定期演奏会 Bシリーズ

第965回定期演奏会Bシリーズ

終了日時：2023年1月12日（木） 19:00開演（18:00開場）

場所：サントリーホールホール案内座席表

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指揮／小泉和裕

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曲目

シェーンベルク：浄められた夜 op.4

曲目解説
ブラームス（シェーンベルク編曲）：ピアノ四重奏曲第1番ト短調 op.25（管弦楽版）

曲目解説

シェーンベルク：浄められた夜 op.4

　19世紀末から20世紀前半という動乱の時代にあって、強烈な個性を発揮しつつ、激烈な創作活動を繰り広げたアルノルト・シェーンベルク（1874～1951）。そうした作曲家人生に呼応するかのように、彼については、西洋音楽の「革新者」あるいは「破壊者」といった指摘がしばしばなされる。その証拠として挙げられるのが、従来の西洋音楽が用いてきた調性を打破し、無調、さらには12音技法へと突き進んでいったという点。
　ただし近年では、そうした見方自体に疑問が投げかけられている。そもそもシェーンベルクの作品は決して「無調」などではない。むしろ19世紀の西洋音楽が推し進めた様々な新しい可能性（それを成し遂げた典型こそ、ワーグナーでありブラームスだった）を、さらに押し広げたのがシェーンベルクだった。つまり、西洋音楽の伝統から彼を切り離すのではなく、逆にそうした伝統の文脈においてその作品や人生を再考することが重要なのではないか……。
　本日のプログラムは、まさしく「シェーンベルク再考」を促すものといえるだろう。《浄められた夜》が若書きの作品だから、あるいは《ピアノ四重奏曲》がブラームスの編曲だから、シェーンベルクの他の作品に比して耳に馴染みやすいのではない。これらの作品に潜む数々の引っ掛かりは、そのまま一般的なシェーンベルク・イメージに直結するものであり、逆にこのようなイメージの基となるシェーンベルクの音楽の特徴は、実のところ西洋音楽の伝統に深く根差すものだった。

　《浄められた夜》の原題はドイツ語で“Verklärte Nacht”。最初の単語の基となる verklären という動詞は「浄らかに変容する」という意味だ。たとえば、宗教改革を起こしたマルティン・ルター（1483～1546）が訳したドイツ語聖書でも、人間の姿となってこの世に生まれたイエスが、十字架への道行きの直前、弟子たちの眼前で浄く輝いた姿となって現れる箇所でこの言葉が用いられる。
　なぜこのようなことを書いたのかといえば、シェーンベルクがこの曲を作るきっかけとなった同名の詩が、まさにイエスの誕生へ向けた聖書の記事を彷彿させるものとなっているからだ。つまり、恋人がいる身でありながら、別の男性の子を妊娠した女性が、月夜の晩に恋人に対して真実を告白。それを聞いた恋人は、彼女のお腹の中の子を自分たちの子として育ててゆくことを決意する……。まさに、聖霊によってイエスを身籠ったマリアの全てを許婚のヨセフが受け止め、イエスを自らの息子として育てたというエピソードと、見事なまでに重なり合う。
　実のところ、「浄められた夜」という詩は『女性と世界』（1896）という詩集に収められており、これを書いたのはドイツの詩人リヒャルト・デーメル（1863～1920）である。彼はこの詩集において、聖母マリアやマグダラのマリア、さらにはヴィーナスといった聖書や神話の登場人物を融合し、女性のエロスによる人類の救済を描こうとした。つまり、ヨーロッパの伝統的な宗教や文学を継承しながら、それらの再構築、再創造を行い、独自の哲学的・文学的世界を築き上げようということ。
　このようなデーメルの作品を前に、音楽の世界における伝統の変容や浄化、つまり文字通りの verklären を目指していたシェーンベルクが、共感を抱かないわけがない。結果生まれたのが、《浄められた夜》である。もともとは、ヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ2から成る弦楽六重奏曲として書かれたが、この編成では、たとえば彼が尊敬していたブラームスによる作品が2曲残されている。しかもブラームスからの影響は、特に曲の後半部分、チェロが低弦の魅力をたっぷりと含みながら、美しく愁いを帯びた旋律を歌い上げる箇所にも明確に聴き取れる。さらには、これもまたブラームス作品の特徴である小さな動機を密接に結び合わせてゆく手法、拍節感をあえて壊し拍子そのものを浮遊させる工夫も、随所に散りばめられている。
　そのブラームスのライヴァルとして喧伝されてきたのがワーグナーだが、シェーンベルクにとってはワーグナーもまた崇拝の対象だった。何しろ「浄められた夜」を含むデーメルの詩集そのものが、『トリスタンとイゾルデ』をはじめとするワーグナー作品に見られるエロスの探求、女性による救済、夜に対する憧れに満ち溢れているほど。となれば、そのデーメル作品から着想を得たシェーンベルクのそれが、ワーグナー的な世界を目指したものとなっているのは明らかである。そして音楽の上でも、『トリスタンとイゾルデ』に典型的に現れる複雑な和音（トリスタン和音）や、極限の官能や懊悩を催させる半音階が随所に盛り込まれている。
　もちろんシェーンベルクは、19世紀後半の音楽界を二分したブラームスとワーグナーという大先達の芸風を、足して二で割ったわけではない。弦楽器だからこそ表現可能な、時にざらりとした、時に攻撃的な響き。短い場面を鮮やかに転換させてゆく技法。そして何よりも、最も甘くとろけるような箇所においてさえ、どこか突き放したような冷徹な表現を志向する姿勢。シェーンベルクの特徴として指摘される様々な要素が、すでにこの作品には充分すぎるほど脈打っている。
　曲全体は、デーメルの詩を踏まえて5部構成となっている。（1）懊悩を抱えて恋人と歩む女性、（2）恋人以外の子どもを妊娠したことを告白する彼女の苦しみ、（3）煌々とした月明かりの中に照らし出される打ちひしがれた2人、（4）女性の身籠った子どもの全てを受け入れる決意を静かに語り始める恋人、（5）月明かりの中にかたく抱き合う2人。このような標題的情景を音楽……しかも絶対音楽がほとんどだった室内楽によって描き出した「標題的室内楽」とも呼べる作品こそが《浄められた夜》なのである。
（小宮正安）

