東京都交響楽団

第8回 円熟のイタリア、ドイツ、チェコ時代

取材・文/長坂道子(エッセイスト)Michiko NAGASAKA

 都響創立60周年を記念して、2026年2月に卒寿を迎えた桂冠指揮者エリアフ・インバル氏に連続でロング・インタビューを敢行。地中海地域で民俗音楽を耳にした幼き日から、マーラーやブルックナーを指揮する巨匠としての活躍まで。その人生行路を辿ります。
(企画協力/平岡拓也)

ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世がヴェネツィアを訪れた際、フェニーチェ劇場で表敬コンサートが開かれ、エリアフ・インバルはマーラーの交響曲第2番《復活》より第4・5楽章を指揮した。左端に座っているのがインバル(1985年)。

オーケストラの飛躍

 「家族のようだった」と懐かしさを込めてインバル氏が回想するフランクフルト放送交響楽団時代(1974~90)。首席指揮者の契約終了後(1996年から名誉指揮者)もフランクフルトとはコンサート企画、遠征、レコーディングを通し、密な付き合いが続いたが、今回は、それと重なる形、あるいはそれに続く形でインバル氏の活躍の場となったフェニーチェ劇場(ヴェネツィア)、RAI国立交響楽団(トリノ)、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団(プラハ)、東京都交響楽団の時代の足跡を辿ってみよう。
 フェニーチェ劇場に首席指揮者として赴任した1984年から、チェコ・フィルの首席指揮者の契約期間を全うした2012年。上記オーケストラと濃密な時間を共有した年月は、年齢にして、インバル氏、48歳から76歳と、実に長きにわたる円熟の時代。中でも1991年以来の都響との仕事(ポストは年代順に特別客演指揮者、プリンシパル・コンダクター、桂冠指揮者)は、「芸術的な真の一体感と音楽上のコラボレーションという点で大変貴重なもの」だという。また直近の10年余り、躍進中の台北市立交響楽団の客演、首席、次いで桂冠指揮者を務めていることと合わせ、インバル氏の音楽的な重心は欧州から極東に移動したと言っても良いだろう。
 こうしたポストの提案は、経営陣が単独で訪ねてくることもあれば、オケの団員を伴うこともあったというが、いずれもオーケストラ側からの直接のアプローチという形でなされたという。
 「どこのオーケストラとも音楽的には卓越した関係」だったし、「どこも皆、就任当初に比べて格段にレベルを上げた」と氏は断言する。
 「そうなのです、もし私の人生で、一つ誇りに思えることがあるとすれば、それはまさにその点。私が関わったオーケストラは、いずれも私の在任中に飛躍的な成長を遂げてトップ・オーケストラのポジションを築き、私が離れた後もそのレベルを保ち続けているのです」

イタリアの音

 1970年代から定期的に客演していたフェニーチェ劇場とは、首席指揮者として5年間(1984~89)、音楽監督として4年間(2007~11)を共にした。
 「マーラーやブルックナーといった、それまでイタリアの聴衆にまったく馴染みのなかった音楽をサイクルという形で紹介することができたことはとてもエキサイティングな喜びでした」
 フェニーチェと共に、イタリアでもう一つ、音楽監督として氏が関わったのがRAI国立響(1996~2001)。公式なポジションは首席指揮者、のちに2年間、名誉指揮者(Direttore onorario)。
 「この楽団は、もともとトリノの放送オーケストラでしたが、当時、ミラノ、ローマ、ナポリにもRAI(Radiotelevisione Italiana=イタリア放送協会)のオケがあり、いずれも私はたびたび指揮をしたものでしたが、その3つと統合したのです。そしてそれに伴い、各オケで働いていた演奏家がこぞってトリノに来ました。その結果、私が入った時、5人の首席フルート、4人の首席ホルン、3人の首席ヴィオラなど、とにかく大変な過剰人数になっていました。私は時間をかけながらこの過剰人数の中から選択していかねばならず、それもまた重要な役割でした」。ここでもまたインバル氏は、非常に要求度の高い集中的な仕事に着手。その結果、彼らは少しずつ腕を上げ、「スカラと並んでイタリアでベストのオーケストラ」へと発展、今もそのレベルを保っているという。
 フェニーチェやRAIと紡いだそんな「ワンダフルな経験」は、彼らの持つ独特の音によるところも大きいそうだ。
 「イタリア人、彼らは雰囲気(atmosphere)というものに対して特別な相性を持っています。テクニックという点でいえば、アメリカやロンドンのトップ・オーケストラはより超絶技巧的な腕を持っていますが、イタリアの彼らは情緒(emotion)の面で独特の感覚を備えている。彼らがイタリア・オペラを得意とする所以ですね。ですから、同じ曲を指揮しても、フェニーチェ劇場管弦楽団、チェコ・フィル、フィルハーモニア管弦楽団、あるいはロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団とでは出てくる音が違うのです」
 そのためもあるのだろう、氏のコンサートを欠かさず聴いてきた妻のヘルガさんは、特定の交響曲について、「この曲はフェニーチェの演奏が一番好きだわ」と言うことが時々あるのだそう。

