東京都交響楽団

スコアの深読み

第18回 

シェーンベルクの「無調」 ~和声拡張の試み

 アルノルト・シェーンベルク(1874~1951)は自らの作曲手法を「発展的変奏(独:Entwickelnde Variation/英:Developing Variation)」と呼び、その源泉がモーツァルトやブラームスにあると語っている。「発展的変奏」がどのようなものであるかを研究した論文は、WEBを検索しただけでもいくつか読むことができるので、今回はハーモニーに着目して初期シェーンベルクの変遷を探ってみたい。

牧歌的な弦楽四重奏曲

 シェーンベルクのop. 1は1898年の作曲だが、それ以前の作品も残されている。まず注目したいのは1897年の弦楽四重奏曲ニ長調だ(俗に弦楽四重奏曲第0番と呼ばれることもある)。第2~3楽章はブラームスからの強い影響が明らかだが、第1・4楽章の5音音階的な主題がドヴォルザークからの影響であるかどうかは識者のなかでも意見が分かれている。
 確かに主題の変奏・展開の原理はブラームス的であるが、第4楽章の第1主題が3度の反復で伴奏されたり、ひとつの声部が半音階で動いて叙情性を感じさせたりするのはドヴォルザークからの影響といってよいだろう。付点リズムによる短調の第2主題では、ドヴォルザークのピアノ五重奏曲イ長調op. 81 第1楽章からのエコーも聴こえてくるのだ。ところが作品番号が割り振られた作品からは、この牧歌的な雰囲気が消え失せてしまう。

《2つの歌》《浄められた夜》《4つの歌》

 op. 1と銘打たれた《2つの歌》(1898)はブラームスおよびその影響元であるシューマン的な雰囲気で始まるが、徐々に逸脱する瞬間が増えていく。特に顕著なのが第2曲「別れ」のクライマックスにおける減五短七の和音(ハーフディミニッシュ)と増三和音(オーギュメント)の交代(いずれも前期ロマン派まではほぼ使われない和音)で、これはワーグナー派(リストやR. シュトラウスを含む)からの影響なしには考えられない。
 そして翌1899年末に完成する《浄められた夜》op. 4でも前半のクライマックス(202小節~)で減五短七の和音と増三和音の交代が用いられている【譜例1】。またこれらの和音に変化を加えることで、機能和声におけるドミナント(簡単にいえば緊張の役割=安定した主和音へ導く)としての性格を強めていく。


【譜例1】《浄められた夜》op. 4 198~204小節
譜例

A: 減五短七の和音       B: 増三和音


 ただしシェーンベルク自身の発言を追ってみると、詩人リヒャルト・デーメル(1863~1920)の存在なしに《浄められた夜》は作曲され得なかったようである。シェーンベルクはデーメル本人に宛てた手紙で「あなたの詩は作曲家としての私の発展に決定的な影響を及ぼしました。それらの詩は、初めて、私に叙情的雰囲気のなかに新しい音調を見つけ出すよう仕向けたのです」(石田一志訳)と語った。つまり、当時リアルタイムで賛否を巻き起こしていたデーメルの詩にインスパイアされることで、独自のサウンドを生み出すことができたのだと作曲家自身は感じていたのだ。
 具体例を挙げてみよう。《4つの歌》op. 2(1899)は第4曲を除いてデーメルの詩に基づいている。そのひとつ、第1曲「期待」の冒頭、「ミ♭・ソ・シ♭」という変ホ長調の主和音に挟まれる形で現れるのが「ミ♭・ラ・レ・ソ♭・ド♭」の和音だ【譜例2】。和音というものは3度の積み重ねによって通常は作られるが、この和音はそれでは説明ができない。では、どのように作られた和音かといえば、冒頭和音の根音となる「ミ♭」をベースに残しつつ、その上に置かれた「シ♭・ミ♭・ソ」を半音下げ、一番上の「シ♭」を半音上げたものなのだ。


【譜例2】《4つの歌》op. 2 第1曲「期待」冒頭
譜例

 これは音楽理論だと「偶成和音(accidental chord)」と呼ばれるもので、非和声音によって“偶発的に(accidental)”生まれたものと捉える(ちなみにワーグナーの「トリスタン和音」も偶成和音である)。
 そして偶成和音が非和声音によって生じるということは、対位法を用いた時に生まれやすいということも意味している。《浄められた夜》127小節では「ファ・ファ♯・ソ」、128小節では「ミ・ミ♯・ファ♯」といったように短2度音程を2つ含む、著しい不協和音がコンマ数秒程度の時間ではあるが耳にできる。


