大野和士、ブリテンを語る

公演情報

取材・文/奥田佳道

都響は「ブリテン:春の交響曲」の演奏を2020年春(3/4定期B)に予定、指揮の大野和士氏にインタビューを行いました。演奏会はコロナ禍のため中止されましたが、インタビュー記事は都響WEBサイトで短期間ながら公開。この度、ブリテン:春の交響曲の演奏が実現するにあたり、当サイトで記事を改めて掲載します。

ブリテン作品がもつ強いメッセージ


 熱き知将・大野和士は、みずからの誕生日を勝負曲《春の交響曲》で寿ぐ。語り口は、いつも以上に滑らかだ。まずはブリテン芸術への想いから。
「私がベンジャミン・ブリテン(1913~76)に魅了されるのは、彼が人の個人的な営みとか、愚かさに目を向けた作曲家だからです。社会から疎外されてしまった人々、戦争の悲惨さ、残酷さ、不条理に対する強いメッセージがありますよね。ええ、告発も。オペラ『ピーター・グライムズ』や《戦争レクイエム》を挙げるまでもありません。そうした発信を極めてパーソナルな立場から行ったところがまた素晴らしい。
 端的に申せば、いえ、これが一番大事なところですが、マイノリティへの眼差しをもった作曲家です。実は同じことがヴェルディにも言えます。ヴェルディのオペラにも、ヨーロッパ白人社会におけるマイノリティ、差別された側の人間が主役として登場するでしょう。リゴレット、ヴィオレッタ、アイーダ、オテッロ……。圧倒的な音楽が書かれていますが、みんなマイノリティです」

春の交響曲

オールドバラの海岸/ wikimedia commons


 ブリテンとヴェルディの「マイノリティへの視座」論だけでも話は尽きないが、大野和士最愛の《春の交響曲》へ進む。
「心と社会の復興、復活を描いたSpring Symphony! 大好きです。これまでも何度か指揮して参りました。
 ブリテンは、パートナーのピーター・ピアーズ(1910~1986/イギリスの名テノール)とオールドバラ(イギリス南東部)の海岸を散歩していた時に、春や復興をテーマとした声楽曲を書きたい、という思いがふつふつと湧いてきたようです。さて歌詞をどうするか。ブリテンたちは最初ラテン語を考えたようですが、普通に使っている言語がいいのでは、メッセージが伝わりやすい、ということで英語の詩をピックアップしていったのですね」
 大野和士が語る曲のコンセプトはこうだ。
「(第2次世界大戦が終わり)疲弊した1945年、でも少しずつ自然が芽吹いてくる。生き物が生き物らしく息づく。そして人間も復活する――4部構成、全部で12曲から成ります。各部は複数の曲から成っていますが、第4部は1曲(第12曲)だけです」
 冒頭、ティンパニとハープが奏でる鼓動のような動機に導かれ、コーラスが〈Shine out〉と歌い出す。第1部第1曲〈輝きを放て〉。
 「どうか輝いて、というニュアンスです。このイントロダクション(導入部)は、ブリテンの繊細な感覚が十全に表れたところです。第2曲〈陽気なカッコー〉の3本のトランペットとテノールの掛け合いの場面から(アタッカで休みなく続けられる)第3曲〈春、甘美な春〉もブリテンの美学そのものです」
 第1部第4曲は〈少年御者〉。
「少年合唱が愛らしく、活き活きと歌います。お客さまもどうぞボーイスカウト(のメンバー)になったつもりで、心躍らせながら聴いていただきたいですね。口笛を吹きたくなりますよ(笑)」
 第2部は3曲(第6~8曲)から成る。
「アダージョ(モルト・トランクィロ)で歌われる第8曲〈外の芝生で寝床に横たわる〉。全曲のなかでも大事なところです。W. H. オーデンの詩。瞑想的、神秘的で、どんな暴力があったのか、ということを逆説的に訴える音楽になっています。《戦争レクイエム》にも通じますね」。
 第3部も3曲(第9~11曲)から成る。
「第9曲〈私の五月はいつ来るだろう?〉、第10曲〈美しく、また美しい〉。短い言葉が繰り返されるこの第3部で、《春の交響曲》の世界が大きく変わります。若い恋人たちの求愛の歌、輝かしい五月。ヴィヴィッドな音楽、まさに躍動感あふれる音楽が軽やかに展開されますが、そんな若者たちの愛や美しい五月の前には、犠牲になった人々もいるわけです。ブリテンはそこも表現しています」。
 フィナーレの第4部は第12曲、1曲のみだ。
「13世紀の古いカノンが歌われます。春の息吹や春祭りの群衆が映し出されたフィナーレです。我を忘れて盛り上がる人々。もんどり打って倒れる。ええ、ここで新たな命が生まれてくるのです。終わり方は、あの交響曲のエンディングを思わせますね(笑)(筆者注:2015年4月、大野和士が都響音楽監督就任記念の定期で指揮したマーラーの第7交響曲)。若き日のブリテンの世界をお楽しみください」。