涙を流す旧「東ドイツ」の老演奏家たち

 ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団(当時の名称は「ベルリン交響楽団」/2006年改称)との出会いはベルリンの壁崩壊(1989年)からまだ数年しか経っていない時期だった。このオーケストラの指揮をする機会が幾度かあり、その直後に首席指揮者のオファーが来たのだった。「パリまで私を訪ねてきてくれたのですが、フランクフルト放送響との契約上、今すぐ、あなた方の首席指揮者になることはできない」と回答。そんなわけでコンツェルトハウスではまずはタイトルなしの指揮者になり、のちに首席指揮者になった(2001~06)。
 インバル氏にとってそれはとても魅力的な仕事だった。というのも、彼らは「抑圧的な政治体制からやってきた」から。
 「そのことが感じられるのです。まず彼らはなんとなく硬い。何しろ、彼らがやって来た体制のもとでは常にコントロールされていて何も自由に言うことができなかったのですからね。けれど数ヶ月すぎると、なんとなくこう動き出すんですね。音楽と共に、体が流れるようになってくる。感情的に解放されてくるのです」
 その変化は劇的だったという。「まったく別のオーケストラになりました。そうして8年後(公式なポストの前の2年、後の1年を含めた年月)に私が去った時、彼らは私に言うのですね、“ミスター・インバル、あなたは私たちの人生を変えました”と。旧東ドイツ出身の高齢の演奏家たち、彼らが涙を流しながらそう言うのです」
 そんなコンツェルトハウスとの7年間でとりわけ印象に残っているのが、首席指揮者として初めて演奏したハイドンのオラトリオ《天地創造》だった。「この曲、とりわけ冒頭の部分は、まさに創造とはこうしたものだという雰囲気に満ち溢れています。すべての音、すべてのニュアンス、すべてのフレージングが重要で特別。ただ音符をなぞるのではなく、一音一音をそのように演奏しなくてはいけない。それを彼らは非常によく理解しました。こうして職業的ルーティーンのオケ(routine professional orchestra)ではなく、一大イベントのオケ(event orchestra)として生まれ変わったのです」
 「彼らとはマーラーの交響曲第5番をソウルでやりましたが、あの時も素晴らしかった」と懐かしむインバル氏。終演後、「マエストロ、我々にとって人生最高のコンサートでした」と声を震わせたクラリネット奏者の言葉が忘れられないと言う。

