第797回 定期演奏会Bシリーズ

ラヴェル:スペイン狂詩曲

 フランスの作曲家モーリス・ラヴェル(1875~1937)には有名な《ボレロ》をはじめ、スペインに題材を採った作品が多い。彼がみせたスペイン文化への傾倒は、スペイン国境にほど近いバスク地方出身の母マリの影響によると指摘する向きがある。しかし、バスクはスペインとは異なる文化圏に属し、ラヴェル自身、後年のピアノ協奏曲ト長調をはじめ、バスク文化に深い理解を示す作品を書いていることを考えると、そうした指摘は正しいとは言い難い。

 彼の偏愛はむしろ、エドゥアール・ラロ(1823~92)やジョルジュ・ビゼー(1838~75)らをはじめとして、フランス音楽界に伝統的にみられるスペイン好みの系譜に連なるものとみなすべきだろう。

 《スペイン狂詩曲》は、まず2台ピアノのための楽譜が1907年夏に作成された。その後12月になって、ラヴェルはイギリスよりレイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(1872~1958)の訪問を受け、約3ヶ月にわたって彼を指導しつつ共に近代管弦楽法を集中的に研究する機会を得る。翌年2月に完成された《スペイン狂詩曲》管弦楽版には、その研究の成果が反映され、自身初の本格的な管弦楽曲にして、既に完成された書法をみせる傑作となった。

 第1曲 夜への前奏曲 弦楽器の奏でる、印象的な半音進行を含む下降音形の反復が夜の静けさを描写する。その中でクラリネットから弦楽器へと、官能的な旋律が歌い継がれていく。

 第2曲 マラゲーニャ 高音域を主体に透明感のある音楽を繰り広げた第1曲とは対照的に、低音域での特徴的な動きが音楽を支える。打楽器も加わって沸き立つリズムの中から断片的な旋律があらわれては消える夢幻的な構成には、ドビュッシーの交響詩《海》の第2楽章「波の戯れ」の影響が指摘されている。

 第3曲 ハバネラ 1895年に書かれた2台ピアノのための作品を原曲とする。執拗に反復されるハバネラ舞曲のリズムを背景に、点描的な管弦楽書法と大胆な和声進行が繰り広げられる。

 第4曲 祭 大規模な打楽器群を伴う管弦楽がここで初めて力を開放し、力強いフィナーレを築き上げる。3部形式を採り、主部ではスペイン風の3連符を多用した旋律が飛び交って、祭の喧騒を描く。中間部ではイングリッシュホルンの歌う旋律が気怠い雰囲気を喚起するが、トランペットの刻むリズムとともに主部が回帰し、轟然と鳴りわたるクライマックスに至る。

(相場 ひろ)

作曲年代 1907年夏から1908年2月
初  演 1908年3月5日 パリ エドゥアール・コロンヌ指揮 コロンヌ管弦楽団
楽器編成 ピッコロ2、フルート2、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット3、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、小太鼓、タムタム、タンブリン、カスタネット、シンバル、トライアングル、シロフォン、ハープ2、チェレスタ、弦楽5部

プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第2番 ト短調 op.63

 ロシア革命(1917年)の混乱を避け、アメリカやフランスで活躍していたセルゲイ・プロコフィエフ(1891~1953)が、西欧での活動に区切りをつけて革命後のソ連に復帰したのは1935年。その年に作曲したヴァイオリン協奏曲第2番を初演したのは、モーリス・ラヴェル(1875~1937)やアルベール・ルーセル(1869~1937)と親交のあったことで知られるフランスのヴァイオリニスト、ロベール・スータンス(1897~1997)である。

 スータンスは、プロコフィエフが1932年に書いた《2つのヴァイオリンのためのソナタ》のフランス初演をサミュエル・ドゥシュキン(1891~1976)と共に手がけて、作曲者に大きな感銘を与えた。その際にプロコフィエフは、感謝の意を込めて彼のために協奏曲を書くことを決めたのであった。作曲は1935年、スータンスを同行してのヨーロッパやロシアをめぐる演奏旅行の合間に書き継がれ、同年12月にマドリードで初演された。

 ヴァイオリン協奏曲第2番は、1917年に書かれた第1番と比べると、ヴァイオリンの名技性を追求する点では同様ながら、より古典的であり、かつロシア民謡的な要素も盛り込まれてより抒情性に富んだ作品となっている。

