再会はドラマチックに!
2014年4月二期会オペラ『蝶々夫人』以来、共演を重ねるごとに信頼関係を深めてきたダニエーレ・ルスティオーニが、コロナ禍でのキャンセル(2020年7月)を経て、《ローマの祭》とともに7年半ぶりに都響の指揮台に戻ってきます。フランス国立リヨン歌劇場名誉音楽監督とともに、2025/2026シーズンからはメトロポリタン歌劇場首席客演指揮者も務めるルスティオーニと都響の華麗なる再会にご期待ください。
-
ダニエーレ・ルスティオーニへの期待
文/香原斗志(音楽評論家)
世界中で八面六臂の活躍
© Reinhard Winkler
心が踊った。驚喜したといっても大げさではない。ダニエーレ・ルスティオーニが東京都交響楽団の首席客演指揮者に就任するというニュース。「1年に1回は来日したい」と語りながら、前回の来日からコロナ禍をはさんで8年も空白ができ、日本を見向く余裕はもうないのかとさえ思ったが、そんなことはなかった。後述するが、都響への特別な思いも健在だった。
もう10年近く前だろうか、イタリアの若い指揮者「三羽がらす」が話題になり、その1人がルスティオーニだった。以来、欧米を中心に仕事の需要は高まる一方で、海外の歌劇場や音楽祭の責任者に「ルスティオーニを招聘しないのか」と尋ねて、「忙しすぎてスケジュールを押さえられない」と返答されたことは、一度や二度ではない。
実際、世界中で八面六臂の活躍である。オペラでは2025/26シーズンからニューヨークのメトロポリタン歌劇場(MET)の首席客演指揮者に就任。英国ロイヤル・オペラの次期音楽監督候補にも最後まで名前が残っていた。ミラノ・スカラ座やウィーン国立歌劇場でも、ルスティオーニが指揮するというと、期待が特別に高まる。その理由は、音楽に触れればすぐに理解できるはずだ。
細部まで徹底して洗練され、表情は起伏に富み、時に融通無碍で心地よく、時に衝撃的なほどダイナミックな音楽。楽譜に徹底的にこだわるが、楽譜の背後にある種々の文脈から目をそらさない。また、特筆すべきは、共演者との分厚い信頼関係である。これほど歌手やオーケストラの楽員がこぞって絶賛する指揮者は、あまりいない「30年後にはジュリーニの水準に」
都響との初共演は2014年4月、東京二期会オペラ劇場のプッチーニ『蝶々夫人』で、ルスティオーニは強い衝撃を受けたという。当時こう語っていた。「リハーサル室にはじめて入ったとき、ほぼ全員の譜面台に『蝶々夫人』の総譜が載っていて、みな休憩時間にまで勉強していました。こんな景色はほかでは見たことがなく、みな演奏家として非常に誠実で、職業意識が高いことに驚かされました」。
ルスティオーニがこの話を強調するのは、むろん、「誠実な職業意識」が演奏に現れていたからである。私はこの体験を繰り返し聞かされた記憶があり、「日本に戻るときは都響を指揮するときだ」とも語っていた。
生まれはミラノで、リッカルド・ムーティの指揮姿に憧れて指揮者をめざし、同地のヴェルディ音楽院で学んだ。その後はシエナのキジアーナ音楽院でジャンルイージ・ジェルメッティ、英国ロイヤル・オペラでアントニオ・パッパーノに師事し、2008年から2年間、サンクトペテルブルクのミハイロフススキー劇場の首席客演指揮者を務めながら、ロシアの交響曲にも広く触れ、次第に各国の作品にレパートリーを広げていった。
イタリア人指揮者だからイタリア音楽、と思われることを嫌い、「(自分を含めて)完璧な音楽家はドイツやフランス、ロシアの曲も指揮すべきものだ」と公言し続ける。ルスティオーニから聞いた言葉で、私にもっとも強く刻印されているのは、「僕は30年経ったら、カラヤンやジュリーニのようなレベルの音楽家になっている。そこから逆算してキャリアを積んでいる」というものだ。
その話を聞いたときは、すでにフランス国立リヨン歌劇場の首席指揮者として、着実にレパートリーを拡大していた。2022年には、国際オペラアワードで「最優秀指揮者」に選ばれている。オーケストラの分野での評価もオペラに負けず劣らず高い。2025/26シーズンは、クリーブランド管弦楽団、サンフランシスコ交響楽団、ダラス交響楽団、シアトル交響楽団などアメリカでの予定も多く、土台は着実に固められている。特別な感性と実践する力
ルスティオーニと話すと、音楽をとらえる特別な感性にも驚かされる。以前、都響で演奏した曲目に、デュカス『魔法使いの弟子』、レスピーギ『ローマの噴水』、ベルリオーズ『幻想交響曲』が並んでいた。そのときルスティオーニは、おおむね次のように語った。「デュカスではフランス人ならではの感覚的効果を表現できます。レスピーギはイタリア人ですが、『ローマの噴水』はフランスの書法にかなり近づいているので、水流を色彩的に描写できます。これら2曲の要素をベルリオーズでひとつにまとめ、弦を鋭く弾いても重くならないような名人芸を示したい」。
各曲の様式がたしかに保たれたうえで、ホールに多種多様な色彩があふれたのが、強い印象として残っている。
2023/24シーズンにMETでヴェルディ『ファルスタッフ』を指揮した際にインタビューしたが、そのときも印象的なことを語っていた。一例を示すと、「このオペラでヴェルディはそれまでと違って、声を楽器のようにあつかっています。声がときにオーボエやフルート、ファゴットなどと同じように用いられるので、オーケストラもおのずと室内楽へのアプローチのようになり、時に20世紀音楽の合奏のようです」。
そういう面を、従来からのヴェルディの特徴であるリリックな側面に重ね、鮮やかなコントラストを形成し、音楽を沸き立たせながらエレガンスを加える。視点が鋭いだけではない。かなりの力量がなければ、それを実践できないし、聴き手を納得させることはなおさらできない。実践する上では、ルスティオーニと都響のような強い信頼関係も不可欠である。
こうした高い次元の音楽的興奮を、これからは都響の定期演奏会で味わえる。驚喜せざるをえない理由が伝わったと思う。
© Davide Cerati