第802回 定期演奏会Bシリーズ

谷口 昭弘

ブリテン:シンフォニア・ダ・レクイエム op.20

 ヨーロッパの伝統を大切にしながらも、そこに20世紀的な新しい感覚を盛り込んだイギリスの作曲家ベンジャミン・ブリテン(1913~76)は、今日「反戦」についての様々なエピソードでも知られる。彼は第2次世界大戦(1939年9月勃発)前の不穏な情勢を避け、1939年6月からアメリカに滞在していたが、翌年、日本政府から作曲の依頼を受けた。その内容は「皇紀2600年」(初代・神武天皇の即位年を元年として定めた紀元/西暦1940年が皇紀2600年とされた)の奉祝のための管弦楽曲だった。編成は作曲者の自由にする、排他的愛国主義を盛り込まない、などを条件にブリテンは作曲を引き受けた。

 ブリテンが思いついたのはカトリックの、死者のためのミサで朗唱されるテキストを標題とする3つの楽章からなる交響曲で、戦争の悲惨さと恐怖の感覚を起こさせるものだった。楽譜には「亡き両親の思い出に」と記されている。しかしこの曲にあるキリスト教的な性格、また祝祭的な演奏会にレクイエムはそぐわないことなどが問題視され、作品は委嘱元の日本では演奏されず、ニューヨークで初演された。

 8分の6拍子による第1楽章は、裁きを受けるためによみがえる死者たちに永遠の安息を神に乞う「ラクリモーサ(涙の日)」(アンダンテ・ベン・ミズラート〔規則正しいアンダンテ〕)。ティンパニとハープ、ピアノ、コントラバスのD(ニ)の強打が衝撃的に曲を始め、チェロがシンコペーションを伴うA-B(イ-変ロ)からなる音型を提示。すぐに第1の主要動機となる。この動機に応える形で、ファゴット独奏は第2の動機を奏する。次にD(ニ)からC(ハ)へ7度上行するサクソフォンによる第3の動機が登場。重苦しさは緩和されるが、すぐに冒頭のリズムの刻みが戻る。

 これが静まると、今度はトロンボーンとフルートが闇と光を交互に放つような動機を奏する。その後は、これまで出た動機が織り合わされて展開。シンバルの一撃で盛り上がり、興奮の度合いを高め、シンバルの二撃目でクライマックスを形成。やがて静められ、オーボエとクラリネットによるA(イ)のロングトーンが残る。

 この音を引き継いで、フルートとピッコロによるフラッタータンギング(注)を使った動機によって第2楽章「ディエス・イレ(怒りの日)」(アレグロ・コン・フオーコ)が始まる。この3拍子の「死の踊り」では、冒頭の動機とトランペットによる3連符の動機が展開の主導力となる。中間部ではサクソフォンが、ゆったりとした動機を提示。「前進!(Avanti!)」という指示がある後半部では、冒頭のフラッタータンギングの動機とこれに対する別の楽想が応答して曲が進む。やがてこの応酬は途切れがちになり、次の楽章へとつながる。

 第3楽章「レクイエム・エテルナム(永遠の安息を)」(アンダンテ・モルト・トランクィロ)は、3拍子のリズムによる、安らかで滑らかなフルート三重奏とホルンによるやりとりで始まる。やがて低弦のトレモロに乗せて、第1ヴァイオリンが第2の主題をのびやかに提示し、曲想を膨らませていく。一度クライマックスが築かれ落ち着くと、楽章冒頭の安らかな旋律が戻り、伴奏のリズムが静かに曲をしめくくる。

(注)フラッタータンギング:管楽器の特殊奏法。舌を震わせながら吹き、弦楽器のトレモロのような効果を出す。

作曲年代 1940年春
初  演 1941年3月29日 ニューヨーク ジョン・バルビローリ指揮 ニューヨーク・フィル
日本初演/1956年2月18日 東京 NHKホール(旧) 作曲者指揮 NHK交響楽団
楽器編成 フルート3(第3はピッコロ、アルトフルート持替)、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット3(第2は小クラリネット、第3はバスクラリネット持替)、アルトサクソフォン、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン6、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、シロフォン、タンブリン、小太鼓、大太鼓、鞭、サスペンデッドシンバル、シンバル、ハープ2、ピアノ、弦楽5部

バーンスタイン:交響曲第3番《カディッシュ》(1963)

 『ウェスト・サイド・ストーリー』などミュージカルの作曲家として知られるレナード・バーンスタイン(1918~90)は、シリアスなクラシック作品も多く残しており、また20世紀後半を代表する指揮者でもあった。彼はボストン交響楽団の創立75周年(1956年)を記念するため、同交響楽団とクーセヴィツキー音楽財団から新曲の委嘱を受けた。しかし委嘱作品にとりかかったのは1961年で、オーケストラ、混声合唱、児童合唱、語り手、独唱ソプラノによる交響曲《カディッシュ》は、1963年に完成した。完成間際にジョン・F・ケネディ大統領(1917~63)が暗殺される事件(11月22日)が起こり、バーンスタインはこの曲を「ジョン・F・ケネディの思い出に」献呈することにした。

