アラン・ギルバートと都響のブラームス交響曲サイクルに寄せて

公演情報

中村真人(音楽ジャーナリスト/ベルリン在住)

 この7月、アラン・ギルバートと東京都交響楽団が行うブラームスの交響曲全曲演奏会は、緊密な共同作業を続けてきたこの両者にとって、ひとつの集大成ともいえる機会になりそうだ。ギルバートが2011年7月に都響を初めて指揮したときの演目が、ブラームスの交響曲第1番。結果的にそこでの大成功が、2018年の首席客演指揮者就任へと結びつき、モーツァルト、ベートーヴェン、ブルックナー、マーラーといったドイツ=オーストリア系のレパートリーを中心に数多くの名演を生み出してきた。
 
 今回この両者は初顔合わせのとき以来となるブラームスを共演する。しかも、交響曲サイクルの形でとなると、期待がいやがうえにも膨らむのは当然だろう。
 
 
 
 
 
 

因縁のある交響曲第3番~NDRエルプフィル、ベルリン・フィル

 ギルバートのブラームス解釈を語るにあたり、彼が2019年から首席指揮者を務めるNDRエルプ・フィルハーモニー管弦楽団との仕事を抜かすことはできない。ちょうど80年前の1945年にハンブルクに創設されたこのオーケストラは、長年北ドイツ放送交響楽団の名で日本でも親しまれてきた。特にハンブルクに生まれたブラームスの作品解釈には定評があり、ギュンター・ヴァント、クリストフ・フォン・ドホナーニら歴代の音楽監督によって育まれてきた豊かな伝統がある。
 この4月、ギルバートは英グラモフォンのポッドキャストに登場し、NDRエルプ・フィルとの共同作業や、彼らが最近CDをリリースしたブラームスの交響曲第3番について語っている。その内容がとても興味深いので、ご紹介しよう。
 ギルバートがこの楽団にデビューしたのは2001年のこと。「当時はかなり荒削りなところがあり、あまり幸せそうな雰囲気ではなかったのです。私は緊張しながらその場に臨みましたが、不思議なことに最初から化学反応のようなものがありました」と彼は振り返る。2004年から2017年まで長きにわたって首席客演指揮者を務めることとなり、現在は「私が最初にこのオケを指揮したときよりもはるかに柔軟になりました。そして今、最も印象的なのは、彼らがリハーサルやコンサートに持ち込む精神のポジティブさ、温かさ、誠実さと寛大さです。その幸せな場所で、皆一生懸命に努力し、良い演奏をしたいと願っています」と話すように、きわめて充実した状況にあるようだ。それは、ギルバートが首席指揮者としての契約を2028/29年シーズンまで延長したことにも表れている。

 そんな両者がリリースしたブラームスの交響曲第3番は、どのような成果をもたらしたか?CD録音と同時期の2020年2月のライブ映像が公式YouTubeで公開されているが、とても充実した、繰り返し聴くに足る滋味ゆたかな演奏だ。ギルバートは「第3」の核心についてこう述べる。
「とてもすばらしい作品です。内省的で、力ずくでは反応しません。音楽の核心に何らかの形で入り込まなければならないのです。この作品にはある種とらえどころのない物語の筋道があります。それは直線的ではなく、安心感を抱こうとしながらも、同時に旅路の不安定さをかかえこむ道を模索しているのです。私はオーケストラの皆さんによく言いますが、第1楽章ではコーダまで伝統的な属和音はありません。実際に見てみると、驚くべきことです」
 ギルバートの言葉と彼が指揮する演奏に触れていると、ブラームスの交響曲のなかで最も地味でありながらも、長調と短調の間を揺れ動きながら、じんわりとあたたかい気持ちに満たされる「第3」にこそ、ブラームスの交響曲の真髄があるのではという確信を抱くのである。
「本当に愛する作品です。私は自分の方法で指揮しますが、説得力があることを願っています。しかし、ナーバスになるのではなく、毎回この作品を生き生きと再現する挑戦に特別な興奮を感じます」
 交響曲第3番は、ギルバートにとってよほど因縁のある曲なのだろうか。2006年2月、彼がベルナルド・ハイティンクの代役としてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団にデビューした際の演目もこの曲だった(もう1曲はシューマンの交響曲第1番)。ベルリン・フィルを急遽代役で指揮するのに、こんなに怖いプログラムもないだろう。しかし、ギルバートはそこで百戦錬磨のオケのメンバーから「合格点」を与えられたに違いない。その証に、今日に至るまで、彼はベルリン・フィル常連の客演指揮者として定着している。晦渋な「第3」に定評があるというだけでも、ギルバートのブラームス解釈は信頼に値すると思う。

人生の流れとともに充実の演奏を続ける、ギルバート×都響

©Rikimaru Hotta


 「第3」に多くの誌面を割くことになったが、今回の交響曲サイクルで演奏されるほかの作品についても少し。
 交響曲第1番については、多くの言葉は不要だろう。ギルバートと都響の原点であり、14年ぶりの共演となる。この間のブルックナーやマーラーなども含めた両者の豊富な経験を活かして、いっそう雄渾でスケールゆたかな名演が生まれる予感がする。
 ブラームスの第1番は普通コンサートのメイン演目だが、今回は第1番が前プロで、第2番がメインプロを飾るのだからぜいたくだ。この「第2」は、交響曲第1番の重圧から解放されたブラームスが、より熟した書法で短期間のうちに書いただけに、2つの作品の対比を味わうにはまたとない機会になるだろう。ギルバートは来年1月から2月にかけて、NDRエルプフィルとこの曲を集中的に取り上げる予定になっている。
 第3番とのカップリングで演奏される第4番は、交響曲作家としてのブラームスの集大成であり、バロックの様式を取り入れるなど原点回帰の色合いが濃い作品。若々しくエネルギッシュなイメージが強いギルバートだが、ブラームスが第4交響曲を書いた年齢(52歳)をいつの間にか超えている。人生の流れとともに充実した共同作業を続けてきたギルバートと都響は、この最後の交響曲をどう結実させるだろうか。

都響スペシャル(7/18)(平日昼)

2025年7月18日(金) 14:00開演 サントリーホール

プロムナードコンサートNo.413

2025年7月19日(土) 14:00開演 サントリーホール

指揮/アラン・ギルバート

ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 op.68
ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 op.73
公演詳細(7/18)
公演詳細(7/19)

料金/S¥7,500 A¥6,500 B¥5,500 P¥4,000

第1024回定期演奏会Aシリーズ

2025年7月23日(水) 19:00開演 東京文化会館

都響スペシャル(7/24)

2025年7月24日(木) 19:00開演 東京文化会館

指揮/アラン・ギルバート

ブラームス:交響曲第3番 へ長調 op.90
ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 op.98
公演詳細(7/23)
公演詳細(7/24)

料金/S¥7,500 A¥6,500 B¥5,500 C¥4,500 Ex¥3,200