都響スペシャル（2/23）

終了日時：2024年2月23日（金・祝） 14:00開演（13:00開場）

場所：東京芸術劇場コンサートホールホール案内座席表

【インバル／都響第3次マーラー・シリーズ①】
（2/22定期Cと同演目）

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出演

指揮／エリアフ・インバル

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曲目

マーラー：交響曲第10番嬰へ長調（デリック・クック補筆版）

曲目解説

マーラーが遺した最後の言葉
最もマーラーらしく
最上の「クック版」

　作曲家が遺した未完の作品が、常に完成されるべきものとは限りません。けれどもマーラーの交響曲第10番には、大いにその価値があります。なぜならそれはマーラーが書いた交響曲という自叙伝の続きであり、彼の人生と願望、世界観についての長編小説の続きだからです。
　マーラーは何回も「別れ」（Abschied）を告げています。《大地の歌》では「永遠に、永遠に」と。第9交響曲で彼は人生に別れを告げ、死を受け入れます。そして第10番は、まるで死後の世界で書かれたような、非常に不思議な強い印象を受けます。死後に彼が復活し、人生や死について回想しているかのような。
　楽譜には、彼の妻に宛てたたくさんの書き込みがあり、妻への愛を表しています。2人の生活は大きな問題を抱えていたのですが、マーラーは音楽の中で愛が完全に成就するようにしたのです。最終楽章は、彼が人生に求め、得られなかったすべてのものへの熱望で、心が張り裂けるようです。
　完成されていたら、これは非常に偉大な交響曲だったでしょう。肝心なのは、彼がすべての小節を書き、全曲を通して欠落はなかったということです。作品の半分はオーケストレーションまで完成し、残りも四段譜に各声部が書かれていましたが、いくつかの箇所はハーモニーを完成させる必要がありました。
　シェーンベルクやベルクなどの作曲家は交響曲を完成させる勇気がありませんでした。デリック・クックだけがまるでマーラーが乗り移ったかのように取り組み、何年もかかって演奏可能な状態にまで仕上げました。
　私がロンドンのBBC交響楽団で演奏した際、クックがリハーサルに立ち会い、いくつかの箇所で代替のオーケストレーションを話し合いましたが、彼はその後改訂版（第3稿第1版）を出版しました。彼の死後、助手が小さな修正を加えた新しい版（第3稿第2版）も出ましたが、私はいくつか同意できない変更点は前の版に戻しています。それが最も満足できる、マーラーの精神に忠実なものだと思うからです。
　クックの作業は、すべてマーラーのスケッチに基づいています。その後、他の研究者などによる別の完成版も作られましたが、私はクック版が最もマーラーらしく、信頼できる、最上のヴァージョンだと考えています。
　この演奏をお聴きいただくことは非常に重要なことで、これによって彼の全交響曲シリーズが完結するのです。ちょうどマーラー最後の言葉のように。（エリアフ・インバル）
（『月刊都響』2014年7・8月号の原稿を改訂）

