【インタビュー】矢部達哉 すぎやま先生の思い出(10/19都響スペシャル)
公演情報
すぎやまこういち氏と長きにわたって共演を果たし、《神秘なる静寂》《日本の風》を献呈され、10月19日にソリストとして初演を行う矢部達哉。思い出を伺いました。
取材・文/友部衆樹
神秘なる静寂
『ドラゴンクエスト』には素晴らしい曲がたくさんありますけれど、僕は中でも『ドラゴンクエストⅧ』の《神秘なる塔》が好きで。打楽器の短い前奏があって、オーボエがメロディを歌い始める。いつも感動しながら演奏していました。自分の葬式でエンドレスで流してほしい曲を選ぶとしたら、これだなと。
すぎやま先生とも「僕は《神秘なる塔》が好きで、自分の葬式で流したいんですよ」「ああ、そう、ありがとう」みたいな話をしていました。するとある日突然、先生のお宅にお邪魔した時に、「はい、これ」と楽譜を渡されて、「矢部さんのために《神秘なる塔》を書き直してみた」「ええ、本当ですか?」と。タイトルを《神秘なる静寂》に変えて、ヴァイオリン・ソロと弦楽合奏のために編曲してくださったんですね。
ただ、なかなか採り上げる機会がなくて。先生のお誕生日会があった時に、僕は都響のメンバーを雇って、スタジオでこの曲をレコーディングして、プライベート盤を1枚だけ作ったんです。それをサプライズでお誕生日会で流したら、すぎやま先生がボロボロ泣きながら「良かった、生きているうちにこれを聴けて」と言ってくださった。だから公開の場で演奏してなくて、10月19日が初演になります。
日本の風
《日本の風》も、ある日先生のお宅へ伺った時に、「はい、これ」と楽譜を渡されて。「矢部さんのためにヴァイオリン・コンチェルトを書いてみた」と。この時も本当に驚いて、「ありがとうございます!」と持ち帰って、ソロ・パートを弾いてみた。次に行った時に先生の前で弾いて、「こんな感じですか?」「この音はちょっと間違いだね」とかそんな話をしました。先生は「ブラームスがコンチェルトを書いた時も、ヨアヒムとこんなやりとりをしたんだろうね。こういう会話ができて嬉しいなあ」と。この曲もなかなか演奏する機会がなくて、やはり10月19日が初演になります。
先生が晩年、よく言ってらしたのは「自分はもうすぐいなくなるけど、日本の子どもたちがこれからも平和に過ごせるといいな」と。平和や日本の心をすごく大事にしていらしたから、心の中でメロディが生まれる時は、和風の響きになったのかもしれません。『ドラゴンクエスト』にも雅楽みたいな部分があります。ずっと続いてきた日本の伝統や文化はなくなってほしくない、そんな思いを随所に感じますね。
《日本の風》と《神秘なる静寂》は、曲の長さも楽器編成も異なりますけれど、構成的には姉妹作です。2曲ともゆっくりとしたテンポで始まり、速い部分があり、カデンツァがあり、ゆっくりとした部分に回帰して終わる。作曲されたのも2~3年くらいしか離れていないはずです。
僕が委嘱したわけでも、先生から「矢部さんのために書くよ」と言われたわけでもなく、ある日突然「はい、これ」と渡された。演奏されることを想定せず、趣味のように気が向いたから書かれた。そんな2曲ですね。
指揮者として
すぎやま先生は、アドルフ・ブッシュ(ヴァイオリン/1891~1952)、ルドルフ・ゼルキン(ピアノ/1903~91)、ブルーノ・ワルター(指揮者/1876~1962)といった往年の巨匠たちの録音に、SP時代から親しんだ方です。古き良き時代の本質的なものが身体の深いところに入っていて、それが自分の作品に反映され、指揮にも表れる。
先生の、弦楽器への思いを何度か感じたことがあって。『ドラゴンクエスト』を弾いた時に、ちょっと「高級」なフィンガリング(ヴァイオリンのD線で高い音域を弾く)を使ったことがありました。すると指揮をしていた先生が「ありがたい、そこでD線を使ってくれるなんて」と。弦楽器の構造や指遣いまで、深く理解していた方でした。
すぎやま先生が指揮すると、弦楽器が本当に良い音で鳴るんです。都響が札幌へ行って、初日は『ドラゴンクエスト』、次の日がシンフォニー、という2日公演を何度かやりました。それで、初日のアンコールの時に翌日のプロモーションを先生がやってくださった。「明日はこんな曲をやります」と。ブラームスの交響曲第1番フィナーレの第1主題。それは、都響からこれほど豊かな響きを引き出した指揮者はいただろうかと思ったくらい。またある時は、同じくブラームスの交響曲第4番冒頭。最初の「H・G」の2音は、指揮者にとって永遠の課題と言われるくらい難しいそうですが、先生の指揮は信じられないくらい素晴らしかった。
すぎやま先生の指揮は、他の誰にも似ていないんですよ。ぱっと見ると、シンプルに腕を上下させているだけ。ですが、そこには音の深さ、音色、テンポ、たくさんの情報が含まれている。指揮の技法に関して、独自のルートで頂点までたどり着いた人だと思います。
紅白の『ドラゴンクエスト』
先生は皆に対してフェアで、年下の若い人にもきちんと敬語で話す方でした。初めて会った20代の人にも「〇〇さん」って呼びかけて、絶対に呼び捨てにしなかった。だから皆に愛されたのだと思います。『ドラゴンクエスト』コンサートの最後にアンコールを弾いていると、オーケストラのメンバーが感動して先生のことを思い出しているな、という雰囲気になります。
『紅白歌合戦』に都響が出演して、『ドラゴンクエスト』を演奏したことがあります(2021年12月31日)。あれは奇跡的な演奏で、ドンカマも指揮もないのに、一瞬の乱れもなかった。僕が都響メンバーに言ったのは「先生は晩年、テンポが少しゆっくりになっていたけれど、NHKはCDの録音をもとに時間を決めているから、今から10年くらい前の先生の感じでやりましょう」だけ。皆がなるほど、みたいな感じですっと演奏に入れた。すぎやま先生とはそのくらい深い結びつきがあったんです。
(2025年10月19日公演プログラム)

創立60周年記念
都響スペシャル「すぎやまこういちの交響宇宙」
2025年10月19日(日) 15:00開演 東京芸術劇場コンサートホール
指揮/大野和士
ヴァイオリン/矢部達哉*
合唱/新国立劇場合唱団**
【魂(こころ)ゆさぶる旋律。今、復活の時!】
すぎやまこういち:カンタータ・オルビス**
すぎやまこういち:ヴァイオリンのための小協奏曲《日本の風》*
すぎやまこういち:ヴァイオリンのための《神秘なる静寂》*
すぎやまこういち:交響曲《イデオン》
公演詳細