 第1楽章 アレグロ・モデラート 独奏ヴァイオリンが第1主題を無伴奏で提示することで開始される。いくぶん内向的なこの主題が各楽器間をめぐる中、ヴァイオリンは技巧的な動きを披露していく。精妙な転調を重ねながら優しく歌う第2主題が提示された後、展開部は2つの主題に基づく変奏曲となる。低弦に第1主題が登場して再現部となり、印象的なピチカートで曲が閉じられる。

 第2楽章 アンダンテ・アッサイ 弦のピチカートを背景に、独奏ヴァイオリンがたっぷりとした歌を披露して始まる。いくぶん快活ながら玄妙な響きをまとった中間部の後、主部が回帰する。

 第3楽章 アレグロ・ベン・マルカート 内向的で慎ましやかであった前2楽章に対し、終楽章は民俗舞曲的な要素を前面に出しつつ、プロコフィエフらしいシャープでダイナミックな音楽が展開される。ロンド形式をとるこの楽章は、大胆な不協和音とロンド主題を飾るカスタネットが個性的な響きを醸し出す。

(相場 ひろ)

作曲年代 1935年
初  演 1935年12月1日 マドリード ロベール・スータンス独奏
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、小太鼓、大太鼓、トライアングル、シンバル、カスタネット、弦楽5部、独奏ヴァイオリン

細川 俊夫:嵐のあとに − 2人のソプラノとオーケストラのための(2015)
〔都響創立50周年記念委嘱作品・世界初演〕

細川俊夫
©Kaz Ishikawa

細川 俊夫
HOSOKAWA Toshio

1955年広島生まれ。日本を代表する作曲家として高い評価を得ている。近年の作品はオペラ『班女』(2003-04/エクサンプロヴァンス音楽祭〔委嘱:以下同〕)、《循環する海》(2005/ザルツブルク音楽祭)、《夢を織る》(2010/ロシュ・コミッション)、オペラ『松風』(2011/モネ劇場)、《嘆き》(2013/ザルツブルク音楽祭)など。東響、ベルリン・ドイツ響、西ドイツ放送合唱団、ネーデルラント・フィルのコンポーザー・イン・レジデンスを歴任。現在、武生国際音楽祭音楽監督、東京音楽大学およびエリザベト音楽大学客員教授。

 この作品は東京都交響楽団の創立50周年記念作品として作曲し、同団と音楽監督の大野和士に捧げた。

 私にとって音楽表現は、人と自然との調和(ハーモニー)を見つけ出すための一手段であった。しかし2011年3月11日の東日本大震災以降、私の音楽は根本的な変貌を遂げようとしている。私は、音楽そのもののあり方を、もう一度考え直すようになった。私たちは自然の始原的な力と恐ろしさを忘れ、センチメンタルに自然を賛美している。そして自然を人間の力でコントロールできるという過信が、人間の生きていく場所そのものを崩壊させようとしている。そういった時代に、音楽に何ができるのだろうか。

 音楽はシャーマニズムの一形式であり、音楽によって人は祈り、亡き人の魂を鎮め、この世とあの世とを結ぶ架け橋を生み出す。私は2011年以降、様々な編成でこのシャーマンの祈りの音楽を書き続けてきた。この《嵐のあとに》もそのひとつである。

 2人のソプラノは巫女であり、1人の巫女の2つの側面であり、本来はひとつの声を2人に歌わせた。それは陰陽のように、光と影がお互いを補い合い独自のハーモニーを生み出していく。

 音楽は、前半はオーケストラのみによる「嵐」の表現である。息の吐く吸う運動を一単位としたフレーズが反復、重複されて、海の波動のような音の渦を作り出す。それが次第に折り重なって、大きな爆発をする。そして後半は2人のソプラノがヘルマン・ヘッセの「嵐のあとの花」の詩を歌う。この詩では、嵐を体験した花が、少しずつ静かな光の世界を取り戻す様が描かれている。時々、嵐の時の不安と恐怖を思い起こしながらも、花たちは少しずつ光の世界への希望を歌う。

(細川 俊夫)

作曲年代 2015年
初  演 2015年11月2日 東京 サントリーホール(本公演)
大野和士指揮 東京都交響楽団
ソプラノ/スザンヌ・エルマーク、イルゼ・エーレンス
楽器編成 フルート3(第2はピッコロ持替、第3はピッコロとバスフルート持替)、オーボエ2(第2はイングリッシュホルン持替)、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2(第2はコントラファゴット持替)、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、大太鼓、締太鼓、タムタム、ボンゴ、風鈴、ムチ、リン・オン・ティンパニ、アンティークシンバル、小太鼓、鈴、ハープ2、弦楽5部(各セクションは2部に分かれる)、独唱ソプラノ2

