東京都交響楽団 創立50周年記念 札幌特別公演

小宮 正安

 物事には往々にして、“中心”とみなされるものがある。クラシック音楽の場合、19世紀初頭までその中心は、イタリア、フランス、ドイツの3つの言語圏だった。だが徐々に、東欧やロシア、南北アメリカやアジアなど“周縁”の地でもクラシックの語法による音楽が盛んになり、“中心”と“周縁”は互いに影響を与えながら発展を遂げていった。本日のプログラムには、そんな“周縁”に花咲いた作品が並んでいる。

外山雄三:管弦楽のためのラプソディー

 典型的な例が、外山雄三(1931~)作曲の《管弦楽のためのラプソディー》。当作品は1960年にNHK交響楽団が日本のオーケストラとして初の海外公演を行った際、アンコール曲として各地で上演された。しかも海外公演に先立つ日本での初演の際にも、アンコールとして取り上げられている。「メイン」のプログラムではなく「アンコール」。言葉を変えれば、演奏会の“中心”ではなく、“周縁”に位置する作品という扱いだが、あっという間に知名度を上げ、現在では日本を代表する管弦楽曲の1つとなっている。

 また当作品は、クラシック音楽の“中心”であるヨーロッパから遠く離れた日本の作曲家による、(そして少なくとも初演当時は)日本の指揮者とオーケストラによる演奏を念頭に書かれた点も重要だ。しかも、クラシック音楽の伝統の“周縁”に位置する人間が、“中心”との差異を強調するべく、あえて日本の民謡を積極的に取り入れることで、この作品は日本発のオーケストラ曲として確固たる地位を築き上げた。

 実はそれを可能にしたのが、「ラプソディ」というジャンルに他ならない。ラプソディは自由な形式を旨とし、民族的な旋律も満載できるのが特徴だ。つまり、例えば交響曲に象徴される厳格な形式を重んじるクラシック音楽のレパートリーの、“中心”ではなく“周縁”に位置している。まただからこそ、形式に因われない奔放な表現が愛された19世紀に一世を風靡し、それが20世紀にも受け継がれた。

 《管弦楽のためのラプソディー》も、そうしたラプソディの精神に則ったもの。全体は3つの部分から成り立っており(といっても切れ目なく演奏されるが)、「あんたがたどこさ」「ソーラン節」「炭坑節」「串本節」が次々と現れる第1部、「信濃追分」がフルート独奏で纏綿(てんめん)と演奏される第2部、「八木節」で盛り上がる第3部という構成だ。逆に言えば、交響曲にも見られる「急-緩-急」の型を踏まえ、しかも交響曲顔負けの色彩豊かな音のパレットを用いながら、あくまでラプソディである前提を崩すことのない、いわば「交響的ラプソディ」である。

作曲年代 1960年 改訂/2001年3月
初  演 1960年7月 東京 東京都体育館 岩城宏之指揮 NHK交響楽団
楽器編成 ピッコロ、フルート2(第2はピッコロ持替)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、拍子木、キン、うちわ太鼓、締太鼓、大太鼓、ウッドブロック、ボンゴ、鈴、チャンチキ、ハープ、弦楽5部

ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー

 アメリカに生まれ、ポピュラー音楽の世界で頭角を現したジョージ・ガーシュウィン(1898~1937)も、「アメリカ」「ポピュラー音楽」という二重の意味で、ヨーロッパのクラシック音楽の“周縁”にいた作曲家だ。だが彼はやがてクラシック音楽の世界にも進出を果たし、袋小路に陥りかけていたヨーロッパのクラシック音楽という“中心”に新風をもたらす存在として、当の“中心”にいる有名作曲家〔イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882~1971)やモーリス・ラヴェル(1875~1937)ら〕から絶賛を受けた。

 そんなガーシュウィンの代表作の1つが、1924年に作曲された《ラプソディ・イン・ブルー》。ジャズを象徴する和声である「ブルー・ノート」の「ブルー」をタイトルに戴いたジャズ風のラプソディという意味合いで、ここからして“周縁”の“中心”に対する挑戦が窺える。しかも元々は、ジャズ・バンドのバンド・リーダーとして有名だったポール・ホワイトマン(1890~1967)からの依頼を受け、ガーシュウィンが2台ピアノ用に下書きした楽譜を、ファーディ・グローフェ(1892~1972)がビッグ・バンドとピアノのために編曲し初演が行われたといった具合に、ジャズの要素がかなり濃い作品だった。

 ただしその後、当作品には数回にわたる編曲の手が加えられてゆく。初演の年にガーシュウィン自身が完成させた2台ピアノ版をはじめ、1926年にグローフェが編んだオーケストラと独奏ピアノのための版、1927年にガーシュウィンが作ったピアノ独奏版、1938年にグローフェが再編曲したオーケストラ版(独奏ピアノなしでも演奏可能になっている)、ガーシュウィン作品の編集者だったフランク・キャンベル=ワトソン(1898~1980)が1926年版をもとに1942年に改訂したオーケストラと独奏ピアノのための版……。こうした歩みを見ると、そこにはガーシュウィン自身の作曲家人生にも似て、ジャズからクラシックへの歩み寄り、さらにいえば“周縁”と“中心”との融合が見て取れる。

