野々下興一

バストロンボーン

野々下興一 (ののしたこういち) NONOSHITA Koichi

(2012年9月1日入団)

1975年東京都生まれ。
1997年洗足学園音楽大学卒業。
第1回大阪トロンボーンコンペティション “アンサンブル部門”最高位入賞。
バストロンボーンを秋山鴻市氏に師事。
「侍ブラス」、「Trio Diesel」、「Brass Code12」各メンバー。
昭和音楽大学、洗足学園音楽大学、東京音楽大学各講師。

私の音楽はじめて物語

小学校の鼓笛隊で(左/小6)
小学校の鼓笛隊で(左/小6)
 音楽好きの父の影響で、小2からピアノを習いました。ところが始めて数回目のレッスンで「音符を歌ってみて」と言われ、「ドーミーソー」と声を出したところ「ソ」をかなり外してしまい、先生に大笑いされてしまった。先生に悪気はなかったと思いますが、幼心に傷ついて、それでピアノをやめてしまいました。子どものころは毎日サッカーばかりやっていた気がします。
 小4から学校のブラスバンド部(吹奏楽部)に入れたんですが、先の体験で音楽が嫌いになっていたので入りませんでした。一方で学校には朝礼や区の行事で演奏する鼓笛隊(編成は金管、打楽器など)もあって、これは小5から全員参加。音楽の授業でトランペットのマウスピース(プラスチック製)を渡されて、数日後に吹くテストがありました。それで楽器の振り分けをしたんですね。私は家で何となく吹く練習をして、テストでもたまたま音が出た。それで先生が「君はトロンボーンだね」と。音を出せたのと、体格が良かったので手が届くだろう、という判断だったと思います。
 トロンボーンを初めて手にした日にすぐに音階を吹けて、意外と面白いなと。中学ではサッカーか吹奏楽かで迷ったんですが、友だちに誘われて吹奏楽部へ。
 バストロンボーンに出会ったのは中1の途中です。ロータリーの付いたメカっぽいのが格好良かったのと、マーチで(リズムの後打ちではなく)前打ちをやれる。その2点に完全に惚れ込んでしまって。顧問の森崎正和先生に無理を言ってバストロンボーンを吹き始めました。
 中学の部活はあまり盛んではなかったのですが、中2から渋谷区青少年吹奏楽団へ入りました。三界秀実さん(現・都響首席クラリネット奏者)が創設メンバーだった団体で、もう三界さんは吹奏楽団を卒業していましたけれど、中学生の自分にとっては伝説的な存在でした。部活ではスーザなどのマーチをたくさんやり、青少年吹奏楽団では《運命の力》序曲や《シンフォニア・ノビリッシマ》など名曲を体験できて、楽しかったですね。
 中2の時に東京トロンボーン四重奏団のCDを聴いて夢中になり、テレビでN響アワーを観たりしているうちに、オーケストラでトロンボーンをやりたい、という気持ちが芽生えてきました。青少年吹奏楽団の指導をしていた大石清先生(東京藝大教授/テューバ)に、音大へ行きたい、と相談したのは中3の時です。
 本当は音大付属高校へ行きたかったんですが、今からでは間に合わないだろう、と周囲に反対され、ひとまず都立の普通高校へ。大石先生に秋山鴻市先生(N響バストロンボーン奏者)を紹介していただき、高1から師事しました。洗足学園大学に進み、フリーランスで15年ほど活動、都響入団は2012年です。
 都響のロウ・ブラス(トロンボーン&テューバ)は演奏スタイルも音色も素晴らしくて、統一感がある。その伝統を受け継ぎつつ、より良いセクションにしていけたらな、と思っています。

(『月刊都響』2013年6月号 取材・文/友部衆樹)

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