中央ヨーロッパという文化圏

 「エージェントを通してポジションを得たことは1度もありません」との氏の言葉に違わず、チェコ・フィルとの縁も、他のオケ同様、ゲストとして指揮をした後に、経営陣からの直接のオファーという形で話がまとまった(首席指揮者/2009~12)。
 チェコ・フィルといえば、創立演奏会を指揮したのはドヴォルザーク。またかつて首席指揮者を務めていたが体制に反対して西側に亡命したラファエル・クーベリック(1914~96)の名も思い浮かぶ。時勢に翻弄され、数々の試練をかいくぐってきたチェコ・フィル。しかしインバル氏が就任した当時は、その輝かしい評判に「少し陰りが見えていた時期」だったそうで、「演奏から正確さが失われていたというようなことを彼らのツアーを企画するエージェントから耳にしていた」と言う。氏が見る限り、「弱いポジションというのはさほど見当たらなかった」そうだが、やはりこの時も「いつものように要求の高い厳しいリハーサルを3年間」。そうして彼らは「過去の栄光を取り戻した」と言う。
 「各国のオーケストラの音。それはそれぞれの言語の写し鏡でもある。その国のメンタリティを感じたかったら、街に出て人々の言葉に耳を傾けるのが一番だ」という持論をもつインバル氏にとって、チェコはまず何よりも中央ヨーロッパの国であり、中央ヨーロッパ的な言語とメンタリティがその音楽にも表れる。そこではブラームスやマーラーは肌の一部のようなものであり、一方、古くから伝わる民族音楽やジプシー(ロマ)の音楽も彼らの音。逆にフランスの音楽を演奏するには、軽やかさ、エレガンスなどを意識的に作り出していく必要がある、と考える。
 チェコ・フィルとは、スメタナ、ドヴォルザーク、ヤナーチェクをはじめとするチェコの音楽の演奏はもちろんのこと、マーラーの多くの作品の演奏・録音も果たしたインバル氏。ドイツやアジアの仲間と奏でたマーラーとはまた一味違う音がそこにはある。
 「当然です。それぞれのお国柄、キャラクターというのは確かにあって、それは本当に興味深いのです」
 興味深い、といえば「指揮という仕事そのものが非常に興味深い仕事だ」と氏は続ける。
 「なぜならそこには多数のファセット(切り口、側面)があるから。ホールはそれぞれアコースティックが違うし、オーケストラが変わればまた違うタイプの人間たちがいる。曲が書かれた時代にもよれば、演奏者や指揮者のその日の状態にもよる」
 ここで言う「その日の状態」とは、しかし、単に心身のコンディションといったことに止まらない。
 「たとえば、ブルックナーのシンフォニーを演奏したとします。終演後、サイン会があって、私のCDを持って並んでくださる方が、“マエストロ、今日のテンポは録音のものと違いましたね”というようなことをおっしゃる。当たり前のことです。なぜなら私のテンポは、その瞬間、どこの場所にいて、人類の歴史の中のどの地点にいて、ということに関わってくるからです。昨日と今日は同じではない。だから当然のこと、テンポだって変わるのです。というか、違っていることを祈りますよ(笑)」
 この連載の前半で、音楽がもたらす「moments de grâce(モモン・ドゥ・グラース)(至福の瞬間)」という話に触れたが、つまり「指揮すること、音楽を奏でることは、毎回新しく、そしてそれは今回これでいこう、と決めてそうなるわけでもない。人類の長い時間の中の今、ここ、という瞬間に感知するあらゆる要素が、そこから発出する音に出る。私はそのようにやってきました」
 いよいよ2026年2月に90歳の誕生日を迎えるマエストロ。
 「それを素晴らしい都響のみなさんと祝えてとても幸せです。それはまた、これまでの長年にわたる実りあるコラボレーション、たくさんの録音やマーラー・サイクル、そして温かく耳を傾けてくれる都響の聴衆のみなさんを祝福する機会でもあります」
 誕生記念の都響とのコンサートは、本稿が公開される頃には、無事終了しているはずだ。インバル氏のご家族もこのおめでたい機会に世界中から大集合されるという。プログラムはマーラーの交響曲第8番《千人の交響曲》。どんな「瞬間」がインバル氏にもたらされ、そこからどんな音が紡ぎ出されるのだろうか。




【CD】
マーラー:交響曲第5番
エリアフ・インバル指揮 チェコ・フィル
〈録音:2011年1月20, 21日/ルドルフィヌム・ドヴォルザーク・ホール、プラハ〉
[EXTON EXCL00060] CD&SACDハイブリッド盤
*インバル&チェコ・フィルのマーラー録音は、上記に加え『交響曲第1番《巨人》』[EXCL00085]と『交響曲第7番』[EXCL00077](2枚組)が国内盤としてリリースされた。