《ペレアスとメリザンド》と弦楽四重奏曲第1番

 《浄められた夜》の完成後、次なる大作としてシェーンベルクは《グレの歌》の作曲を始めるが、完成するのは1911年とかなり先のこと。そのため作品番号順で次の作品にあたるのは1902~03年に書かれた交響詩《ペレアスとメリザンド》op. 5だ。冒頭では偶成和音として増三和音を主に活用しつつ、それを中低音の楽器でオーケストレーションすることにより、無調に近づいている(とは必ずとも言い切れないのだが、その)ように感じさせるサウンドとなっている。
 さらなる試みがみられるのは25小節から。3本のファゴットが和音の核となる部分で、「ソ♯・シ・レ・ファ♯」という減五短七の和音の上に、半音階で下行するオーボエが「ファ」の音をぶつけたりして対位法的に絡むと、軋むような音が鳴るのだ。和声法の観点からいえば、ワーグナーの延長に位置する様式がまだまだ基調になっていることは間違いないが、この不協和音はロマン派から逸脱していると受け取られても仕方ないだろう。
 4管編成の《ペレアスとメリザンド》に比べて編成が著しく小さくなるため、聴覚上の印象は大きく異なるが、弦楽四重奏曲第1番ニ短調op. 7(1904~05)でも対位法的な音のぶつかりによって和声が拡張されている。例えば78小節では「ファ♯・ラ・ド♯・ミ」という短七の和音(マイナーセブンス)が核になっているが、冒頭から第1ヴァイオリンが「ド」、ヴィオラが「レ♯」という非和声音がぶつけられる【譜例3】。


【譜例3】弦楽四重奏曲第1番 ニ短調 op. 7 78小節
譜例

室内交響曲第1番と弦楽四重奏曲第2番

 1906年に完成した室内交響曲第1番ホ長調op. 9も、すっきりとした響きの印象が強いかもしれない。その理由のひとつは、楽曲冒頭に現れる完全4度で積み上げられた「4度和声」が、この作品の新しさとして紹介されることが多いからだ。だが実際は前述してきた、この時期のシェーンベルクを特徴づける増三和音や減五短七の和音の方が頻出している。156小節では「ド・ソ・シ♭・レ♭・ファ♯」という和音でこのセクションのクライマックスを迎える。面白いのは、ここに第3音にあたる「ミ」が存在していれば、もう少し調性音楽寄りに聴こえるはずなのだが、それがないことでよりモダンな響きになった。音を足すだけでなく、引くことで新しいサウンドを生み出しているのだ。
 そして和声拡張の試みがひとつの頂点に達するのが1907~08年に作曲された弦楽四重奏曲第2番嬰ヘ短調op. 10である。第3~4楽章でシュテファン・ゲオルゲ(1868~1933)の詩を歌うソプラノが加わる特殊な編成の弦楽四重奏曲で、音楽史の上では第4楽章においてシェーンベルクが無調に達した作品に位置づけられている。だが作曲家自身は「無調への決定的な進展はまだである。四つの楽章のそれぞれは主音で終わり、調性を提示している」(石田一志訳)と語っているのは、ここまでみてきた通り、徐々に調性を拡張した結果、生まれた音楽だと認識していたからなのだろう。
 弦楽四重奏曲第2番は、シェーンベルクが久々に多楽章を採用した作品という側面も持っているが、彼自身の回想によれば初演時、第1楽章では特に何の反応もなかったのに対し、第2楽章では冒頭から笑いが起こり、第3~4楽章に至って暴動が起きたのだという。ここからも分かるのは、この弦楽四重奏曲自体が1898~1908年のおよそ10年間におけるシェーンベルクの変遷を凝縮したような作品だということだ。第3楽章に向けて音使いは複雑になっていき、第4楽章では室内交響曲第1番にみられたように音を間引く瞬間が出てくる。
 例えば第4楽章の終盤、140小節で鳴る「レ・ファ・ラ・ソ♯」という和音があるが、ソプラノの歌い出す瞬間など、この楽章の印象的な瞬間に用いられる「レ・ラ・ソ♯」は、「ファ」がないだけなのだが聴覚上の印象はかなり異なる。音を間引くことで長・短調から離れていった新しいサウンドを、多くの人は「無調(atonality)」として受け取ったのだろう。
 ジェルジュ・リゲティ(1923~2006)は1978年のインタビューで「三全音と完全4度の組み合わせ、あるいは三全音と完全5度の組み合わせからなる、ウェーベルン的な長7度や、短9度を避けています。私にとって、これらはシェーンベルクのスタイルを暗に意味しており、使い古されて、消耗してしまったものなのです」(沼野雄司訳)と語っている。「三全音と完全5度の組み合わせ」というのは先ほどの「レ・ラ・ソ♯」を並べ替えた「ソ♯・レ・ラ」【譜例4】、「三全音と完全4度の組み合わせ」は弦楽四重奏曲第2番と同じ1907~08年に作曲された《2つの歌》op. 14の第1曲「私が感謝することは許されていない」の冒頭に登場する「ラ・レ♯・ソ♯」【譜例5】が該当する。こうして「無調」を特徴づける響きが生まれてきたのだった。


譜例


小室敬幸(作曲・音楽学)