ルイスとクラシックといえば、J.S.バッハ絡みのアルバム―MJQ『ブルース・オン・バッハ』(1973)、ソロ名義の『平均律クラヴィーア曲集』(1985~90)―が有名だが、それ以前にあたる「第3の流れ」の頃にはクラシックとジャズを混合したオリジナル作品による『ヨーロピアン・ウィンドウズ』(1958)、『ゴールデン・ストライカー』(1960)、『オリジナル・シン』(バレエ音楽/1961)といったアルバムが生み出され、その一部はMJQが当時立ち上げた出版社から楽譜も出版されている。
 さらには「第3の流れ」の理念を体現できる演奏団体として設立された「オーケストラU.S.A.」(1962~66)もルイスが中心人物だった。ちなみにこのオーケストラには以前にもルイスのプロデュース・アルバムで演奏していた、フリー・ジャズのオーネット・コールマンが参加している。そうした経緯を鑑みれば、コールマンのオーケストラ作品を、ロンドン交響楽団が録音した『アメリカの空』(1972)も、「第3の流れ」の延長線上に位置するアルバムだといえる。
 そして「第3の流れ」とは全く別の動きだが、ほぼ同時期の1960年代からジャズとクラシックの融合を図ろうとしていた作曲家のひとりに、ピアニストのフリードリヒ・グルダ(1930~2000)もいる。ただし彼の場合は、厳密にいうとジャズだけでなく、時代に応じてロックやボサノヴァ、ファンクなども雑多にクラシック音楽と融合させていったので、今回は深追いしないでおこう。

キース・ジャレットとECM

 少しばかり結論を先取りするが、現代ではジャズ・ミュージシャンが「クラシック音楽」を作曲することが珍しくなくなっている。ただし、それは「第3の流れ」とは異なる系譜にあることを指摘しておきたい。現代の潮流に先鞭をつけたと考えられるのは、ピアニストのキース・ジャレット(1945~)が1974年にECMレコードから発表したアルバム『イン・ザ・ライト』である。ジャレットが1960年代の終わりから書き溜めた様々な編成の音楽を収録しているのだが、彼自身とギターのラルフ・タウナー以外はクラシック音楽の奏者が起用され、音楽自体も非常にジャズ色が薄いのが特徴だ。
 ジャレットはその後も1983年の『ブリッジ・オブ・ライト』に至る、10年ほどの間に「クラシック音楽」を収録したアルバムをいくつも発表しているのだが、ジャズ・ミュージシャンのソロをフィーチャーした『ルミネッセンス』(1975)などを除けば、やはりジャズのイディオムが前面に出ていない作品が多い。この傾向は、2014年にジャズ・ミュージシャンの作品として初めてグラミー賞のBest Contemporary Classical Compositionを獲ったマリア・シュナイダー(1960~)の『ウィンター・モーニング・ウォークス』にまで繋がってゆく。

チック・コリアの「クラシック音楽」

 一方、ジャレットより4歳年上のチック・コリア(1941~2021)が、今回定義した「クラシック音楽」に合致する作品を発表し始めるのは1980年代以降のこと。ECMからリリースされた『セクステットのための抒情組曲』(1983)は、ヴィブラフォン奏者のゲイリー・バートン、自身のピアノ、そして弦楽四重奏が絡み合う作品で、全7曲の組曲がそのまま1枚のアルバムとなっている。ヴィブラフォンとピアノにはジャズの即興が指定された箇所もあるが、楽譜に書かれた部分とシームレスに繋がるように作られているのが特徴だ。これもジャズ・ミュージシャンとクラシックの奏者が共演する作品においては、現代の潮流といってよいだろう。
 ちなみにコリアの『セクステットのための抒情組曲』は、バートンとのアルバム『クリスタル・サイレンス』(1972)、『デュエット』(1978)を前身としているが、『クリスタル・サイレンス』に収録された「チルドレンズ・ソング(No. 1)」は、即興を含んでおらず、後にピアノ・ソロの楽譜も出版されている。この曲は1971年に書かれたそうなので、コリアが「クラシック音楽」を手掛け始めたのはジャレットとさほど違わないともいえる。
 オーケストラ作品を強く志向するようになるのは、1983年にニコラウス・アーノンクール指揮のコンセルトヘボウ管弦楽団のもと、グルダと共にモーツァルトの2台ピアノと管弦楽のための協奏曲 変ホ長調 K. 365を録音してから。3年後の1986年2月25日にコリアのピアノ協奏曲第1番はニューヨークで初演された。ただし打楽器パートに大きな不満が残り、お蔵入りに。後に改訂が加えられ、1999年になってからロンドン・フィルと録音している(アルバム『コンチェルト』に収録)。
 ピアノ協奏曲第2番に相当するのが、2011年に初演されたジャズ・クインテットと室内オーケストラのための協奏曲《大陸》で、こちらの作品では全体的にジャズ色を強め、室内楽的に扱われるオーケストラのサウンドをジャズのクインテットに寄り添わせている。そして、この2つのピアノ協奏曲での経験を反映して作曲されたのが、最晩年に書かれたトロンボーン協奏曲(2020)なのである。《大陸》のように室内楽的に各楽器が絡み合いつつ、ピアノ協奏曲第1番(改訂版)以上に打楽器が重要な役割を果たしながら、ジャズ的なイディオムにとらわれない、自由な音楽を展開してゆく。「クラシック音楽」作曲家としてのコリアの集大成にふさわしい作品といえるだろう。

小室敬幸(作曲・音楽学)
CD
【楽譜】
Chick Corea: Childrenʼs Songs
Schott Music

* チック・コリアのピアノ・ソロ作品「チルドレンズ・ソング」全20曲(No. 1~20)を収録。バルトークから影響を受けた曲が散見されるが、この作曲家の影響をコリア自身も公言していた。ちなみに彼はバルトーク《「ミクロコスモス」からの7つの小品》より6曲を、ニコラス・エコノムとの共演で録音(ドイツ・グラモフォン)している。