マーラー：交響曲第10番嬰へ長調
（デリック・クック補筆による、草稿に基づく演奏用ヴァージョン）

　グスタフ・マーラー（1860～1911）が、夏の避暑地としていた南チロル地方（現イタリア領）のトプラッハで交響曲第10番の作曲を始めたのは1910年の7月初旬。交響曲第9番のスコアの浄書を終えてから3ヶ月後のことだ。翌年の5月18日に彼は世を去っているから、人生の残り時間はわずか10ヶ月余りでしかなかった。
　それも波乱含みの時間だった。同じ7月の末には妻アルマ・マーラー（1879～1964）と建築家ヴァルター・グロピウス（1883～1969）の不倫関係が明るみに出る。アルマが夫を選ぶ意志を示して一応の決着を見るが、彼がこうむった痛手の大きさは、8月25日にオランダで精神分析医ジークムント・フロイト（1856～1939）のもとを訪れ、診断を請うた事実からも伝わってこよう。そこで得た所見により精神状態を好転させると、9月には第8交響曲のミュンヘンにおける初演を自らの指揮で大成功に導き、続く秋からのシーズンはニューヨーク・フィルと精力的な演奏活動にも乗り出したマーラー。しかし年末には病魔が発覚してしまう。
　交響曲第10番の作曲に費やした期間はちょうどフロイトと面会を果たした頃までで、それ以降に作業が進んだ形跡はない。遺品となった自筆草稿のうち、スコアの体裁をなしているのは最初の3楽章のみ。第1楽章は完成状態に近く、いくつかの箇所で臨時記号や声部配置の解読に疑問の余地を残し、マーラーが存命なら空白部分への音符の追加や楽器用法の修正がなされた可能性は高いが、そのままでもほぼ演奏に堪える。第2楽章は冒頭から最終小節まで切れ目なく続くものの、先に行くにつれて、必要最低限の声部を略記的に書き込んだ小節が大半を占める。第3楽章は全体の約3分の1弱がスコア化されており（“ダ・カーポ”の指定で音符を省略した小節も含む）、その部分に関してはやはり完成に近い。
　これとは別にマーラーが残したのは作品全体のパーティセル（4段ないし5段の五線譜に記された略式スコア）。第3楽章のスコア化されていない部分、そして第4楽章以降を補筆する上での典拠をなすものだ。旋律声部と和声的なメモ程度しか読み取れない箇所も多いが、音楽の流れは最後まで途切れずに続く。ところどころに付記された楽器の名称から、オーケストレーションのアイデアも確認できる（フィナーレ序奏部のフルート・ソロはその一例）。
　以上の状態からして、アルマに補筆の依頼を受けた作曲家エルンスト・クルシェネク（1900～91）が、第1楽章と第3楽章のみに手をつけたのは当然のなりゆきだろう。彼がスコアを整備した2つの楽章は、1924年10月14日にフランツ・シャルク（1863～1931）の指揮するウィーン・フィルが初演を果たした。このクルシェネク版のスコアは第三者の編纂を経て1951年に出版されるが、今日では顧みられる機会が少ない。その一方、国際マーラー協会による“全集版”のスコアとして、1964年に第1楽章が単独の形で出版された。マーラーの交響曲第10番といえば、〈アダージョ〉のタイトルを抱く第1楽章のみを演奏するのが、ひと昔前まで一般的だった理由である。

　こうした状況を一変させたのが、本日のコンサートで用いられるデリック・クック（1919～76）の補筆版だ。曲を演奏に堪える形にする作業の匙加減が慎重かつ適切で“捏造感”が薄く、音楽界で広く信頼をかちえたスコアである。その出発点となったのは、マーラー生誕100年にあたる1960年にベルトルド・ゴルトシュミット（1903～96）の指揮する放送録音で世に紹介された、第2楽章と第4楽章に欠落箇所を伴う形のヴァージョン（＝第1稿）。アルマからは猛烈な抗議が寄せられたが、録音に接した彼女は態度を軟化させ、補筆に関して正式な承認を与える。並行して得られた新たな資料にも基づいて作業は進み、1964年に欠落箇所を補填した全5楽章版の初演が実現した（第2稿＝ Cooke Ⅰ）。そこへ改訂を施した上で1976年にスコアが出版に至る（第3稿第1版＝ Cooke Ⅱ）。そしてクックの没後にも編纂作業の協力者（前記のゴルトシュミット、そしてコリン＆デイヴィッド・マシューズ兄弟）による細部の検証が続き、それを反映させたスコアが1989年に第2版（第3稿第2版＝ Cooke Ⅲ）として刊行を見た。
　パーティセルに最低限の音のみ書かれ、楽器指定もない箇所をいかに補筆するかという点については、1964年の初演時の録音で確認する限り、Cooke Ⅰ の段階でほぼアイデアは固まっている。そこから枝葉を刈り取り、音響的に目立つ金管楽器や打楽器を中心にオーケストレーションも抑制する方向で Cooke Ⅱ が成立。その改訂作業に比べれば、Cooke Ⅱ と Ⅲ との差異はごく細部の手直しにとどまる。おおまかにいって1990年代以降、クックの補筆版を演奏する際のスコアとパート譜は Cooke Ⅲ に切り替わっているのだが、インバルは1992年に果たしたフランクフルト放送響との録音でも、2014年に都響へ客演したときも、クック本人の立ち会いのもとで指揮した経験を持つ彼が信頼を寄せる版として、Cooke Ⅱ を用いていた。
　たとえば Cooke Ⅱ の第4楽章では、小太鼓のロールや（冒頭の和音にも重なる）、弦楽器が奏でる旋律線を部分的に縁取るシロフォンが随所で印象的な役割を果たす。これは Cooke Ⅲ になると姿を消すものだが、都響との演奏を収めたライヴ録音のCDで確認できるとおり、インバルは Cooke Ⅱ に従っている。しかし同じ録音でも明らかなように、細部まで完全にこの譜面に準拠しているわけではない。顕著な例が第2楽章の終結楽句（終わりから2小節目）で鳴らされるシンバル。これは Cooke Ⅲ の形だ。実はこのシンバル、Cooke Ⅰ では存在したが、Cooke Ⅱ を編む際にクックが削除したもの。それをゴルトシュミットとマシューズ兄弟が復活させたのだ。さらには第4楽章の大詰め近くで、ルーテが叩くリズム音形に誘われて登場する旋律を奏でる楽器は Cooke Ⅱ がヴィオラ、Cooke Ⅲ がイングリッシュホルン。インバルと都響のCDでは両者をユニゾンで重ねる形で処理しており、これは結果的に Cooke I と等しい。
　つまりこうしたオーケストレーションの異同に関して、インバルのアプローチはクックが抱いた初期のアイデアへ、部分的に立ち戻った様相も呈している。その一方、Cooke Ⅱ の段階でパーティセルの読み方に誤謬があるとして、Cooke Ⅲ で修正された音高に従った箇所も上記の録音では認められる。インバルの眼と耳が収束点を導き出した、いわば Cooke Ⅱ の進化形だ。今回の共演でも、リハーサルを通じてさらに見直しや彫琢の手が加わる可能性はあろう。
　なお、以下に記す楽章解説の太字部分で、第4楽章のタイトルとテンポ指定、そして第5楽章の序奏部のテンポ指定はクックの判断による補筆だが、他はすべてマーラーの自筆草稿スコアかパーティセルに由来するものである。