　
　

作曲年代	弦楽六重奏版／1899年　弦楽合奏版／1917年、1943年改訂
初　　演	弦楽六重奏版／1902年3月18日　ウィーン
楽器編成	ヴァイオリン2部、ヴィオラ2部、チェロ2部、コントラバス

※ 本稿の執筆にあたっては、特に柿沼敏江著『〈無調〉の誕生：ドミナントなき時代の音楽のゆくえ』（音楽之友社、2020年）を参照した。
　

ブラームス（シェーンベルク編曲）：ピアノ四重奏曲第1番ト短調 op.25 （管弦楽版）

　シューマンによってその才能を見いだされ、19世紀後半のドイツ語圏を代表する音楽家となったヨハネス・ブラームス（1833～97）。彼が主に20代後半に取り組んだ作品の一つが、ピアノ四重奏曲第1番である。
　ピアノ四重奏曲といえば、モーツァルトのものが先ず頭に浮かぶだろう。それがシューマンを経て、その後輩であるブラームスへと受け継がれるわけだが、そこでは常に「弦楽三重奏とピアノのための室内楽曲」という特徴が貫かれていた（この点、少なくともモーツァルトの時代までは「ヴァイオリンとチェロの伴奏付きのピアノ独奏曲」という位置づけだったピアノ三重奏曲とは、出自が根本的に異なっている）。
　つまりピアノ四重奏曲で要求されるのは、ピアノ・パートと三種類の弦楽器がいかに密接に結びつき絡み合うか、という問題意識に他ならない。しかも若き日のブラームス特有の激しく情熱的な楽想も相まって、当作品は単に室内楽曲という枠組みを超え、シンフォニックな響きを具えることとなった。その点に着目し、大オーケストラ用の編曲へと踏み出したのがシェーンベルクである。
　それにしてもなぜ、12音技法に代表される「革新的」な「現代音楽」作曲家のシェーンベルクが、「保守派」と目されることの多いブラームスの作品の編曲を手掛けたのだろう？
　実のところシェーンベルクは、自分こそがブラームスに連なるドイツ音楽の継承・発展者であると考えており、しかもブラームス作品の音楽構造や音列が大きな革新性を秘めていることを看破していた。当作品の第1楽章の冒頭部分からして、12音技法にも近い音列が提示され、さらにこれが何調に定まるのかが分かるまで10小節も要するといった点、シェーンベルクを魅了したブラームスの特徴が如実に表れている。
　ただしシェーンベルクによるこの作品の編曲が、ブラームス風のオーケストレーションに則ったものかといえば、決してそうではない。むしろ、オリジナルを一度解体した上で再構築したという恰好だ。
　例えば、第3楽章中間部に現れる行進曲的な楽想を、軍隊の行進よろしくグロテスクに爆発させたり、ロマの音楽を模した第4楽章の急速なパッセージに、クレズマー（東欧やドイツ語圏に定住したユダヤ人の音楽）を彷彿させるクラリネットの甲高い響きを加えたり。さらには伝統的な西洋音楽において乱用がタブー視されていた打楽器をこれでもかと打ち鳴らしたり、といった具合に、ブラームスが決して行わなかった楽器選択や、それによってもたらされる先鋭的な響きが随所で炸裂する。
　折しもこの編曲版が生まれたのは、第二次世界大戦（1939～45）前夜のこと。ユダヤ人であったシェーンベルクは、ナチス・ドイツの台頭するヨーロッパを離れ、アメリカへ亡命中の身であった。19世紀のヨーロッパにおける豊かな市民階級の音楽生活を想起させるブラームスのオリジナルと比べ、シェーンベルクの編曲版に耳を傾けると、迫り来る世界の滅亡に対する不安や焦燥感を如実に聴き取れると言ったならば、誇張が過ぎるだろうか。

