鷹栖美恵子

オーボエ 首席奏者

鷹栖美恵子 (たかすみえこ) Mieko TAKASU

(2012年8月1日入団)

 1987年生まれ。埼玉県立大宮光陵高校音楽科卒業後、2006年東京音楽大学に給費入学奨学生として入学。2008年第25回日本管打楽器コンクール第1位。2008~09年、小澤征爾音楽塾へ参加。ソリストとして東京フィル、日本フィル、東京音楽大学シンフォニーオーケストラと共演。これまでにオーボエを池田肇、井上恵子、宮本文昭の各氏に師事。東京シティ・フィルのオーボエ一番奏者を経て、2012年8月より都響首席オーボエ奏者。

私の音楽はじめて物語

ヴァイオリンの発表会で(3歳)
ヴァイオリンの発表会で(3歳)
 両親が音楽家(父が東響チェロ奏者、母が東響ヴィオラ奏者)でしたから、私も3歳からヴァイオリンとピアノを始めました。ヴァイオリンは母に習ったのですが、あまり向いていなかったようで、小2のころ辞めています。ピアノは近所の母の知り合いの方に師事して、小2以降はピアノに専念、という形でした。小学校に鼓笛隊があって、5~6年生の時にアルトホルンを吹いたこともあります。
 小6の時にNHKで連続テレビ小説『あすか』をやっていて、テーマを宮本文昭先生が吹いていたんですね。とても良い音だ、と思って、中学校では吹奏楽部へ入り、オーボエを始めました。部活動は厳しくて土日も含めて毎日練習があり、忙しかったですけれど、オーボエを吹くことはすごく好きでしたね。中2のころ、ピアノで音楽高校へ行くことを決め、ソルフェージュなど準備を始めました。
 埼玉県立大宮光陵高校音楽科ピアノ科へ入学。副科でオーボエを選択、オーケストラの授業が週2時間あり、放課後にオーケストラ部もあって、私の人生最初のオーケストラ体験はサン=サーンスの交響曲第3番《オルガン付》です。とても楽しくて、ああ、オーボエを専攻したいなと。悩んだ末に転科試験を受け、高2からオーボエ科に移りました。
 転科試験の前から池田肇(はじめ)先生(東響オーボエ奏者)にレッスンを受け始め、学校では井上恵子先生に師事。東響の演奏会で池田先生の音を聴いたのは勉強になりましたし、井上先生には音楽的なことをいろいろご指導いただきました。
 宮本文昭先生への憧れもあって東京音大を受験、幸いなことに給費入学奨学生として入学することができました。宮本先生のレッスンは、大学1年ではほぼリード作りだけ。大学2年から本格的になり、オーボエを人前で吹くことがどんな大変なことか、を教えられた気がします。本当にストイックに、人生の全てをオーボエに捧げて、準備と覚悟をした上でステージに臨むこと。無難なところで妥協せず、お客様に音楽を届ける挑戦を怠らないこと。
 大学3年の時に日本管打楽器コンクールで第1位をいただき、この年から小澤征爾音楽塾へ参加。《こうもり》と翌年の《ヘンゼルとグレーテル》を吹きました。小澤征爾さんの指揮は、全身から魂やエネルギーが押し寄せてくる感じで、今でもよく憶えています。
 大学4年の終わりに東京シティ・フィルのオーディションを受け、卒業後の7月(2010年)から1番オーボエ奏者として入団。バレエなど長い曲が多くて、とにかく練習に明け暮れましたが、とても良い経験でした。
 翌年秋に都響のオーディションを受ける機会があり、試用期間を含めると2012年4月から吹かせていただいています。
 リハーサル初日から演奏のクオリティが高く、音量の幅が広く、アンサンブルもすごい。最初は圧倒されましたが、まずは一つ一つの演奏会を大事にして、自分を成長させていきたいですね。全ての舞台で自分にできる限りのベストを尽くし続けること、それが未来につながると信じています。

(『月刊都響』2014年7・8月号 取材・文/友部衆樹)

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