松木さや

フルート 首席奏者

松木さや (まつきさや) Saya MATSUKI

(2023年8月1日入団)

東京藝術大学卒業。同大学院修了。安宅賞、アカンサス音楽賞、三菱地所賞受賞。
第62回全日本学生音楽コンクールフルート部門高校の部東京大会第1位、全国大会第1位。第29回日本管打楽器コンクールフルート部門第1位、文部科学大臣賞、東京都知事賞、東京ニューシティ管弦楽団特別賞受賞。第23回日本木管コンクールフルート部門第1位、コスモス賞(聴衆賞)、兵庫県知事賞、神戸新聞社賞受賞。平成24年度優秀学生顕彰文化・芸術分野大賞。第82回日本音楽コンクールフルート部門第1位。岩谷賞(聴衆賞)、加藤賞、吉田賞、E・ナカミチ賞受賞。
これまでに二藤部裕一、佐野悦郎、金昌国、高木綾子、神田寛明の各氏に師事。
オーケストラ・アンサンブル金沢フルート奏者を経て、現在東京都交響楽団首席フルート奏者。

私の音楽はじめて物語

フルートを始めたころ(小4)
フルートを始めたころ(小4)
9歳でフルートを始める

 音楽との出会いは3歳の時です。近所にピアノ教室があると知って、姉が習いに行くことになり、私も見学についていきました。その場で母に「あなたもやる?」と聞かれて、「やりたい」と答えたみたい。まったく憶えてないのですが(笑)。
 坂京子(ばん・きょうこ)先生に師事しました。教室ではまずカードを使ってひらがなやカタカナを学び、「ドレミ」を書いたりして鍵盤の位置を知ることから始めました。後は、先生にリクエストした曲を弾いてもらったり、レッスンというより遊びに行っていた感じです。2年に1回発表会があり、ショパンをよく弾いていました。先生には大学受験までお世話になりました。
 小4(9歳)で小学校の吹奏楽部に入ったのが、フルートを始めたきっかけです。小1~小3は放課後に学童保育へ行きましたが、小4になるとそれが終わってしまう。なので、両親は部活動に入ってほしかった。小学校にはバスケット部と吹奏楽部しかなかったので、それなら吹奏楽部かなと。母が趣味でフルートを始めようとして楽器を買ったものの、続かずにやめていたので、家にフルートがあったんですね。その楽器を持って入部しました。
 初めてフルートを吹いた時は息が足りなくて、苦しかった。1回のブレスで1個の音を吹くのが精一杯で、音を連続して何個か吹けるようになるまで結構時間がかかりました。身体が小さな子はU字管を使うことが多いですが、私はかろうじて右手が届いたので最初から普通の楽器で。小指がキーに届かなくて苦労しましたが、それは成長に従って1年くらいで解消できました。
 練習はあまり厳しくなくて、皆で集まって楽器も吹くけどおしゃべりで終わる時もあり、部活の後は校庭を走り回って遊んだり、のびのびとやっていました。演奏は学校の朝礼や運動会で。ディズニーランドで演奏したこともあります。ビデオ審査があって、それに通るとディズニーランドの中で演奏できる、その後は遊べる、という(笑)。楽しかったですね。
 フルートをもう少し本格的にやりたくなって、小5から二藤部裕一先生に師事しました。楽器の持ち方や運指などを初歩から丁寧に教えていただき、この時期に基礎をきちんと学べたのは良かったと思います。小6からコンクールも受け始めました。

中学・高校時代

 地元の公立中学校へ進学、吹奏楽部へ入部。練習は小学校時代より厳しくなり、土曜も部活があることが多かったので、同じく土曜に受けていたフルートのレッスンと日程調整が大変でした。吹奏楽コンクールは地区大会までで、県大会へは行けませんでしたが、中3の時に《ダフニスとクロエ》をやり、ソロを吹かせていただいたのが印象深いです。
 中2から毎年、全日本学生音楽コンクールに参加、それを機会に佐野悦郎先生(武蔵野音大教授)にもコンクール前にレッスンを受けるようになりました。コンクールでは、全国の同世代の素晴らしい演奏を知って圧倒されることが多かったですね(高3の時に全国大会1位)。
 高校は音楽高校などは考えず、家から近くて通いやすい日出学園高校へ進学しました。引き続き吹奏楽部に入り、高3の吹奏楽コンクール東関東大会で金賞を取れたものの、全国大会へはあと一歩及ばず、でした。

東京藝大

 東京藝大の受験を決めたのは高2の冬ころです。全日本学生音楽コンクールで刺激を受け、もっと上手くなりたいとずっと思っていましたし、大学へ行けば専門的にいろいろ学べるのではないかと。決断が遅かったので、準備は慌ただしかった。ピアノの先生のご主人である坂幸也(ばん・こうや)先生(武蔵野音大名誉教授)と内藤忠勝先生(武蔵野音大教授)にソルフェージュと和声を習い始め、佐野先生と二藤部先生に並行してフルートのレッスンを受け、ピアノもレッスンを継続。高3の1年間は忙しかったです。
 東京藝大に合格。大学1年は金昌国先生、大学2年~大学院1年は高木綾子先生、大学院2~3年は神田寛明先生に師事しました。
 金先生には「音が小さい」と何回も指摘され、楽器をいかに響かせるかを徹底されました。またアンブシュア(口の形とその機能)や息の圧力など、基礎を改めて教えていただきました。高木先生は、ご自身のソリストとしての経験や技術をもとに、身体や息の使い方、実践的な音楽づくりなどを導いてくださり、私にとって本当に貴重な体験になりました。神田先生はN響の「顔」。演奏姿を観たり聴いたりするたびに刺激を受け、オーケストラへの興味がわきました。
 学生時代はコンクールに集中、日本管打楽器コンクール(大学4年)、日本木管コンクール(大学4年)、日本音楽コンクール(大学院1年)でそれぞれ1位をいただくことができました。

オーケストラ・アンサンブル金沢

 大学院2年でオーケストラのオーディションを受け始め、2015年4月にオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)に入団しました。最初の1年は大学院3年と並行でしたし、オーケストラの経験がほとんどないまま入団したため、なかなか大変な日々でした。
 当時の音楽監督は井上道義さんで、「もっと(表現して)」と何度も言われ、オーケストラ奏者として育てていただいたと思います。楽員さんも自分の成長を見守っていただいた感じがします。OEKには2023年3月まで8年在籍しました。

都響へ

 2022年冬に都響のオーディションを受け、2023年4月から試用期間、入団は同年8月です。室内オーケストラであるOEKとはレパートリーが違うので、まずは譜読みに追われています。演奏したことがあるモーツァルトやベートーヴェンでも、フル編成だと違った難しさがありますね。とはいえリハーサルも本番も、いつも驚きと発見に満ちていて、とても刺激を受けています。都響を聴いて豊かな時間を過ごし、元気になれる、そんな演奏をできるよう、これからも自分を成長させていければ、と考えています。

(『月刊都響』2026年2月号 取材・文/友部衆樹)

楽員紹介一覧