第814回 定期演奏会Aシリーズ インバル80歳記念/都響デビュー25周年記念

相場ひろ

グリンカ:歌劇『ルスランとリュドミラ』序曲

 ミハイル・グリンカ(1804~57)の歌劇『皇帝に捧げる命』は1836年に初演され、ロシア初の本格的オペラとして大成功を収めた。その後、彼は2作目の歌劇の題材として、アレクサンドル・プーシキン(1799~1837)が1820年に書いた民話的な詩『ルスランとリュドミラ』を採り上げることを決心した。

 当初は原作者本人に台本を書いてもらうつもりであったが、プーシキンは1837年2月に、自らの妻をめぐる決闘の際に受けた傷がもとで急逝してしまった。仕方なしにグリンカは、台本を待たずに先に全体のプランと各場面の詳細を固め、作曲を開始する。その後、数人の台本作者がグリンカの旋律に詩をあてはめるなどして台本を作り、歌劇は完成に至った。

 物語は、キエフ大公国のリュドミラ姫が、婚礼の宴のさなかに魔術師チェルノモールに連れ去られ、花婿である騎士ルスランが様々な冒険を重ねた末に、白魔術師フィンの力を借りて姫を取り戻すというもの。ニコライ・リムスキー=コルサコフ(1844~1908)のいくつかの歌劇や、セルゲイ・プロコフィエフ(1891~1953)の『三つのオレンジへの恋』といったメルヘン・オペラの草分けと言える。

 序曲は第5幕フィナーレの素材に基づき、初演のリハーサルと並行して作曲された。短い序奏に続いてあらわれる急速で華麗な第1主題と、流麗に歌われる第2主題とによるシンプルなソナタ形式をとる。

作曲年代 1837年~1842年12月
初  演 オペラ全曲/1842年12月9日(ロシア旧暦11月27日)
サンクトペテルブルク
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦楽5部

プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第2番 ト短調 op.16

 セルゲイ・プロコフィエフ(1891~1953)は1912年に自らピアノ独奏を受け持ってピアノ協奏曲第1番を初演し、その尖鋭な内容でたいへんな話題を呼んでいた。続くピアノ協奏曲第2番は第1番の1年後に作曲され、賛否共にさらに激しい反応を引き起こした。

 青年期の彼が追求したモダンな音響と、第1番に比べて長足の進歩をみせる作曲書法とが相まって、彼の遺した5曲のピアノ協奏曲中でも最も力強く、かつスケールの大きなものとなっている。その一方で楽曲全体が暗い影と強い緊張に覆われているのは、サンクトペテルブルク音楽院での親しい友人マクシミリアン・シュミトホフの自殺にプロコフィエフが強い衝撃を受けたことに由来するともいわれる。作品はシュミトホフに捧げられた。

 この作品の総譜はロシア革命(1917年)の混乱の中で一度散逸したが、後にプロコフィエフが草稿を基に復元し、かつ大幅な改作を施して、1924年5月8日に作曲者独奏、セルゲイ・クーセヴィツキー指揮によりパリで蘇演された。こんにちではピアニストに超絶的な技巧を要求する難曲であると同時に、続く第3番と並ぶプロコフィエフの傑作として、演奏会のレパートリーに定着している。

 第1楽章 アンダンティーノ~アレグレット 弦とクラリネットの弱音による短い序奏の後ただちにピアノが入り、どこか郷愁を帯びた第1主題を歌い出す。ピアノのモノローグを挿みながらこの主題がひとしきり歌い交わされると、リズミカルで諧謔味をたたえた第2主題があらわれる。その後ピアノに第1主題が回帰すると、楽章の半分近くを占める長大なカデンツァに突入する。高い技巧と強靱な響きを要求されるこのカデンツァが頂点に達したところで、管弦楽が回帰し、凄絶なトゥッティを築き上げる。程なくして音楽は沈静化し、ピアノの歌う第1主題と共に静かに楽章は終わる。

 第2楽章 スケルツォ/ヴィヴァーチェ 4分の2拍子で開始される第2楽章は、スケルツォというよりもトッカータ風の曲想をもち、弦楽器のピツィカートや木管楽器の歯切れよい楽句を背景に、ピアノが無窮動の動きと共に一気に楽章を駆け抜けていく。

 第3楽章 間奏曲/アレグロ・モデラート 重々しい足どりとシニカルな哄笑に彩られた、行進曲風の楽章である。抒情的なエピソードも時折顔をのぞかせるものの、すべてはやがて行進曲の強烈な性格がもたらす雰囲気に呑み込まれてしまう。

 第4楽章 フィナーレ/アレグロ・テンペストーソ 規模の大きさでは第1楽章と対をなす。管弦楽の鮮やかな色彩を従えて辛辣に開始されるものの、仄暗くも抒情的な主題に基づく中間部によって、先行する3楽章と大きく雰囲気を変える点がユニークである。ピアノが長いカデンツァを奏して後、独奏と管弦楽が競うように力強い音楽を繰り広げて、熱狂のうちに全曲の幕を閉じる。

作曲年代 1912年末~1913年4月
初  演 1913年9月5日(ロシア旧暦8月23日)パヴロフスク
作曲者独奏 アレクサンドル・アスラーノフ指揮
楽器編成 フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、タンブリン、小太鼓、大太鼓、シンバル、弦楽5部、独奏ピアノ