ドビュッシー:交響詩《海》-3つの交響的スケッチ

 1903年、クロード・ドビュッシー(1862~1918)は作曲家のアンドレ・メサジェ(1853~1929)にこう書き送った。「ご存じないでしょうが、私は船乗りとして成功するはずだったんですよ。運命のいたずらで道を踏み外してしまいましたが」。この年の夏にドビュッシーは交響詩《海》を書き始めており、この書簡は作曲の動機を述べたものとしてよく知られている。

 海を主題とした音楽作品はドビュッシー以前にもあり、リムスキー=コルサコフ(1844~1908)の組曲《シェエラザード》やショーソン(1855~99)の歌曲《愛と海の詩》など、そのうちのいくつかは彼もよく知っていたと思われる。また1892年にベルギーの作曲家ポール・ジルソン(1865~1942)が書いた管弦楽曲《海》は、副題に「交響的スケッチ」とあり、夜明けの描写に始まって終曲で嵐をテーマとしたり、いくつかの動機が各楽章に循環するなど、ドビュッシーの作品と多くの共通点を持つ。

 しかし、ドビュッシーの作品に影響を及ぼしたのは音楽作品よりも、むしろ作家カミーユ・モクレール(1872~1945)や詩人ピエール・ルイス(1870~1925)の小説であったと思われる。第1楽章の当初の副題「サンギーヌ諸島の凪いだ海」は、コルシカ島アジャクシオ沖のサンギーヌ諸島を舞台とした前者の短編小説の題名と同じであるし、作曲開始当時のドビュッシーは、後者の短編集『サンギーヌ』を携えており、その中には海の嵐を描いた『ヌムールでの錨泊(びょうはく)』という短編が収められていた。作品中に具体的な照応が見られるわけではないにせよ、ドビュッシーがこれらの小説を多かれ少なかれ意識して作曲にあたっていた可能性は高い。

 第1楽章 海の夜明けから真昼まで およそ4つの部分に分かれる。序奏では静寂の中から上行音形が沸き上がり、イングリッシュホルンとトランペットが後に全曲の中心となる循環主題を提示する。続く第1の主部では、さざめくような弦の動きを背景に、ホルンや木管楽器が次々と新たな動機を歌い交わす。第2の主部は波しぶきを思わせるチェロの分奏に始まり、沸き立つようなリズムの中、循環主題が回帰して、やがて穏やかな雰囲気へと移行していく。コーダはスケール豊かに全曲を締めくくる。

 第2楽章 波の戯れ ドビュッシーの書いた音楽の中でも、最も独創的なもののひとつである。8小節の短い序奏の後、イングリッシュホルンの歌う旋律を端緒とし、活き活きとしたリズムが通う中で、数多くの動機が断片的にあらわれては、次の新たなる動機を呼び覚まして消えていく。その構成は古典的な形式とは相容れない自由なものであると同時に、色彩やリズム、旋律といったあらゆる面において必然的な繋がりを感じさせる。

 第3楽章 風と海との対話 形式的には序奏とコーダを持つ一種のロンド形式ともとれるが、さまざまな音域や楽器に登場する循環主題の存在と、古典的な構成論理に沿わないドラマチックな起伏の連続によって、音楽は予測しがたい展開をみせる。

 嵐の到来を告げるかのような序奏が、循環主題を奏する輝かしいトランペットの登場で締めくくられると、木管楽器に歌謡的なロンド主題があらわれ、さらにそこから波の動きをあらわすかのような特徴的な動機が派生する。ロンド主題が一段落すると、第1楽章の諸動機が回想され、さらにホルンにコラール風の主題が登場して雰囲気が一変する。

 ロンド主題が回帰し、穏やかな海原を描いた後、トランペットの鋭いリズムとともに新たなエピソードが始まり、循環主題とロンド主題から派生した動機が競い合う。もう一度ロンド主題が回帰すると、コラール主題もそれに和して鳴り響く。音楽は大きく高揚してコーダに突入し、熱狂的に全曲を締めくくる。

(相場 ひろ)

作曲年代 1903年夏から1905年3月
初  演 1905年10月15日 パリ カミーユ・シュヴィヤール指揮 ラムルー管弦楽団
楽器編成 ピッコロ、フルート2、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、ファゴット3、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、コルネット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、トライアングル、タムタム、グロッケンシュピール、ハープ2、弦楽5部

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