　第1楽章　アレグロ　ト短調　ソナタ形式　冒頭でクラリネットが静かに提示する旋律が第1主題で、最初の4音「D・B・Fis・G（レ・♭シ・#ファ・ソ）」が第1楽章で重要な役割を果たす。やがてチェロが歌う雄渾な旋律が第2主題。提示部の終わりとコーダでは、4音動機が音色旋律風に1小節ごとに楽器の組み合わせを変えて奏される。
　第2楽章　間奏曲／アレグロ・マ・ノン・トロッポ　ハ短調　3部形式　人生の孤独を感じさせる主部では弦楽器が終始弱音器を付け、木管群の主題を支え続ける。中間部は長調に転じ、一聴すると明るく躍動的な楽想となるが、その裏側にあくまで深い憂愁が具わっており、それがシェーンベルクのハードコアな編曲を通じてより明確になる。
　第3楽章　アンダンテ・コン・モート　変ホ長調　3部形式　トゥッティによる穏やかな旋律で開始。行進曲風の中間部では打楽器が大活躍……といおうか、凶暴なまでに打ち鳴らされる。
　第4楽章　ロンド・アラ・ツィンガレーゼ／プレスト　ト短調　自由なロンド形式　原曲は単独でも演奏される人気の楽章。「A－B－A－C－展開部（B－C－A）－コーダ（B－C－A）」と見ることができる。奔放なロンド主題（A）に、木管による無窮動風な主題（B）が続き、身振りの大きなトゥッティの主題（C）が変化をもたらす。Aの1回目は弦のコル・レーニョ（弓の木の部分で弾く奏法）、2回目はトロンボーンのグリッサンドが特異な効果を上げる。展開部の終わりにクラリネットのカデンツァがあり、コーダでテンポを速め、これでもかという一種の狂乱状態の中に全曲が閉じられる。
（小宮正安）

作曲年代	原曲／1855頃～61年　編曲／1937年
初　　演	原曲／1861年11月16日　ハンブルク編曲／1938年5月7日　ロサンゼルス　オットー・クレンペラー指揮　ロサンゼルス・フィ
楽器編成	フルート3（第1～3はピッコロ持替）、オーボエ3（第3はイングリッシュホルン持替）、小クラリネット、クラリネット2（第2はバスクラリネット持替）、ファゴット3（第3はコントラファゴット持替）、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、小太鼓、トライアングル、シンバル、タンブリン、シロフォン、グロッケンシュピール、弦楽5部

【当日券情報】第965回定期演奏会Bシリーズ（1/11up）
都響WEBチケットにて当日券を発売いたします。
会場での対面販売、及び都響ガイドでの電話販売は行っておりませんのでご了承ください。

販売日時：1月12日（木） 10:00～18:00　無くなり次第終了
販売方法：都響WEBチケット（セブンイレブン支払・発券／カード払い・電子チケットのみ）
※お申込みには、都響WEBチケットへの事前登録が必要です（登録無料）。
※全席種販売予定。
※当日券は会員割引、U-25割引以外の割引はございません。
※U-25割引の当日券はカード払い・電子チケットのみ。
　その他割引をご希望の方は前売りにてお求めください。　
※「来場されるお客様へのご案内」の内容に同意いただいた上でお申込みください。

※等間隔での空席設定は行いませんが、引き続き、感染症の拡大防止のため、一部の座席は販売いたしません。また、政府や自治体によるイベント開催要件に変更があった場合は、開演時間の変更、販売の一時停止や入場者数上限の設定等を行います。
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　当面の間、当日券を必ず販売いたしますので、外出や体調に不安のある方は当日券（都響WEBチケットのみ）をご検討ください。
※必ず、「来場されるお客様へのご案内」の内容に同意いただいた上でお申込みください。

聴きどころ

誰よりも音楽の伝統を重んじ、先人に学ぶことを忘れなかったシェーンベルクの肖像とも言えるプログラムです。緻密な構成と濃密な音楽、デーメルの詩に基づく劇的表現で、ワーグナーから連なる後期ロマン派音楽の極北に迫るかのような《浄められた夜》。オリジナリティあふれるオーケストレーションで、ブラームスへの敬意を見事に表現した名編曲《ピアノ四重奏曲第1番》。小泉＆都響の確かなアンサンブルで、シンフォニックな聴きごたえも充分です。