バルトーク:管弦楽のための協奏曲Sz.116

 1940年、ベラ・バルトーク(1881~1945)は第二次世界大戦(1939~45)の戦禍を逃れて祖国ハンガリーを離れ、アメリカ合衆国へと渡った。移住にあたって彼はコロンビア大学から客員研究員のポストを与えられ、演奏活動を行うこともできたものの、渡米直後より体調不良に悩まされるなどして、バルトークと彼の家族の暮らし向きはけっして楽なものではなかった。

 苦境にあったバルトークを救おうとしたのが、彼と親交のあった音楽家たちである。経済的な援助も兼ねて彼らはバルトークに次々と新作を依頼し、バルトークもそれに応えて次々と力作を書き上げた。後に彼の患っていた病気は白血病であることが判明し、1945年にはそれが原因でこの世を去ることになるが、死去までに完成させた作品のひとつが《管弦楽のための協奏曲》である。

 指揮者フリッツ・ライナー(1888~1963)をはじめとする彼の友人たちの働きかけを受けて、クーセヴィツキー財団が委嘱したこの作品を、バルトークは体調の悪化にもかかわらずわずか2ヵ月弱で書き上げた。1944年に行われた初演は大成功に終わり、《管弦楽のための協奏曲》は彼の代表作として多くの人から愛されるようになる。

 独奏楽器を伴わない楽曲に「協奏曲」というタイトルをつけるのは異例であるが、これは当時、合衆国で有数の腕前を誇ったボストン交響楽団が初演するとのことで、オーケストラの各楽器を独奏楽器のように扱っていることに由来するとされる。またバルトークの僚友だったゾルタン・コダーイ(1882~1967)が1939年にやはり《管弦楽のための協奏曲》と題する作品を完成しており、それにちなんでタイトルがつけられたとする説もある。

 全曲は5楽章からなり、バルトークの好んだアーチ状構成をとっていて、第1楽章と第5楽章、第2楽章と第4楽章がそれぞれ曲想的に対応する関係にある。

 第1楽章「序章」 アンダンテ・ノン・トロッポ~アレグロ・ヴィヴァーチェ ソナタ形式で書かれている。長大な序奏はバルトークが長年研究していたハンガリー民謡の香りをたたえて濃厚な雰囲気を醸す。続く主部は力強い第1主題と、管楽器の歌い継ぐ舞曲風の第2主題を持ち、展開部にあらわれる、第1主題に基づくフーガが印象的である。

 第2楽章「対の遊び」 アレグロ・スケルツァンド 3部形式で書かれ、2人ずつ対となった管楽器が次々と舞曲風の音楽を繰り広げていく、ユーモアをたたえた嬉遊曲風の主部と、荘重なコラールが金管楽器によって歌われる中間部との対比がユニークである。
 なおこの楽章は、「対の遊び(Giuco delle coppie)」というタイトルで知られているが、後に作曲者自身によって「対による提示(Presentando le coppie)」と改められたことが判明、近年は後者のように表記されることがある。

 第3楽章「悲歌」 アンダンテ・ノン・トロッポ バルトークの得意とした、神秘的な雰囲気をたたえた“夜の音楽”が聴かれる。3部形式により、様々な旋律断片が明滅するなか、中間部では第1楽章序奏にあらわれた動機が採り上げられ、ひとときの気分の高まりを描き出す。

 第4楽章「中断された間奏曲」 アレグレット おおよそ3部形式を採り、民謡風の旋律が歌われる主部(ヴィオラに登場する旋律はハンガリーの作曲家の手になるものの引用とされる)と、「中断」と題され、ドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906~75)の交響曲第7番《レニングラード》第1楽章に登場する旋律をパロディ風に扱った部分とが鋭い対立を成す。
 トロンボーンのグリッサンドや木管楽器のトリルがこの旋律を嘲笑する下りは、時局に乗じた音楽を作ったショスタコーヴィチへの批判とも、ナチスへの非難とも受け取れる(ショスタコーヴィチの原曲自体がこの旋律をレハールの喜歌劇『メリー・ウィドウ』(注)から借用していることが、この部分の解釈を難しいものとしている)。

 第5楽章「フィナーレ」 ペザンテ~プレスト ホルンの雄壮な咆哮に続く主部は、無窮動風の主題を中心に展開する、一種のロンド・ソナタ形式をとる。民俗舞曲風のリズムをベースとした二重フーガが織り成され、力強く華麗なクライマックスが描き出される。

(注)『メリー・ウィドウ』はヒトラーが愛好した作品といわれることから、それへの皮肉を込めたとされる。

作曲年代 1943年8月15日~10月8日
初  演 1944年12月1日 ボストン
セルゲイ・クーセヴィツキー指揮 ボストン交響楽団
楽器編成 フルート3(第3はピッコロ持替)、オーボエ3(第3はイングリッシュホルン持替)、クラリネット3(第3はバスクラリネット持替)、ファゴット3(第3はコントラファゴット持替)、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、トライアングル、小太鼓、大太鼓、シンバル、タムタム、ハープ2、弦楽5部

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