矢部達哉

ソロ・コンサートマスター

矢部達哉 (やべたつや) Tatsuya YABE

(1990年9月1日入団)

 東京生まれ。江藤俊哉氏に師事。89年桐朋学園ディプロマコース修了後、90年22歳の若さで都響ソロ・コンサートマスターに抜擢される。89年からサイトウ・キネン・オーケストラに参加。小澤征爾の指揮の下、オペラや交響曲でコンサートマスターを務めている。92年よりジャパン・チェンバー・オーケストラのコンサートマスターの1人としても活動。ソリストとしては朝比奈隆、小澤征爾、若杉弘、フルネ、クレー、デプリースト、インバル、ベルティーニら著名指揮者の下で共演し、絶賛を博す。室内楽では、アルティ弦楽四重奏団のメンバーとしても定期演奏会を行う。
 ソロCDは『ソット・ヴォーチェ』『エシェゾー』『レザムルーズ』『ツィゴイネルワイゼン』『ディア・モリコーネ』(以上、ソニー・クラシカル)があり、最新盤は『モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番・第5番「トルコ風」』(EXTON / 2012年11月21日発売)。95年第5回出光音楽賞、平成8年度村松賞、96年第1回ホテルオークラ音楽賞を受賞。
最新CD<br />
『モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番・第5番「トルコ風」』(EXTON)
最新CD
『モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番・第5番「トルコ風」』(EXTON)

私の音楽はじめて物語

発表会で(7歳)
発表会で(7歳)
母方の曾祖母の代か、その一つ上の世代の身内で、東京音楽学校(東京藝大音楽学部の前身)でヴァイオリンを学んだ女性がいて、20代で夭折しているんです。その流れで祖母や母も音楽に親しんでいましたし、周囲に音楽家はいなかったのですが、一族の期待(?)みたいなものがあって。5歳のクリスマスにヴァイオリンをプレゼントされて、スズキ・メソードでレッスンを受け始めました。
今と違って当時はわりと器用で、他の子が1週間に1曲仕上げるところを3曲弾いたりして、進むのは早かったようです。小5の時に江藤俊哉先生が指導していたNHK『バイオリンのおけいこ』に生徒として出演、それがきっかけになって江藤先生に師事しました。

当時、大変だったのは、団地住まいで夜6時から8時までしか練習できなかったこと。江藤先生のレッスンは、第1週にコンチェルトの第1楽章、第2週で第2・3楽章、第3週で全曲、第4週で暗譜して全部仕上げる、というサイクル。それを1日2時間の練習でやるのは本当に厳しかった。とはいえ素晴らしい先生でしたし、音楽をやる上で根本的に大事なことを徹底していただいた。第一線のソリストから指導を受けられたのは幸運だったと思います。
中2の時、東京文化会館でカラヤン&ベルリン・フィルの《運命》を聴いて度肝を抜かれ、これがオーケストラの魅力に目覚めた原体験でした。高1でマーラーの9番をレコード(これもカラヤン&ベルリン・フィル)で聴いて「こんなにすごい曲があるのか」と感動。オーケストラの中で初めて弾いたのは、桐朋ディプロマ・コースに入った年に高関健さんの指揮で演奏したベートーヴェンの7番です。とても心が震えた体験で、自分が進むべき道はこれだ! と確信しました。
ディプロマ卒業後は1年ほどフリーで活動、いくつかのオーケストラからゲスト・コンマスとして呼んでいただいたりしました。東京国際音楽コンクール室内楽部門にカルテットで参加、第1位をいただいた時の演奏を今村晃さん(都響楽団主幹/当時)が聴いてくださったのと、都響でエキストラとして弾いた際に古澤巌さん(都響ソロ・コンマス/当時)との出会いがあり、都響からソロ・コンマスのオファーをいただいたのが1989年の秋。実はその時、あるオケとコンマスとして契約寸前だったのですが、土壇場でキャンセルして都響のお話を受けることに。その3日後、さらに別のオケからもコンマスのオファーをいただいたのですが、それもお断りせざるを得なくて。とても光栄なことでしたが、21歳の自分としてはすごく重たい1週間でした。
入団して、早くも25年。これまで、合奏の精度を上げることに皆で努力してきて、おかげさまで都響のアンサンブルの良さはとても高い評価をいただいています。が、それは音楽を表現するための一つの手段に過ぎないですし、目的であってはいけない。創立50周年を迎えて、さらに先へ進まなければ、思っています。

(『月刊都響』2015年3月号 取材・文/友部衆樹)

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