　第1楽章　アダージョ　導入部をなすのはアンダンテのテンポによるヴィオラのモノローグ。アダージョの主部に入ると、ヴァイオリンが幅広い音域を行き来する第1主題を提示する。第2主題は動的な要素が増し、鋭いトリルを含む音形が特徴。ヴィオラのモノローグの回帰をはさんだ後の展開部は、2つの主題の対置と融合の場と化していく。再現部がいったん鎮まった先には痛ましいまでのトゥッティの咆哮が置かれ、クライマックスの不協和音を切り裂くがごとくトランペットの高音（アルマの頭文字でもあるAの音）が鳴り響く。コーダは内心の不安を内に包み込みながら、甘く平穏な情調へ転じる。
　第2楽章　スケルツォ／非常に速い4分音符で　主部は拍子の変化がめまぐるしく、力感を発散しながらもどこか安定感を欠く身振りだ。トリオはひなびた民俗舞曲風で、第1楽章と動機的な関連性が強い。主部の再現以降もトリオの要素が幾度も割って入り、両者が次第に渾然一体となっていく。
　第3楽章　プルガトリオ／アレグレット・モデラート　シンメトリカルな構成をした作品の核をなす部分に置かれた短い楽章。《少年の不思議な角笛》から〈この世の暮らし〉の旋律が引用され、あくせく波打つ伴奏音形とアイロニーをたたえた動機群が奇妙な雰囲気を醸し出す。タイトルは、天国には行けないが地獄に堕ちるほどでもない人間が清めを受ける場所（煉獄）を意味し、スコアではその後に“または地獄”という言葉が記されていたが、斜線で抹消された。第3楽章以降のパーティセルには妻アルマに向けて記したとおぼしき言葉が多く残され、ここでは中間部に出てくる付点音符を含む下降音形に記された「死！変容！」が目をひく（同じ下降音形を含むモチーフがフィナーレの要所で重要な役割を果たす点からしても、意味深長な書き込みだ）。
　第4楽章　スケルツォ／アレグロ・ペザンテ、速すぎずに　パーティセルの冒頭には「悪魔が私を踊りに誘う」で始まる一連の自虐的な言葉が記されており、マーラーの精神状態をうかがわせる。形式的にはA－B－A’－B’……と2つの主題群が交替と変容を重ねる形で書かれ、Aはその楽想や厭世的なタッチからして《大地の歌》と性格が類似し、Bは交響曲第5番のスケルツォの引用句らしきものを含む。両者が消耗戦を演じるような形で曲は進み、音勢を減じたコーダをしめくくるのは軍楽隊用大太鼓の強打。該当箇所のパーティセルにマーラーは「その意味はお前だけが知っている」と記し、「さようなら、私の竪琴、ああ！ああ！」と悲痛な調子の言葉を続けている。1907年の暮れから翌年にかけて滞在したニューヨークでマーラー夫妻が耳にした葬列の太鼓が直接的なモチーフとされるが、ショッキングな打撃音に秘められた意味は明らかだろう。
　第5楽章　フィナーレ　序奏部（遅く、重々しく）では軍隊用大太鼓が鳴り響く中、第3楽章に由来する警句的なモチーフが断続的に登場。やがてフルートが悲痛にして甘美な主題を吹き連ねる。主部のアレグロ・モデラートに入ると、前記のモチーフをはじめとする動機群が、半ば分裂症的な挙動と共に行き交い、そこに序奏部の主題が対置される。やがて訪れるのは第1楽章と同じ不協和音によるカタストロフ。トランペットが吹く下降音形（やはりA音の吹き延ばしで始まる）を伴いながらホルンが回帰させるのは、第1楽章冒頭部の主題だ。音楽が平静を取り戻すと、序奏部の主題が感情的な高揚と沈静を経た後、澄んだ響きの中に安息感を漂わすコーダへと流れ込む。それが終結点に達しようかというところでヴァイオリンとヴィオラが奏でるのは、唐突なクレッシェンドを伴う、1オクターヴ半にもおよぶ幅広いグリッサンドの上昇音形。そして付点音符を含む下降音形がゆっくりとした足取りで全曲の幕切れを導く。これに該当する部分のパーティセルにマーラーが妻の愛称を用いて記した言葉は、「アルムシ、お前のために生き、お前のために死ぬ」というものだった。
（木幡一誠）

