東京都交響楽団

大野和士
ベルリオーズ:《ロメオとジュリエット》(バレエ付き)
東京シティ・バレエ団 新国立劇場合唱団 他
(サラダ音楽祭メインコンサート/ 2019年9月16日/東京芸術劇場)

第3回 コロナ禍を乗り越えて
   (2019年4月~2021年3月)

文/東条碩夫(音楽評論) Hiroo TOJO

 『東京都交響楽団50年史』(2015年発行)に掲載した「東京都交響楽団50年演奏史」の続編として、2015年度以降の都響の歴史を振り返ります(5回予定)。「50年演奏史」と同じく東条碩夫氏にご寄稿いただきます。


2019年度楽季の盛況

 2019年度楽季(2019年4月~2020年3月)は、大野和士音楽監督の指揮を中心に、充実した内容の演奏で開始された。
 彼の指揮では、まず4月のC定期と大阪特別公演でのベルリオーズの《幻想交響曲》が評判を呼んだが、B定期におけるラフマニノフの《交響的舞曲》での豊麗さと、シベリウスの第6交響曲での怜悧明晰さとを対比づけた演奏も、彼と都響の好調な関係を証明する一例であったろう。だが彼らの演奏の快調さは、「東京・春・音楽祭」に出演してのシェーンベルクの《グレの歌》(東京文化会館)で、より見事に発揮されていたように思われる。大野はまるでオペラのように起伏豊かに、しかも山鳩(藤村実穂子)やトーヴェ(エレーナ・パンクラトヴァ)など、それぞれのキャラクターの性格を際立たせるようにオーケストラを構築、劇的な大曲における演出の巧みさを示したのである。
 大野はさらに8月、「サントリーホール サマーフェスティバル」で、英国の現代作曲家ベンジャミンのオペラ『リトゥン・オン・スキン』を取り上げ、都響を指揮して、この色彩的な大作を手際よく再現してみせた。そして9月には定期A・B・Cをすべて指揮、特にAとBでは、都響の歴史に大きな功績を残した故・若杉弘の没後10周年を記念し、ブルックナーの第9交響曲などを指揮した。またC定期ではシベリウスの第2交響曲を強固な構築と厳しい表情を備えた豪壮な演奏で聴かせ、全曲の大詰めでは全管弦楽を壮大に轟かせて聴衆を沸かせていた。その他にも9月の東京芸術劇場における「サラダ音楽祭」でベルリオーズの劇的交響曲《ロメオとジュリエット》をバレエ付きで演奏するなど、快進撃を続けた。
 一方、首席客演指揮者アラン・ギルバートは、7月のB定期とC定期に登場し、モーツァルトの交響曲《プラハ》とブルックナーの第4交響曲《ロマンティック》を指揮した。さらに12月にはA・B・C全ての定期を指揮して本領を発揮する。そのうち、A定期とC定期では、リスト~アダムズ編曲の《悲しみのゴンドラ》、バルトークのヴァイオリン協奏曲第1番(ソロは矢部達哉)、アデスの《クープランからの3つの習作》(日本初演)、ハイドンの交響曲第90番という多彩なプログラムを指揮し、日本のファンに彼の新鮮な側面を披露したが、やはり人気を集めたのはB定期と都響スペシャルで指揮したマーラーの第6交響曲《悲劇的》であったろう。都響もホルン群を筆頭に各パートが充実、均衡豊かなアンサンブルを響かせた。極度にエネルジーコ(精力的に力強く)な演奏で、「悲劇的」というイメージはやや薄らいでいたものの、終演後の聴衆の歓声と拍手はひときわ熱狂的で、彼の人気の高さを示していた。

