鈴木 学

ヴィオラ ソロ首席奏者

鈴木 学 (すずきまなぶ) Manabu SUZUKI

(2004年4月1日入団)

桐朋学園大学にてヴァイオリンを原田幸一郎氏に師事、その後同大学研究科にてヴィオラを江藤俊哉氏に師事。1991年研究科(ヴィオラ)修了後、ドイツ給費(DAAD・ドイツ文化交流会奨学金)を得てハンブルク国立音楽大学に留学、深井碵章氏に師事。1993年、オーストリーのリンツ・ブルックナー管弦楽団に首席ヴィオラ奏者として入団する。オーケストラ入団後も、ザルツブルクのトーマス・リーブル氏に師事し多大な影響を受ける。同オーケストラとはソリストとしても共演し、リンツ・ブルックナーハウスでの演奏会やドイツ演奏旅行でも好評を博す。又、同オーケストラの首席奏者により弦楽四重奏団を結成し、ウィーン・ザルツブルク・ミュンヘン・チューリッヒ・ミラノ等で活躍。オーストリア放送(ORF)等、数々の録音に携わるなど積極的に活動する。
2004年4月に帰国、現在東京都交響楽団ソロ首席奏者。
ルツェルン音楽祭(スイス)、国際ブルックナーフェスティバル(オーストリー)、サンガト音楽祭 (インド)、サンタフェ室内楽音楽祭(アメリカ)等数々の音楽祭にソリスト、室内楽奏者として招かれるなど国際的活躍を続けている。室内楽ではムスティスラフ・ロストロポーヴィチ、ライナー・クスマウル、ペーター・ルーカス・グラフ、アナ・チュマチェンコらと共演。ソリストとしては東京都交響楽団、リンツ・ブルックナー管弦楽団をはじめマインツ室内管弦楽団、九州交響楽団等、多数のオーケストラと共演。E. インバル指揮、東京都交響楽団でE. ブロッホのヴィオラ組曲(コンチェルト版)を、ヴィオラスペースにてI. エロードのヴィオラ協奏曲を日本初演するなど、ヴィオラの作品を日本に紹介する活動も積極的におこなっている。
また、セイジオザワ松本フェスティバル、ヴィオラ・スペース、東京春音楽祭、霧島国際音楽祭等にも出演。2009年より紀尾井シンフォニエッタのメンバーでもある。トッパンホールアンサンブルには度々登場、同シリーズのライブCDにも参加している。
インディアナ大学ジェイコブス音楽院、上オーストリア弦楽協会等に招かれマスタークラスを行う他、桐朋学園オーケストラアカデミー、桐朋学園大学院大学、ミュージック・マスターズ・コース・ジャパン、ヴィオラセミナー(上田 国際音楽村)等にて後進の指導にも精力的にあたっている。

鈴木学(ヴィオラ)演奏会情報
http://twitter.com/mana_bratsche

私の音楽はじめて物語

ハンブルク音大留学中、スイスへの演奏旅行にて<br />
(中央/ 25歳ころ)
ハンブルク音大留学中、スイスへの演奏旅行にて
(中央/ 25歳ころ)
5歳からヴァイオリンを始めました。自分は音楽家になるんだという気持ちは常に持っていましたが、漠然としていたように思います。一つの転機が訪れたのが高2の春。アメリカから帰国したばかりの原田幸一郎先生のレッスンを受けた時のこと。
初回からいきなり厳しい指摘を受けました。細部を意識せず何となく弾いている、もっと真摯に取り組まないとこれからやっていけないのではないか、と。とにかく1日8時間練習しなさい、と言われ、当時は普通高校に通っていたので大変でしたが、早起きして朝と学校から帰ってからひたすら練習していました。
桐朋学園大学へ進み引き続き原田先生に師事。緊張感をもって向上心を保ち続けることを叩きこまれた気がします。目の前で聴いた原田先生の音は本当に素晴らしく、彼のヴィブラートは巨匠のヴィブラートだと当時から思っていました。原田先生は今年で70歳になられ、5月に古希の記念演奏会で一緒に室内楽を演奏させていただきます。学生時代から畏敬の念を抱いていた恩師と共演できることを光栄に思っています。
大学3年のころから室内楽でヴィオラもよく弾くようになり、この楽器ならではのふくよかな音色に惹かれ始めました。当時はヴァイオリンとヴィオラを両方弾いていましたが、桐朋の研究科に進んだ1年目(1989年)の夏に深井碵章(ひろふみ)先生(ハンブルク国立音大教授)の講習会と、サイトウ・キネン・オーケストラのヨーロッパ・ツアーにヴィオラで参加。それがきっかけとなりヴィオラにかわりました。
研究科では江藤俊哉先生に師事していましたが、秋以降はヴィオラのレッスンを受けました。江藤先生はヴィオラの名手でもありましたから。翌年、深井先生の講習会がドイツであったので現地へ行き、1991年からDAAD(ドイツ学術交流会)の奨学金をいただいてハンブルク音大へ留学。深井先生には「とにかく早くオーケストラの首席奏者になりなさい。自分もオケ(ベルン響、ハンブルク国立フィル、北ドイツ放送響)の首席で弾くことでいろいろなことを勉強できたから」と言われました。
それで、留学して1年半ほどでリンツ・ブルックナー管のオーディションを受け、1993年から首席を務めました。リンツ・ブルックナー管はオペラもシンフォニーもやるオケですから、両方の経験を積めたのは大きかったです。この時期は並行してトーマス・リーブル先生に師事。彼は魔法のように音色を変えられる方で、聴くだけでも刺激が大きかった。弓の圧力、速さ、弛緩させるタイミング、それに対するヴィブラートの幅など事細かに分析できるのと同時に、音楽の流れがこうなっているからこのテクニックが必要でしょう、と明確に指摘してくださいました。そのレッスンは自分にとって非常に大事な時間でした。
リンツ・ブルックナー管で11年仕事をした後、ご縁があって2004年に都響へ入団。早いもので都響に入って10年を超えました。次シーズンは大野和士音楽監督との記念演奏会、そして創立50周年記念ヨーロッパ・ツアーがあり楽しみです。自分の積み上げてきたものを演奏会に生かせるように頑張りたいと思います。

(『月刊都響』2015年3月号 取材・文/友部衆樹)

楽員紹介一覧