 じっさい曲自体も、シンフォニック・ジャズ、あるいは協奏曲ジャズといってよい内容となっている。もちろん「ラプソディ」というタイトル通り、自由な形式の楽曲ではあるのだが、クラシック音楽の中核ともいえるソナタ形式に則って考えるならば、曲が始まってすぐにクラリネットで演奏されるテーマを第1主題、その後まもなくホルンを中心とする管楽器が演奏するテーマを第2主題と捉え、両者が様々に拮抗しながら曲全体が作られてゆくと考えることも可能だろう。また独奏ピアノが、同じフレーズを何度も転調させることによって楽想を高揚させてゆく手法は、クラシック音楽のハイライトともいえる19世紀ロマン派の時代に様々な作曲家が用いた手法だったのである。

 こうして“周縁”に生まれ育ったガーシュウィンの作品は、今やクラシック音楽の“中心”に入り込み、このジャンルになくてはならないレパートリーと化したのである。

作曲年代 1924年
初  演 1924年2月12日 ニューヨーク 作曲者独奏
楽器編成 (1942年版)フルート2、オーボエ2、クラリネット2、バスクラリネット、サクソフォン3、ファゴット2、ホルン3、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、グロッケンシュピール、タムタム、小太鼓、シンバル、トライアングル、弦楽5部、独奏ピアノ

ドヴォルザーク:交響曲第8番 ト長調 op.88 B.163

 ボヘミア(チェコ西部)出身のアントニン・ドヴォルザーク(1841~1904)が書いた交響曲第8番は、「交響曲」を名乗るだけのことはあり、本日のプログラムの中では、西洋クラシック音楽の最も“中心”に位置する作品だ。しかも伝統的な交響曲の伝統に則り、第1楽章はソナタ形式、第2・3楽章は三部形式、第4楽章はソナタ形式風の変奏曲という構成となっている。ところが仔細に眺めてみると、様々な箇所で、“中心”に安住しない仕掛けが施されているのも確かなのだ。

 例えば第1楽章(アレグロ・コン・ブリオ)の序奏の冒頭、チェロが奏でる哀愁溢れるメロディが楽章全体の主題となるかと思いきや、序奏の後半部分で現れるフルートの明るいテーマが、そのまま同楽章の主部の第1主題となってゆく。形式にがんじがらめになるのではなく、むしろ溢れんばかりのメロディが形式を先導してゆくという格好であって、ラプソディ風のソナタ形式という新たなスタイルが形作られている。

 第2楽章(アダージョ)の冒頭部分でも、憂いを含んだボヘミア風のメロディが、鳥のさえずりを思わせる動機の中へと溶解し、ラプソディの特徴である「自由な形式」や「民族的な旋律」が前面に押し出されている。同楽章のエピソード部分でも、ヴァイオリン独奏を伴って別のボヘミア風メロディが新たに出現するが、このヴァイオリン独奏もクラシック音楽の定番である纏綿とした美しさの象徴というよりかは、土の匂いを濃厚に含んだ民族音楽(これもラプソディには付き物の表現である)用の楽器といった趣だ。

 また有名な第3楽章(アレグレット・グラツィーソ)は、交響曲の定番に一応則って舞曲調の音楽となってはいるものの、メヌエットやスケルツォといったお決まりの形式ではなく、ワルツを彷彿させる作りなっているのが特徴。

 そして交響曲の結論部分ともいえる第4楽章(アレグロ・マ・ノン・トロッポ)では、これまたボヘミア風のメロディが様々な形に変奏されてゆくが、その変奏も実にヴァラエティに富んでおり、途中にはトルコの軍隊行進曲を彷彿させる箇所まで出現する、ラプソディ風変奏曲となっている。

 それにしても、一見スタンダートでありながら、仔細に検討すれば異色の要素に溢れた交響曲を作ったドヴォルザーク自身、“周縁”と“中心”を往き来した人ではなかったか。ボヘミアの寒村(=“周縁”)に生まれ育ち、やがて当時この地を支配していたオーストリアのウィーン(=“中心”)と密接な関係を持つようになった。特に当時ドイツ音楽界の大立者と言われていたヨハネス・ブラームス(1833~97)との親交は、そのキャリアと音楽観に決定的な影響を与えた。しかもブラームス本人もそうであったように、ドヴォルザークもまた、西洋クラシック音楽の“中心”に安住するのではなく、そこに常に新風を吹き込むことで、当の“中心”を守ろうとした。

 とりわけ交響曲第8番は、それに先立ってブラームスが発表した、これまた正統性の中に異色性が明滅する交響曲第3番・第4番から影響を受けており、しかもドイツ系のブラームスにはなしえなかったドヴォルザークならではのボヘミア的要素がふんだんに用いられている。

 こうして、クラシック音楽の世界における“周縁”は“中心”を取り込んだ。それはとりもなおさず、20世紀という来たるべき時代を席巻した新しい音楽のあり方の先駆けでもあった。

作曲年代 1889年
初  演 1890年2月2日 プラハ 作曲者指揮
楽器編成 フルート2(第2はピッコロ持替)、オーボエ2(第2はイングリッシュホルン持替)、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、弦楽5部

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