アラン・ギルバート
アラン・ギルバート
マーラー:交響曲第6番《悲劇的》(12月14日)
(都響スペシャル/ 2019年12月14・16日/サントリーホール)
 また、桂冠指揮者エリアフ・インバルが出演した11月のA・C定期とプロムナードコンサートも、全ロシア・プログラムという、彼にしては珍しい選曲で好評を呼んだ。特にA定期で指揮したショスタコーヴィチの交響曲第11番《1905年》は圧巻で、冒頭楽章から一触即発の雰囲気が宮殿前広場に立ち込めているといったような緊張感に満ちた演奏を展開、終楽章の昂揚に至るまでを切れのいいリズムでたたみ込んでいくその設計の冴えは鮮烈を極めた。インバルはプロムナードでもロシア・プロを指揮したが、ここでもチャイコフスキーの《ロメオとジュリエット》など人気名曲集で、一切手抜きをしない綿密な演奏構築は実に見事であった。
 終身名誉指揮者・小泉和裕は7月A定期や10月B定期に登場、ブラームスの第2交響曲やブルックナーの第7交響曲などスタンダード・プロで手堅い指揮を披露。定期への客演指揮者としては他にアンドリュー・リットン(5月A定期)、アレホ・ペレス(6月C定期)、マーティン・ブラビンズ(2020年1月B定期)らも登場したが、とりわけ人気を集めたのは10月A定期に客演したマルク・ミンコフスキと、翌年2月の都響スペシャルおよびA定期に客演したフランソワ=グザヴィエ・ロトであったろう。ミンコフスキはシューマンの第4交響曲初稿版とチャイコフスキーの《悲愴交響曲》という、彼としては珍しいレパートリーを指揮、その分析的な演奏構築により、作品に対する新しい見方を提示して熱心なファンの興味をそそった。またロトは、ラモーの『優雅なインドの国々』組曲とルベルの《四大元素》でバロック・オペラのファンを沸かせ、ラヴェルの《ダフニスとクロエ》全曲では都響から光彩陸離たる音を引き出し、カーテンコールを熱狂に沸き立たせたのだった。
小泉和裕
ブルックナーの交響曲第7番終演後、古稀の誕生日で花束を贈られた小泉和裕
(第889回B定期/ 2019年10月16日/サントリーホール)

感染症拡大に翻弄された2020年度楽季前半

 だがそのロトの客演の直後、日本の音楽界は、それまでなかったような出来事に襲われることになる。2月上旬から少しずつだが確実な形を取りはじめた、新型コロナウイルス感染者数の増加である。―その結果、2月末までには、全国のオーケストラやオペラ団体などが、公演の中止、あるいは延期という事態に直面することになった。都響も、2月8日の小泉和裕指揮プロムナードコンサートのあとは、感染拡大防止の観点から、自主公演をすべて中止する方向へ追い込まれていく。3月の大野和士と小泉和裕の指揮で予定されていた定期などは、すべて中止された。
 さらに2020年度楽季に入ると、4月の大野和士指揮によるメンデルスゾーンの《讃歌》、クラウス・マケラ指揮によるショスタコーヴィチの《レニングラード交響曲》、5月の山田和樹指揮による「三善晃の反戦三部作」、そして都響音楽監督と新国立劇場オペラ芸術監督を兼任する大野和士ならではの企画―新国立劇場と東京文化会館の共同制作の形を採った6月のワーグナーの『ニュルンベルクのマイスタージンガー』上演、現地の音楽祭に参加する形で予定されたヨーロッパ・ツアー(8月7~12日/オランダ、スペイン、英国)といった注目の大物企画も軒並み中止のやむなきに至り、ファンを落胆させたのであった(ただし、これらを含め中止または延期となった企画の多くは、のちに復活されることになる)。
 なお6月11日と12日、大野と都響は東京文化会館との協力により、「COVID-19(新型コロナウイルス)影響下における演奏会再開に備えた試演」を行った。これはオーケストラや声楽の演奏により、エアロゾル、飛沫など実際の問題に関し専門家の立会いのもと、実験と測定を実施するという興味深い試みであった。その現場では「金管も木管も危惧されたほど飛沫の問題は無さそう」とか「声楽は言語と発音により飛沫の度合いが異なる」などという意見も発表されたが、いずれにせよその後の演奏会再開へ向けた具体的な方策として「演奏会再開への行程表と指針」が6月25日に策定された(7月27日改訂)ことは、他の楽団にとっても大きな励ましとなったであろう。自らあちこちの医科大学や大学病院に連絡して専門家を探し、この試みを実現させた大野の努力は偉とするに足る。
試演
大野和士指揮の写真 (6月11日)
モニターがある写真 (6月12日)
COVID-19(新型コロナウイルス)影響下における演奏会再開に備えた試演
(2020年6月11・12日/東京文化会館)

