店村眞積

ヴィオラ 名誉首席奏者

店村眞積 (たなむらまづみ) Mazumi TANAMURA

(2011年6月1日入団)

2011年6月の入団以来、長きにわたって当団のヴィオラ特任首席奏者を務めただけでなく、読売日本交響楽団ソロ・ヴィオリスト、NHK交響楽団ソロ首席ヴィオラ奏者を歴任するなど、日本のオーケストラ界の発展に大きく寄与した店村眞積の功績を称え、2024年4月1日付けでヴィオラ名誉首席奏者の称号を授与いたしました。
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京都生まれ。日本音楽コンクールなど入賞歴を重ね、桐朋学園大学を経て、1976年イタリアに渡り、ピエロ・ファルッリに師事。その後リッカルド・ムーティに認められ、フィレンツェ市立歌劇場の首席ヴィオラ奏者となる。1977年ジュネーヴ国際音楽コンクール第2位。以後ヨーロッパ各地でソリストおよび室内楽奏者としても活躍。フィエーゾレ音楽祭、ジュネーヴ音楽祭など多くの音楽祭に招かれた。1984年に帰国、同年から読響ソロ・ヴィオリスト、2001年からN響ソロ首席ヴィオラ奏者を歴任。
一方、ソリストとして読響、N響、東京フィル、札響、パイヤール室内管などと共演。サイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管のメンバーを務めた。さらに「ヴィオラ・スペース」への出演をはじめ、日本を代表するヴィオラ奏者として、室内楽やソロの分野でも幅広い活動を展開、CDも数多くリリースしている。2011年6月、都響ヴィオラ特任首席奏者に就任。東京音楽大学客員教授。第30回有馬賞を受賞。令和2年度京都市文化功労者表彰を受けた。2024年2月22・23日、エリアフ・インバル指揮によるマーラーの交響曲第10番で、都響特任首席ヴィオラ奏者としてのラスト・ステージを迎えた。

私の音楽はじめて物語

自宅で(6歳)
自宅で(6歳)
 父は同志社大学でフランス文学を教えていましたが、もともとは音楽志向で、ヴァイオリンを始めたのが遅かった(大学に入ってから)ためにその道を断念した人でした。それで子どもたちはみな音楽をやっていて、私の場合は兄(7歳上)がヴァイオリンを弾いているのを見て自分もやりたくなった。6歳の時です。
 ただ、父は子どもをプロにするつもりはなく、自分も先生には就かず、父や兄の手ほどきだけで好き勝手に弾いていました。
 中2から、ご縁があって東儀祐二先生に師事。生徒さんたちのレベルの高さに衝撃を受けましたね。習い始めてすぐ、東儀先生に「力試しに受けてごらん」と言われて学生音楽コンクールに参加。もちろん第一次予選で落ちましたが、逆に発奮して。あと1年勉強して結果が出なかったらヴァイオリンをやめよう、と必死に練習したところ、中3の時、同コンクールで西日本大会1位をいただき、それで道が定まりました。
 京都市立堀川高校音楽コースへ進学、引き続き東儀先生に師事、時々鷲見三郎先生にも見ていただき、高校の終わりころから東京へ通って江藤俊哉先生にもレッスンを受けました。
 高校卒業後は4年間、大学へ行かずに毎週1度東京へ通い、江藤先生の個人レッスンを続行。とにかく基礎が足りなかったので、学校へ通わずひたすら練習して巻き返そうと。ただ、世に出るにはやはり大学へ行った方が良いだろうと、それから桐朋学園大学へ入りました。22歳の時です。
 大学では引き続き江藤先生に師事。齋藤秀雄先生にオーケストラのことをいろいろ教えていただき、オケではヴァイオリンもヴィオラも弾きましたが、齋藤先生に「ヴィオラをやりなさい」と勧められたのが大学3年のころ。最初は仕方なくでしたが、1974年に齋藤先生の肝いりで桐五重奏団を結成、ヴィオラを担当しましたから、そろそろ徹底的にやった方が良いだろうと。
 改めてヴィオラを勉強しよう、と考えた時に、思い出したのがその数年前に東京文化会館で聴いたイタリア弦楽四重奏団。ヴィオラを弾いていたピエロ・ファルッリさんが素晴らしくて、師事するならこの先生しか考えられなかった。
 伝手をたどってファルッリ先生に連絡を取り、1週間後には先生が住んでいるフィレンツェへ行ってレッスンを受け始めました(1976年春)。その半年後にフィレンツェ市立歌劇場首席ヴィオラ奏者のオーディションを受け、ムーティが認めてくれて入団。その際、ヨーロッパで活動するならコンクール歴があった方がいいと言われたので、翌1977年のジュネーヴ国際コンクールへ参加、第2位をいただくことができました。
 フィレンツェ市立歌劇場で8年ほど務め、いつかは日本へ帰るつもりだったので、声をかけていただいた読響へ入団(1984年)。あまりひとつのところで勤め上げるという発想がない(笑)ので、その後は誘っていただいたN響へ移籍(2001年)、契約が一段落したタイミングで都響へ移ったのが2011年です。
 都響はとても真摯なオーケストラ。皆が演奏への準備を常に怠らず、でも個人プレイに走らず、全員が同じ立場で音楽へ向き合う。都響ならではのアンサンブルがしっかりしていて、同時に指揮者へ対応する柔軟性も高い。これからも充実した演奏をしていけるといいなと思っています。

(『月刊都響』2015年3月号 取材・文/友部衆樹)

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