作曲年代	1910年
初　　演	クックの補筆による全5楽章版 1964年8月13日　ベルトルド・ゴルトシュミット指揮　ロンドン交響楽団
楽器編成	フルート4（第4はピッコロ持替）、オーボエ4（第4はイングリッシュホルン持替）、クラリネット4（第4は小クラリネット持替）、バスクラリネット、ファゴット4（第3・第4はコントラファゴット持替）、ホルン4、トランペット4、トロンボーン4、テューバ、ティンパニ（奏者2）、大太鼓、軍楽隊用大太鼓、小太鼓、シンバル、トライアングル、タムタム、ルーテ、シロフォン、グロッケンシュピール、ハープ、弦楽5部

【当日券情報】都響スペシャル（2/23）（2/21up）
都響主催公演では、都響WEBチケットで当日券を販売いたします。
　【販売時間】
公演当日10:00～開演時間の30分前まで。　※無くなり次第終了
　【販売席】
全席種販売予定
　【販売方法】
都響WEBチケット（座席選択可）
　【受取・支払方法】
①セブンイレブンで発券
　・セブンイレブンでお支払い（クレジットカード、現金でお支払いただけます）
　・都響会員割引がご利用いただけます。　
※会場近くにセブンイレブンが無い場合もございます。事前にご確認の上、ご来場く
ださい。（東京文化会館とサントリーホールは近くにございません）
②電子チケット（スマートフォンとLINEアプリが必要です）
　・クレジットカードでオンライン決済
　・都響会員割引・U-25割引がご利用いただけます。

なお、WEB当日券に余裕がある場合にのみ、会場でも販売いたします。
会場販売では、
・開場時間から販売いたします。※会場販売分の販売枚数が無くなり次第終了。
・座席ランクは選べますが、座席の場所はお選びいただけません。
・お支払はクレジットカード、交通系IC、QRコード決済でお願いします。現金はご利用いただけません。
・U-25割引がご利用いただけます。

聴きどころ

【インバル／都響第3次マーラー・シリーズ①】
「旅は、続く」
2012年～2014年の「新マーラー・ツィクルス」から10年、88歳を迎えたマエストロ・インバルが、みたび都響での交響曲全曲演奏に取り組みます。今回は第10番から開始し、数シーズンかけての完結を目指す、ゆるやかな歩み。1回1回が記念碑となっていくであろうインバルと都響の新たなるマーラー探求の旅に、ぜひご一緒ください。