 曲名の《カディッシュ》はユダヤ教の祈りで、葬式や追悼式で唱えられる。しかしそのテキストに死は言及されておらず、平和と救いを神に願うアラム語/ヘブライ語の賛歌となっていて、交響曲の中で歌われる。またバーンスタインが作った英語による語りもある。内容は現代における信仰の危機、深刻な社会問題についてで、それは神に対する不信や怒りへとつながる鮮烈なものである。

 今回の公演では、作曲家の友人でホロコーストの生存者の一人サミュエル・ピサール(1929~2015)が、バーンスタインの要請を一度は拒絶しながら「9・11」の衝撃を受けて書いたテキストを使う。人間と神との対話という作品の本質を残しつつ、極限の歴史の中で一度は神への祈りを失ったものの再び信仰を取り戻すという、歴史の重みを感じさせるものになっている。

 曲は3楽章からなり、第1と第2楽章は2つ、第3楽章は3つの部分に分かれるが、全曲は続けて演奏される。

 第1楽章は、序奏となる「神への呼びかけ」と、主部にあたる「カディッシュ1」という構成。まずは合唱によるハミングを背景に「神への呼びかけ」が始まる。フルートとハープによる謎めいた動機は弦楽器に受け継がれ、盛り上がる。この間に管楽器による突き刺さるような響きが挿入される。

 「カディッシュ1」に入り、合唱が歌い始めると、オーケストラが12音音列を使った不協和な動機を爆発させ、8分の7拍子と4分の3拍子が入り交じる変拍子の速いテンポの部分となる。合唱は手拍子も交え、エネルギッシュに進む。最後は「アーメン」を叫んで第1楽章が終わる。

 第2楽章の前半「ディン・トラー」は「裁きの場」。打楽器合奏が主導し、合唱のハミングを背景に語り手は、アウシュヴィッツにおいて神への怒りを覚え祈りを忘れたこと、そして「神の罪は赦せても、心の傷は癒えない」など、神への信仰の揺らぎを語る。やがて金管群による無調のファンファーレが始まり、心をかきむしる不協和な楽想が続く。曲は「アーメン」の合唱とともに高揚し、裁きが下されたかのような決然としたクライマックスに到達。最後は、8つのパートに分かれた合唱が各々のテンポで歌うカデンツァにより、瞑想的に「ディン・トラー」を閉じる。

 楽章の後半、8分の5拍子の「カディッシュ2」は、優しいオーケストラの伴奏に乗せたソプラノ独唱。三部形式で、神を賛美するソプラノの歌に、女声合唱は「アーメン」などで応えていく。中間部は16分の5拍子で盛り上がりを見せる。

 第3楽章は3部構成。「スケルツォ」はクラリネットとピッコロによる4分の3拍子の軽妙な動機で始まる。しかし無調のためか嘲笑的で皮相的だ。しかし語りが戦後にホロコーストの悲劇から救われたこと、信仰を取り戻したことに触れると、変ト長調による希望の見える旋律が弦楽器を中心に麗しく奏される。この旋律は児童合唱による「カディッシュ3」となる。

 「フィナーレ」は夢から現実への目覚めで、不協和な全奏によって始まる。弦楽による重々しい雰囲気が醸しだされ、静かになると、「スケルツォ」の後半で聴かれた希望の見える旋律とともに、アメリカ兵に助けられたピサールの体験から、神の奇蹟を感じた瞬間の喜びが語られ、感謝を捧げる音楽となる。終結部は変拍子を使った賑やかな「フーガ」で、独唱ソプラノも加えた全ての合唱がオーケストラと華々しく共演する。最後に短く第1楽章冒頭の動機が回帰し、熱狂のうちに曲を閉じる。

作曲年代 1961~63年
初  演 1963年12月10日 イスラエル テルアヴィヴ 作曲者指揮 イスラエル・フィル 
語り/ハンナ・ロヴィーナ ソプラノ/ジェニー・トゥーレル アブラハム・カプラン指揮の合唱団
楽器編成 フルート4(第3はアルトフルート、第4はピッコロ持替)、オーボエ2、イングリッシュホルン、小クラリネット、クラリネット2、バスクラリネット、アルトサクソフォン、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、小トランペット、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、ヴィブラフォン、シロフォン、グロッケンシュピール、小太鼓、大太鼓、サスペンデッドシンバル、ハンドドラム、シンバル、フィンガーシンバル、アンティークシンバル、タムタム、ボンゴ、テンプルブロック、ウッドブロック、サンドペーパーブロック、ギロ、鞭、ラチェット、トライアングル、マラカス、タンブリン、クラベス、チャイム、ハープ、ピアノ、チェレスタ、弦楽5部、語り、独唱ソプラノ、混声合唱、児童合唱

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