西條貴人

ホルン 首席奏者

西條貴人 (さいじょうたかと) SAIJO Takato

(2000年1月1日入団)

 北海道旭川市出身。東京藝術大学在学中に安宅賞受賞。1997年第14回日本管打楽器コンクールおよび98年第67回日本音楽コンクール第1位。ホルンを窪田克巳、守山光三、千葉馨、松崎裕、笠松長久の各氏に師事。2000年に都響へ入団、現在は首席奏者。東京メトロポリタン・ブラス・クインテット、ジャパン・ホルン・カルテット他のメンバー。トッパンホールアンサンブルなどでCDを多数リリース。東京藝術大学、武蔵野音楽大学、国立音楽大学、各講師。

私の音楽はじめて物語

自宅で(小4)
自宅で(小4)
 最初の習い事は、小2で始めた剣道です。ただ、小3の秋に引っ越して道場が遠くなったのを機にやめてしまったので、通ったのは1年くらい。同じ小3の時に、旭川ジュニア吹奏楽団に入ったのが音楽との出会いです。最初はトランペットを吹いていました。団にはAとBの2グループがあって、前者の方が年長で難しい曲をやっていた。合奏は楽しかったんですが、トランペットは人数がたくさんいたので、中学生にならないとAグループに入れない。ホルンならすぐにAグループに入れるよ、ということで、ホルンに移りました。小4の時です。
 小5の文集に「プロのホルン奏者になりたい」と書いているんですが、これは兄たちの影響です。7歳上の兄がホルンを、2歳上の兄がトランペットをやっていて、もちろん自分より断然上手いわけですから、格好いいなあ、と思っていて。
 小4のころ、初めて自分で買ったレコードはオーマンディ指揮の《だったん人の踊り》。メロディがきれいで、夢中になって聴きました。今でも大好きな曲です。コンサートで記憶に残っているのは、札響の《花のワルツ》ですね。小6のころ、旭川市民文化会館です。1階の一番後方に座っていたんですが、正面に見えていたホルン4人がパっと構えたと思ったら、あのメロディが自分の耳元までスッと届いてきた。鮮明に憶えています。当時の首席は窪田克己先生で、上の兄が就いていた方でした。ホルンってこんな音がするのか、あんな存在になりたい、と初めて思いました。
 中学では吹奏楽部に入りましたが、当時はあまり盛んではなく、楽しくやっていた感じです。中学1~2年で吹奏楽の個人コンクールに出て、北海道大会で2年続けて金賞をいただき、吹奏楽部の先生が「本格的にやってみたら」と勧めてくださって。ホルンのレッスンを受け始めたのは地元の高校に進学した年の秋で、兄と同じ窪田先生に師事しました。ピアノやソルフェージュもやっておいた方がいい、ということで中3から始めたんですが、子どもの時からの蓄積がないので大変でしたね。
 受験準備は整ってきて、音大へ行けるといいな、と思ってはいたんですが、本当にプロになれるのか、という不安も大きくて。子どもが好きだったので、並行して保父になる勉強もしていました。高3の秋、願書を出すギリギリで本当に迷っていた時期に、高校の音楽の先生やOBの方たちに相談する機会があって、やはり受験することに。運良く東京藝大に合格しましたが、オーケストラで吹くことの技量があまりに足りなかったので、特に大学時代の後半からは必死に勉強しました。
 卒業後、東京シティ・フィルで数年吹かせていただき、都響に移籍してから10年以上経ちます。メンバーの世代交代も進みましたけれど、ホルン・セクションの音の方向性や、まとまりのあるサウンドは変わらない気がします。伝統を守りつつ、今後もより良いアンサンブルを作っていきたいですね。

(『月刊都響』2013年4・5月号 取材・文/友部衆樹)

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