 一方、すでに3月頃から一部の楽団は非公開演奏を配信したり、また6月頃からは客席や楽員の配置に配慮しつつ公開演奏を再開したりするなど、さまざまな試みに取りかかっていた。慎重を期していた都響も、ついに7月12日、大野和士の指揮によるプロコフィエフの《古典交響曲》、ベートーヴェン生誕250年記念・交響曲全曲シリーズの一環としての第1交響曲などのプログラムを以て公開演奏を再開する。
 ただし、編成は縮小して2管編成、弦も12型編成とし、また客席に空間性を保持するためチケットを払い戻して入場者数を制限し、「定期」の形を採らずに「都響スペシャル」と銘打っての再開であった。予定されていたプログラムを一部変更し、来日不可能となった外来演奏家の代わりに国内の演奏家を迎えるなどの方策も講じられた。これらはすべて、この危機のさなかにあっても音楽活動を続けたい、音楽を聴きたい、という演奏家や聴衆の欲求の反映だったのである。
ベートーヴェン:三重協奏曲
大野和士
矢部達哉・都響コンサートマスター就任30周年記念
ベートーヴェン:三重協奏曲
ヴァイオリン/矢部達哉 チェロ/宮田 大 ピアノ/小山実稚恵
(都響スペシャル/ 2020年9月16日/サントリーホール)
マーラー:交響曲第1番《巨人》
大野和士
チャイコフスキー:《くるみ割り人形》全曲(12月25日)
在京オーケストラで唯一、《第九》演奏を断念して《くるみ割り人形》を演奏
(都響スペシャル/ 2020年12月25・26日/東京文化会館)

復活の兆し―2020年度楽季後半

 定期に替わる形の「都響スペシャル」は、9月以降も継続された。その過程で、9月の大野和士指揮によるシューマンの交響曲《ライン》で弦編成にも14型が復活され、12月の小泉和裕指揮によるブラームスのピアノ協奏曲第1番とベートーヴェンの第5交響曲では16型も復活された。また「ベートーヴェン生誕250年記念・交響曲全曲シリーズ」も、《第9》を除き、翌年2月までに完成された。9月16日の大野指揮による「矢部達哉・都響コンサートマスター就任30周年記念」は、当初予定のプログラム(ベートーヴェンの三重奏曲と《英雄交響曲》)を変更せずに開催されている。これらを通じ、オーケストラ界にも一応の明るい兆しが見えて来たことはたしかであろう。
 この形による「都響スペシャル」は、大野(9月、12月)のほか、小泉和裕(10月、11月、12月)、梅田俊明(10月)、沼尻竜典(11月)、ロッセン・ゲルゴフ(12月)、エリアフ・インバル(2021年1月)、川瀬賢太郎(2月)、尾高忠明(3月)、鈴木優人(同)、下野竜也(同)らを迎えて続けられたが、その中には、当初の定期で予定されていたプログラムをそのまま生かしたものもあり、また指揮者の変更に伴ってプログラムが変更されたケースもあった。
 たとえば、年末のアラン・ギルバート指揮《第9》は前出の通り断念されたが、その代わり大野和士の指揮でチャイコフスキーの《くるみ割り人形》を、事前に収録された二期会合唱団の音声を交えて演奏するという珍しい試みがなされ、シンフォニックで重厚な迫真力に富んだ演奏で成功を収めた。また2月の定期A・Bで大野の指揮により予定されていたマーラーの《復活》も、当初の独唱者(中村恵理、藤村実穂子)と合唱団の一部(新国立劇場合唱団の男声合唱)をそのまま生かし、ブラームスの《アルト・ラプソディ》とマーラーの第4交響曲の演奏に差し替えるという洒落た工夫も講じられた。
 外来指揮者の登場も、部分的には実現を見ている。ヤクブ・フルシャの代わりに登場したロッセン・ゲルゴフは、プログラムを変えてサン=サーンスの第3交響曲《オルガン付》他を指揮したが、切れのいいデュナミークを備えた表現で都響を久しぶりに咆哮させた。またエリアフ・インバルが予定通り来日し、ブルックナーの第3交響曲(初稿版)やベートーヴェンの《田園交響曲》と第7交響曲を指揮したことは、とりわけファンを喜ばせた。ブルックナーでの弦16型による豪快な響きの迫力は久しぶりの大音響の拍手を呼んだが、もし飛沫感染防止のためにブラヴォーの発声が禁止されていなかったなら、さらなる熱狂の坩堝となっていたことであろう。
ブルックナー:交響曲第3番(初稿版)
エリアフ・インバル
ブルックナー:交響曲第3番(初稿版)(1月13日)
(都響スペシャル/2021年1月12・13日/東京文化会館・サントリーホール)

サラダ音楽祭写真 ©TMSO
上記以外の写真 ©堀田力丸